パン!と両手を叩いて合わせる音。
「お願いっ!」
「嫌だ。」
「そこをなんとかっ!」
「嫌だ。」
「人助けだと思って!」
「い・や・だ!ぜーったいいや、断固断るね!
どうして僕が、テニス部になんか入らないといけないんだ!」
今郁のクラスでは、正に幸村の見立て通り、林が勧誘をかけていた。
郁は知る由もないが、これは最後の勧誘である。
これで「はい」の返事が引き出せなければ、もう一条郁は諦める。それがテニス部の総意だった。
「そんなこと言わないでさー!もう3年生居なくなっちゃうし、厳しいし・・・」
「僕の知ったことじゃないよ。」
「むー・・・・」
(・・・本当に大丈夫なの?)
林は、幸村から「最後の勧誘に踏み切る」と指示を受けていた。
それからもう一つ。「おそらく、一条さんはYesと言うだろう」という推測も聞いていた。
ただ、どうもそうは思えない。さっきから誘っているが、にべもない。
(ええと?もしも普通に誘って駄目だった場合は・・・何て言われてたっけ、まず、)
「・・・・はあ。わかった、良いよ。」
「え?」
「もう良いよ。ごめんねしつこくしちゃって。こっちの事だもんね、何とかするよ。」
(思いっきり引くこと・・・よし、出来てる出来てる。次に・・・)
「はあ・・・・」
「・・・・」
「どうしよっかなあ・・・次はもう新人戦あるのになあー・・・」
「・・・・!」
(お?)
郁がぴくりと動いた。
(新人戦をアピールする、よし!後は・・・)
「はあー・・・・困ったなあ・・・・」
「・・・・・」
「誰か一人でも居てくれたら、すーっごく助かるんだけどなあー・・・」
「・・・・・」
「どー---しても駄目なのかなあ・・・そっか・・・そっか・・・・ああ、残念だなあ~~~・・・」
「・・・・・・たよ。」
「え?」
「わかった!わかったよ!やれば良いんだろ、やれば!しつこいんだよいい加減!」
「本当!?やってくれるの!?やったー!やったー!やあったー!マネジ増えた、嘘みたいー!」
林は小躍りした。
嘘だろ、まさか本当に上手くいくなんて。
(幸村君すっごーい!なんで郁が良いって言い出したのかはわかんないけど・・・・まあ良いや!とにかくすごーい!)
林には、郁がまるで魔法のように態度を翻したように見えるかもしれない。
だが、幸村としてはかなり当然の結果である。
新人戦・・・というより、丸井の存在をアピールしておき。
その上で、「テニス部がしつこいから」と言える状況にしておき。
さらに駄目押しとばかりに、これが入部の最後のチャンスと言い含めておく。
ここまでやれば、郁は必ず乗ってくる。
丸井に釣られる。
もちろん、郁も聞いているはずだ。テニス部は恋愛禁止。
だからつまり、丸井が好きなのであれば、入部してはいけないのだ。
しかし逆に。
丸井に対してアプローチをかけることを諦めさえすれば、平日も土日も、ずっと丸井を見て居られるポジションに入れてもらう事が出来る。
好きだと言える立場だが、自分から近づかなければいけない。
好きだとは告げられないが、自動的に傍に居られる。
この2つを天秤にかけた時、郁は必ず後者を選ぶ。幸村には予想がついていた。郁がそういう性格なのは、これまでのことを見ていればすぐわかることだ。
「じゃあ、じゃあ、今日テニス部来てね!入部届書いてもらうし!あ、しばらくは私がずっとつきっきりで教えるから大丈夫!緊張しないでね!」
「・・・・はいはい。」
はいはい、と言いつつ郁は内心で大混乱であった。
言った、ついに。
入部するって言ってしまった。
(・・・いやだって、しょうがないじゃないか。こんなにしつこいと、友達なんだし、流石の僕だって・・・)
郁はさりげなく頬杖をつくふりをして、口元を隠した。
そうでないと、口元が緩むのを抑えられそうになかった。
そしてそんな郁を、教室の外から数人の女子が眺めて、何事かひそひそと囁いていた。