Night beach - 7/8


もうキャンドルがそろそろ売り切れると言う頃。
丸井は来た。

それだけならば、何の問題もなかった。別にキャンドルくらい、最悪目の前で売り切れたとしても、そこまで全力で残念がるようなことじゃない。そんなことよりも、もっと困ったことがあった。


丸井は、郁を連れていたのである。


「よ!お疲れい!」
「春日さん・・・だけ、かい?他の人は?」
「・・・・・・」
「春日?おーい。」
「・・・え、ああ、えと、あの、お、お疲れ様です・・・」

紫希の頭の中では、色んな情報と考えがぐるんぐるんと回っていた。

どうして。どうすれば良い。
・・・いや。

(・・・・私がこの場合、しないといけない行動は・・・・)

そうだ、最早「何故」の部分はどうでも良い。問題は、どうすべきかである。

そして、どうすべきかという答えは、あまりにも明らか。

「・・・・皆今、キャンドルを浮かべに行ってるんです。」
「キャンドル・・・え?海に浮かべるのかい?」
「はい。1個200円です。綺麗ですよ。」
「春日はなんで並んでねえの?」
「私、もう終わったので。」

これだ。
これが最善なのだ。

自分が一緒に行くと、「テニス部と郁との交流」という最重要目的の妨げになる。
だから同行しない方が良い。

心臓が早鐘を打っている。
寂しさと、動揺と、嘘を吐いている罪悪感と、バレやしないかという焦燥で、心の中は極度の混乱状態である。

今が暗くて良かった。
多少の事は、この薄暗さが隠してくれる。

「ふうん・・・じゃ、行くか。」
「え?」
「え、じゃねえよ。行くんだろい?あ、もしかして金がねえの?」
「ば、ばかにするな!200円くらい払えるさ、年中買い食いしてるスポーツマンでもあるまいし!」
「はいはい。んじゃ、行ってくるぜい?」
「はい、楽しんでください。」

2人の背が遠くなるにつれて、切り抜けられたという落ち着きから、鼓動は段々と治まっていった。

そして引き換えに、胸が微かに痛み出した。
最後の最後に色濃く残った寂しさが、紫希を襲いだしたのだ。

知らず知らずのうちに顔が俯いていくのを、止められなかった。



一方、郁は段々と心臓がドキドキしてきた。

「・・・・・」
「お、結構種類あるんじゃねえ?なあ、お前どれに・・・一条?」
「!な、なんだ、」
「お前どれにすんの?」
「え?ああ、どれにするか、ええと、そうだな、ええと・・・」

正直郁は今、キャンドルどころじゃない。
この雰囲気。この状況。これはもしや。

(デート・・・いや!いやいやだから、そんな気は・・・いやでも、そんな気はなくても、多分周りはそうだと・・・思ってるだろうな、多分・・・うん・・・だからそうだ、これはしょうがないんだ。周りが勝手に僕らをカ・・・カ・・・カップルだと思ってるだけで、別に僕のせいってわけじゃ・・・・)

思考が目まぐるしく移り行く郁を見て、丸井は「何だか今日は郁がよく固まってるな」などと思っていた。

(っつうか、今日は何か割と最初から変なんだよな。やたら資料のこと聞いてきたりするし、熱心にしてるかと思ったら急に黙ったりするし。)

丸井はそもそも、資料を渡して、結構な時間郁に付き合って質疑に応じていた。

しかし、そろそといい加減向かわないと真面目に間に合わないという時間になりはじめ。
状況を説明して、続きは新学期にさせてくれ、LINEとかでも良いぞ、と言ったら、なんと。「そんなの不誠実だ今説明しろ、そっちに用事があるのならこっちがついてく」ときたもんだ。

マジかよ、そこまでかよ。まあ良いけど。
と思いYesの返事をしたが、いざ一緒に向かい始めると、郁はぱたりと資料の話題を出さなくなってしまった。

順当に仲良くなってる、と思わなくもないが。それにしたって挙動がおかしいというか、態度にどうもブレがないか、と丸井は思っていた。

それはまあ、ある意味では当たり前である。郁は今、いかにして「仕方なく丸井の傍に居るしかない」という状況を作り出すかに熱心になっているので、言動や態度にズレが生じるのはそれこそ仕方ない。

しかし、丸井はそんなこと全く考えもしない。
しまいに、体調悪いんじゃないかもしかして、とか考え出しているくらいだ。

「お次のお客様・・・・あのう・・・」
「お。おーい、順番来たぜ?」

そう言いながら、丸井は郁の手を取った。

「・・・!な、なんだ!」
「え?だって進みそうにねえもん。さっきから何か、考え事してるみてえだし?」
「か、考え事なんかしてない!そんなことより、早く」
「あのうお客様・・・申し訳ないんですが・・・」
「「え?」」
「実は、申し訳ないんですが、今日の分のキャンドルがもうなくなってしまいまして・・・」
「え。」
「マジ?」

目の前で売り切れコースか。
まあ仕方ない。こんな時もある。

食い物じゃないゆえに割り切りの早い丸井が踵を返そうとした。時。


「あ!ちょ、ちょっと待ってください!1個だけ、荷物に紛れてましたので、こちらでよろしければお売りできます!」