網代はその頃、牛乳を火にかけていた。
「・・・このくらいかしら?もう良いわよね?」
「あ、茉奈花ちゃんまだ駄目です!」
「え、でももうあったかいんじゃない?」
「もっとあったかい方が良いんです。沸騰はしちゃいけませんけど、沸騰直前くらいのタイミングで・・・・茉奈花ちゃん?」
「ごめんなさい、私やっぱりお菓子苦手だわ・・・」
「えっ?」
「沸騰”直前”って何よもー!そんなのわかんないわよー、沸騰”したら”だったらわかるのに・・・!」
「あ、あはは・・・難しいですよね、慣れないとどうしても・・・ううん・・・あ!じゃあ茉奈花ちゃん、もう少し言い方を変えてみましょうか?」
「え?」
「牛乳を温めなくちゃいけないのは、卵黄と粉に早く熱を通さないといけないからなんです。」
「へえ・・・」
「でも牛乳が温か過ぎると、今度は卵黄が固まってしまうんです。ですから、熱いけど卵が固まるほどではない熱さを目指すんです。」
「はああ・・・・なるほどね、そう言われるとちょっとわかる気がするわ。」
網代は、料理はできると紫希は聞いていた。
料理ができるのならば、ただ沸騰直前まで熱くしろと言うよりも、今みたいな指示の方がピンとくるだろう。
「・・・紫希ちゃんって。」
「はい?」
「説明がわかりやすいわよね。」
「えっ?」
「わかりやすいというか、いえわかりやすいんだけど、人に寄り添ってるっていうのかしら。個人にアジャストした話し方をしてるわ。」
「そ、そうでしょうか?そんなことはないと思うんですけれど・・・」
「そう?私、紫希ちゃんみたいな子が1人部に居てくれると助かるわあ。マネジやらない?部長様のことだし、他校でも関係なく入れてくれるわよ?」
「ええ!?え、遠慮します、誘ってくださるのはありがたいですけど・・・!」
「あははは!やだ。冗談よ、冗談!」
網代の冗談は、どこまで冗談か分かりづらいと思う。
ちょっと柳生あたりにその辺似ているかもしれない。
「でも、マネジに向いてるのは確かだと思うなあ。やらないの?」
「はい。やっぱりバンドがありますし、それに私、体力がなくて・・・」
「ふうん・・・・」
「・・・な、なんですか?」
「紫希ちゃんって、テニス部に好きな子とか居ないの?」
「え?」
「氷帝もレベルが高いから、「お前が言うか」って言われるのを承知で言うけど、立海ってかっこいい子が多いじゃない?マネジになってアプローチすると、色々早いわよ♪」
「ああ・・・残念ですけど、立海だとそれは・・・」
「あら。もしかして、恋愛は禁止?」
「そうですね。そうがちがちのルールじゃないですけれど、極力避けてね的な・・・」
「あらまあ。ストイックだとは思っていたけれど、予想以上ねえ。」
「あはは・・・トラブルの種になるらしくて。私も、それは頷けるなと思いますけど・・・」
「ふうん。ね、じゃあ好きな人は?」
「え?」
「部内恋愛禁止なのはわかったわ。でも、それはそれとして、誰か好きな子居ないの?今紫希ちゃんが作ってるシューを渡すような人が♪」
網代は察しが良い。
だから立海生じゃなくても、あまりやり取りの回数が多くなくても、まああの赤い髪の誰かさんでしょくらいの当たりは付けられた。
「いえ別に、そういう人は・・・」
「居ないの?」
「はい。」
「そうなの?ふうん・・・」
まあ、紫希みたいなタイプはそうかもしれない。と網代は思った。
そもそも紫希みたいなタイプは恋愛に対して腰が引けているので、好きかも?好きかな?という自問自答をそもそもしないように努める傾向があると思う。
(おまけに、好きかもってなったとしても、何もしないのよね。紫希ちゃんみたいな性格の子って。)
網代の周りだと、性格の傾向で言うなら神宮が一番紫希に近いが、神宮は相当自分で動いてる方だと思う。
周りから見たら全然動いてないように見えるかもしれないが、神宮的には、あれ以上頑張れないくらい頑張ってる結果のはずだ。
おまけに紫希は、テニス部と十分仲が良い。
告白なんてしたくない、このままで良いとする典型的なタイプ。
網代はそう思った。
もしこの場で、果たしてどうかなと誰かが言ったとしても、網代は信じなかっただろう。