「ってわけで、はい。」
「・・・・・・」
「ほら。気が進まねえのかもしれねえけど、取り敢えず受け取ってくれよい?」
郁は黙って資料を受け取る。
丸井的には今日も今日とて機嫌悪そう、とか思っているが、本心は逆。
急に訪れたチャンスに、郁はパニックになっていた。
しかし、本来用事としては、「資料を渡す」である。
一瞬で済む用事だ。丸井が立ち去ろうとしたのは、あまりに当然であった。
「じゃあ、俺帰るから。」
「え?」
「また今度。新学期な!」
言いながら片手を上げて、すっかり立ち去るモードの丸井。
その服の裾を、郁は反射的に掴んだ。
「え?」
「あ!えと、いや・・・あの・・・」
脳みそフル回転である。いかにして丸井を引き留めるか。
「・・・ふ、不誠実だろ!」
「え?」
「こ、こんな・・・何の説明もなしにだな、紙束だけ渡されても、その・・・あの・・・わ、わからないだろ!そもそもテニスのことなんか知らないんだ、専門用語を並べられてもだな!」
「あ、そう?それもそうか?いやでも・・・ちょっと貸してみろい。」
資料をまとめたのは三強だから、ど素人でもわかるようにしてあるのでは?と思う丸井は、自分で一度読んでみた。
読みはぴしゃりで流石に親切だったが。
「ほ、ほら!まずこの、朝練の時間からして不可解だろ!この時間にスタートと言ってるが、実は10分前に集合してないといけないとか、何かそんな・・・」
「それはねえよ。真田はまあうるせえけど、幸村君あたりがとりなしてくれるだろい。っつうか、これ専門用語?」
「こ、言葉の綾だろ!」
「はは!はいはい。」
結構熱心に目を通してくれるつもりがあるんだなあ。
とか思っている丸井は、郁の本心に全然気づいてない。
湘南の海岸は今、砂浜が夥しい数の蠟燭で照らされていた。
「わー!すごいすごい、きれー!」
「うむ。壮観だな。」
今はもう暗いので遊泳は禁止だから、ひたすら歩いているだけ。でも綺麗な所を歩くと、それだけで気分は上がっていく。
「潮風が強くて、気持ちいいですね。」
「生き返るの。」
「仁王君は、もう少し暑さに強くなっても良いのでは?」
「しょうがないじゃろ、体質なんじゃ。」
「でも、大丈夫なんですか?部活中とか、熱中症に・・・」
「平気じゃ、そうならんように自分でセーブしとるダニ。」
「聞こえは良いですが、要するにサボっているだけでしょう?」
「えええ・・・」
「ケロ。」
「結局、今年は海に行けなかったなあ。」
「え、そんな行きたかった?」
「うん。結構楽しみにしていたんだよ、これでも。プールももちろん楽しかったけど、皆で打ち合いするの、面白そうと思ってたんだ。」
「ああ、そっか。結局ウォーターガン買っただけだったっけ。」
「絶対に面白いと思うんだ。特にああいうゲームは、人数が揃うとより面白いし。」
「精市って結構、勝負とかゲームとか好きよね。」
「うん。昔より、今の方が勝負事は好きかな。」
まあ。大概勝つからな。そりゃあ好きにもなるか。
そう思ってふと見た恋人の横顔は、なんだか気づくと、昔よりやや鋭い光が似合うようになった気がする。
「こうして暗くなってからも門限前で出歩いてると、中学生って感じすんねw」
「ほう。」
「何、ほうってw」
「いや。お前でも門限は守るものなのだなと思っただけだ。」
「失敬な奴w俺でも門限くらい守るわw17時には家に帰ってたわw」
「そうなのか。」
「そのようなデータをとって、何か参考になるか?」
「これだけでは、大したことはわからない。だが、複合的に捉えるとわかることも多いからな。」
「何を知られてんのか聞きたいような聞きたくないようなw」
「・・・・・・」
「桑ちゃんどったの?何か落としたの?」
「あ、いや。なんていうか、雰囲気がすごくて・・・夏祭りの時も思ったけど、何か不思議だよな。日本のお祭りって。」
「え、そーお?ブラジルのお祭りも綺麗なんじゃにゃいのー?」
「いや、綺麗さっていう話じゃなくて・・・綺麗は綺麗なんだけどな。こう、静かなのに浮きたつ感じがするっていうか。」
桑原の物差しでは、夏祭りは静かな方である。十分。故郷のカーニバルに比べたら。
「並んでくださーい!一個200円でーす!」
「!一個200円だって!」
「え?」
「あっちあっち!あっちで今、1個200円って聞こえた!何なのか知らないけど!」
「えええ、良く聞こえるなこの距離で・・・あ、おい!待て、走るな!」
付き添ってくれたのが桑原だったのが幸いした。
ダッシュ力は運動部にも負けない紀伊梨に、足自慢の桑原は何とか追いつけた。
声が聞こえてきたのは、簡易テントからだった。
もう暗くなってきて、星まで見えだしているこの海で、テントの中だけは明るい。
「えー?何何ー?あ!すごいすごい、可愛いー!」
「五十嵐!」
「あ、桑ちゃん!」
「ああもう、やっと追いついた・・・あのなあ、急に走りださないでくれよ、はぐれるから・・・」
「ごみん!つい!」
「はあ・・・で?何を見つけたんだ?」
「あれ!」
紀伊梨が見つけたのは、キャンドル売り場だった。
要は灯篭流し的な催しらしく、本来の灯篭流しと違ってわー、きれーい、というだけの目的なのだが、水に浮かぶキャンドルに火をつけて海に流しましょうというもの。自然に優しい素材です、とPOPに張ってある辺りが、時代柄というかなんというか。
「色が色々あるー!あ、形もたくさーん!どれにしよー!?桑ちゃんどれする?あ!っていうか、皆来てないよね!おーい、皆ー!」
「あ、おい・・・はあ。」
テントに着いたのに、でんして引き返すように走っていく紀伊梨に、桑原は苦笑して、歩いて追いかけた。