「はー・・・・」
丸井は仰向けで、自室のベッドに横になっていた。
明日は新学期だ。
そう、明日は新学期。皆学校に来る。
「・・・・・・」
今日は夏休みの最終日だった。
もちろん、そんな理由で部活休みになんかなるはずもなく、今日も今日とて部活に勤しんできたのだが。
そこで聞いたのは、あの夜のライトアップビーチでのこと。
『一言だけ、軽く謝っておいてくれるかな。テニス部として。』
『大丈夫だよ、春日は多分怒らないから。』
幸村からことのあらましを聞いて、軽く謝っとけと言われて、もう何から突っ込めば良いかわからなかった。
何でそうなる。
何で言わない。
・・・いや。
『丸井、言っておくけれど、丸井と春日は2人とも正しいことをしたんだよ。テニス部の為にね。』
そう。
テニス部のためというのであれば、あの場での最善手はあれだっただろう。郁が最優先なわけだから。
『もう一つ言っておくと、丸井は特に、埋め合わせもお詫びもしなくて良い。』
『春日に悪いことをしたのは、丸井というよりもテニス部だから。埋め合わせするなら丸井からじゃなくて、テニス部からが筋だからね。』
幸村の言う事は、全て正論だった。
丸井だってわかってる。自分は悪くない。誰も悪くない。
でも。
「・・・・・うん。」
丸井はスマホを取り出した。
「ふう・・・・」
紫希は日課の作詞を終えて、机で少し目を休めていた。
明日から新学期である。
今日はもう寝ないといけない。
と思うのに。
「・・・・・・・」
経験からわかる。
この心の何かもやもやした感じは、寂しさからだ。
思いがけず丸井とだけ、ちゃんと会えなかったから、それが気になっている。
日頃あんなにお世話になってるから、もっとちゃんと新人戦内定おめでとうを言いたかった。
かといって、テニス部の邪魔をしてちゃまるで意味がないので、後悔はしていないけど。
(もう寝ましょう・・・明日は学校ですし、休み明けテストだってあるし、)
なんて思っていたのに。
~~~♪~~~♪
「え?わ、わ、えと、も、もしもし、」
いきなり着信音が鳴り、誰からかも確かめないで取り敢えず出る。
『もしもし?』
丸井はつくづくすごいと思う。
ちょっと話したいなと思ってる時に、ドンピシャで声をかけてくる人。紫希は丸井をそう思うようになっていた。
「・・・もしもし。」
『おう・・・あ!悪い、時間見てなかった。寝てた?』
「いえ、大丈夫です・・・大丈夫ですから。」
『そお?』
「はい。」
早く寝たいなら、今電話なんて始めない方が良い。それは分かっている。
でも、すっきり寝たいなら今電話した方が良い。それもわかってる。
「えっと・・・どうしたんですか?」
『・・・ちょっと、聞きてえことと言いてえことがあるんだけど。』
「はい・・・」
『お前、俺の事どう思ってる?』
え、と声にならないような声が思わず口から漏れた。
「・・・ど、え?どう・・・」
『あー、ええと・・・俺の事好き?』
「へ・・・?」
『いや待て、これも何か違うだろい。えーと・・・』
電話の向こうで丸井が唸っている。その時間が、紫希にも有難い。
なんだ。何を聞かれてるんだ一体。どういう答えを求められてるのか、さっぱりわからない。
『今日、幸村君から聞いたんだよ。待っててくれたって。』
「・・・でも、あれは私が勝手に、」
『なんで?』
「え?」
『待っててくれた理由は?』
理由。だってそんなの、理由もへったくれも。
「だって・・・友達ですから、一人にしたくなくて・・・」
『一人?』
「ええとですから、私、一条さんもいらっしゃるっていう想定をしていなくて・・・ですから、丸井君が一人で並ぶことになるんじゃないかなって、思って・・・」
そう言うと、丸井はううん、とふうん、の真ん中みたいな声を出した。
『もし俺が逆の立場で、春日みたいな目に遭ったら、埋め合わせ欲しいと思うんだよな。』
「埋め合わせ・・・・」
『そう。でも、埋め合わせがなんで欲しいのかって言ったら、俺が春日と一緒に居たいからなんだよ。』
「・・・・ん?」
『俺は春日と一緒に居てえの。だから待った挙句待ちぼうけになっちまったら、どっかで取り返したいって思うんだよ。でも今回、待ちぼうけくらったのは春日の方だろい?だから埋め合わせとして遊びに行かねえ?って言いたいけど、まずそっちが俺と一緒に居たいって思っててくれねえとさ。埋め合わせになってねえじゃん。』
今回損を被ったのは紫希だから。
だから埋め合わせは、紫希が喜ぶことじゃなくちゃいけない。
埋め合わせの遊びの誘いは、紫希がその誘いを嬉しいものと思っていないと、意味がないわけで。
そこまでは妥当だとしても、その質問はなくないか。ないだろ。
と、思う人の方が多分多いだろう。
でも紫希はその限りではなかった。
「・・・ふふふっ。」
『?』
「じゃあ、今のお電話が埋め合わせということでどうでしょうか?」
『へ?』
「私も、丸井君と居るのが好きです。でも、わざわざ時間を割いて遊びに行ったりまで、してくれなくって良いんです。こうしてお話できるだけで・・・」
だって、ほら。
さっきまで感じていたもやもやなんか、今はもうすっかりどこへやら。明日の新学期が、ただ楽しみだと思える。
それだけでもう十分。十分だ。
・・・ただ、そう思うのはあくまで紫希の話なのであって。
『・・・やだ。』
「え?」
『お前が良くても俺は嫌なんだよ。電話が駄目だとかじゃねえけど、これで会うのの代わりにしろって言われても納得できねえだろい。』
「いえ、でも、」
『なあ、何かねえの?して欲しい事とか。付き合って欲しいとことか。』
「いや・・・そう言われましても・・・」
『何かあるだろい?何か。絶対。』
「・・・何だか、いつにもまして自信を感じますけど・・・」
『まあな♪こっちにはアドバイザーがついてるし?』
「え?」
『ま、それはそれで良いんだよ。で?』
「いえ、ですから別に、」
『何でも良いって!図書館で8時間缶詰勉強コースとかじゃなければ。』
「ふふっ!図書館で8時間缶詰・・・流石にそれはちょっと、やったことないです。」
『へえ?お前なら何か、経験ありそうだけど。』
「ああ・・・読書なら、そのくらいは。」
『そこ同じじゃねえの?』
「読書は趣味ですから・・・」
『勉強は?』
「義務です。」
『春日が真田とぶつからねえ理由がよーくわかるな。』
「ふふふっ。でも、丸井君もぶつかってないですよね?」
『俺はまあほら、躱し方知ってるし?逆に黒崎は躱すの下手くそ過ぎねえ?同じクラスなのに。』
「最近はそうでも・・・」
コチ、と小さな音がした。
時計の長針の進む音。
紫希の耳には入らない。