可憐は、跡部に言われた住所に進もうとして。
まず、地図のアプリを開き、住所を入れてみた。
跡部に、本当に住所の間違いがないか何度も確認したが、そこで合ってるからさっさと行けと言われるばかりだった。
跡部の事だから、何か考えがある。と、思う。んだけど。
『発車します、閉まるドアにご注意ください。』
ぷしゅ、と音を立てて閉まるバスのドア。
バス停で降りた可憐は、目の前の場所ー--跡部の指定した所に辿り着いた。
「九瀬大学総合病院・・・・うん、合ってる、よね・・・?」
跡部は最初から、ここへ行けとしか言っていなかった。
自分の家に行け、なんて一言も言っていない。
それは認めるが。
(なんで私、病院になんて寄越されたんだろうっ?あ、患者さんに振る舞え的なことっ?でも、甘いもの食べられない人も居るんじゃ・・・ううん????)
跡部の指示は、行け、で止まっていた。行ってどうしろ、という指示は出ていない。
だから到着したは良いものの、ここから先何をどうすれば良いのか可憐はわからないで居た。
「どうしようっ?取り敢えず、跡部君に連絡ー---」
「・・・・わっ!」
「ひゃあっ!?!?だ、誰ー---梓ちゃんっ!」
「お久しぶりですわ、可憐ちゃん!」
会ったころと変わらず、上品な笑顔で笑う桃崎梓がそこに立っていた。
「跡部君に言われて、待っておりましたの。」
「私をっ?」
「ええ。私、跡部君とはお互い良く知っている仲ですのよ。まあ、仲良しというよりはどちらかというと、社交界で縁が深いから、というべきなんですけれど。」
「へええ・・・・」
知らなかった。完全に初聞き。
「それで?跡部君のお話では、何やら人に贈り物をなさろうとして、上手くいかなかったとかなんとか・・・・」
「あっ!そ、そう、なんだけど・・・そのう・・・」
「?」
「うん、まあ、そんな感じなのはその通りですっ。でも、これ・・・」
「これ?・・・あらまあ、可愛い。」
可愛い。
可憐の持ってきた、保冷剤に囲まれた箱の中にある、3つのシュークリームを見て梓はそう言った。
「あ、梓ちゃん甘い物好きっ?だったら、食べてくれて良いよっ!私が作ったやつだから、お店のとかよりはあれだけどっ。」
「・・・・・・・」
「・・・梓ちゃんっ?」
「可憐ちゃんは、これをどう失敗なさったんですの?」
「えっ?」
「元々お渡しされる予定だった方には、なぜ差し上げなかったんです?それとも、返されたりなさったの?」
「そ・・・・れ、は・・・・」
可憐は俯いてしまった。
「・・・・貰ってください、というのも難しいような状況、ということなのかしら?」
「・・・・貰って、って言ったら、貰ってくれると思う。」
そう。忍足は、貰ってと言えば多分貰ってくれる。食べて、美味しいありがとう、と言ってくれる。
でも。
「・・・・比べられたく、ないの・・・」
「比べる?誰と?」
「私以外にも・・・好きな女の子から貰ってると思う、から・・・もっと美味しくできてるやつを・・・・」
もちろん、忍足は味の優劣とか比べないだろう。
そういうことじゃない。
誰だって、好きな子から貰うやつが一番美味しいに決まっているのだ。
可憐は味も比べられたくないが、それ以上に嬉しさを比べられたくなかった。
「・・・・・・」
「・・・可憐ちゃん。」
「・・・・・・」
「・・・好きなんですのね。その人のことが。」
病院はもう、診療時間外である。
中庭の此処は、誰も通らない。
あまりにも静かすぎて、可憐の頷きにさえ音が聞こえるような気がした。
「・・・・可憐ちゃん。私、これを頂くのは、構わないんですの。嬉しいくらいですわ。」
「・・・・・・・」
「ですけど、私的なお願いとしては・・・せめて、友達として相手の方に渡すくらいは、して欲しいとも思うんですの。」
「・・・・でも、」
「可憐ちゃんのお気持ちも分かりますわ。よく分かります。ですけれど、可憐ちゃんだって、その人にあげたい気持ちがあるのではありませんの?」
「・・・・・」
「私は、あげられる内にあげて欲しいんですの・・・私は、出来ないんですもの。」
「えっ?」
梓は、悲し気な顔で微笑んでいた。
「私にも、好きな方が居ますわ。でも、その人はいずれ遠い・・・とっても遠い存在になって、満足に会うことも敵わなくなってしまうんですの。」
「ど、どうしてっ!?どうしてそんな、」
「良いんですのよ、仕方のないことですもの。それよりも私はせめて、好きな方にいつでも贈り物ができることの大切さを感じて欲しいですわ。」
「・・・・・・・・」
「ねえ可憐ちゃん。今は、永遠ではないんですのよ。嬉しいことも。悲しいことも。これから先、死ぬまでずっとずっと続くわけじゃありませんわ。ですから、やりたいことはやっておかなくては。」
(やりたい、こと・・・・)
やりたいことって、何だろう。
分かっている。本当は、可憐の一番の望みはもう叶わない。だから揺れている。
望みを追うのが辛いから。でも、追える状況なだけ幸せなのか。幸せか?本当か?
わからない。
揺れる可憐の瞳を見れば、同じ恋する女の子として、梓にもその迷いが感じられる。
どうする。
どうしよう。
どうする。
こういう時に、どうもしない、という選択を取れるかどうかで、日頃の行いの良さが推し量れると梓は思っている。
「可憐ちゃん!」
嘘。
内心での可憐の呟きとは裏腹に、勝手に声の対象を探した可憐の目には、息を切らした忍足が写った。