Aptitude - 8/9


「ふう・・・」

敷地の端の方で、スコアをまとめるために記録を書き込む可憐。

こういう作業している時が一番楽。身体的に。
絶対ミスできないという意味では、精神的には気を張るのだが。

そしてその隣で、美梨は試合形式の練習をしている面々を見ていた。

「・・・・・・」
「あの眼鏡の人も強いね。」
「え?眼鏡・・・ああ、忍足君っ。」
「ん。あれが忍足さん?へえー・・・」

そうですかあ・・・貴方がそうなんですかあ・・・な顔で忍足を見ている美梨に、可憐はちょっとだけ怯えから首を竦めた。

妹は鋭い。
そうと言った事は無いけど、ボロを出したらこの片思いの事を感づかれるかもしれない。

そういう意味では、あんまり注目して欲しくない・・・なんて思いもむなしく。

休憩のホイッスルが鳴って少しした頃、隣の美梨があ、と呟いた。

「おねーちゃん。」
「何?」
「忍足さん来るよ。」
「へっ?」

顔を上げた時には、忍足は本当にもうすぐそこまで来ていた。

思わずちょっとたじろぎそうになるが、頑張って平常心を装う。

「作業中に堪忍な。可憐ちゃん、先週のスコアて今どのくらいまとまってるん?」
「えっ!ええーと・・・もう終わってる・・・かもっ?木曜日の分まではあると思うっ。」
「そうなん。」
「あっ!なんなら、私取ってくるよっ!紙が無くなっちゃったから、どうせ行こうと思ってたしっ!」
「せやったら俺がー--」
「良いの良いのっ!忍足君は休んでてっ!美梨もここに居てねっ!すぐ帰ってくるからっ!」

これは嘘じゃないけど、でも渡りに船。とにかく忍足と一緒の場での自分を妹に見られたくなくて、可憐はさっと離脱した。




「ごめんな、姉妹水入らずのとこを邪魔して。」
「ううん!美梨気にしてないよ。・・・です。」
「ええで別に。ですとかますとか。俺に対してはな。」

それこそ、ですとかますとか比にならないくらいえらそうな存在が、いつもそこに居るんだし。とか思いながら、忍足は可憐が置いていった書き込み途中のデータファイルを見た。

「・・・あ。」
「?なーに?書き間違いしてた?」
「いや。お姉ちゃんが表を見やすうしてくれてるなあ、と思うて。」

以前のものと、ちょっと書き方が変わってる。前に忍足が、こうしたらもっと見やすいのではと意見したのが反映されているのだ。

(頑張り屋さんやなあ、ほんまに・・・)

「・・・ねえ、何してるの?」
「ん?」
「バラバラにして怒られないの?」
「ああ、ちゃうで。これは順番通りになってへんから、今揃える作業をしてんねん。」
「・・・それって、お姉ちゃんの仕事じゃないの?」
「まあ、便宜上は。」
「だよね?」
「ただ、俺はあんまり便宜に拘るのんが好きとちゃうねん。」

忍足は、何かに向かって偏るのがすごく嫌いである。だから「マネージャーの仕事はここからここまでです!これは全部やってね!絶対ね!こっちは一切手伝わないからね!」みたいな考え方が好きじゃない。

物事を上手く回すには、ぼんやりした部分という奴が不可欠。忍足はそう思っていた。線引きされた部分を大切にするには、線を引きまくっていてはいけないのだ。張り詰めた糸が切れる様に、限界が早く来てしまう。

「まあ、全員がそう思ってるわけやあらへんさかい、たまに睨まれるねんけど。」
「へー・・・」

美梨はちょっと首を傾けて、記録を整える忍足の横顔を眺める。

「・・・・・・」

じい。と音が鳴りそうな勢いで見つめられているのが、忍足にも気配でわかる。

何か言いたいことでも、といい加減聞こうかと思ったところで、可憐が戻ってきた。

「ごめんごめん、お待たせっ!丁度集計の詰めをやってたところで・・・はいっ!」
「おおきに、助かるわ。」
「見終わったら置いておいてねっ。」
「せやな、そうする・・・ん?」
「えっ?何?も、もしかして何か不備がー--」

忍足は可憐の言葉を最後まで聞く前に、肩を抱き。
ぐ、と引き寄せた。

そしてそこに、シュン!と風を切る音と共に、黄色い線が走ったように可憐には見えた。美梨にも見えた。

忍足だけが正確にそれを目で捉え、手に持っていたボードで打ち返した。

パアン!と良い音がして、黄色いボールが向こうへと跳ね返っていく。

「すまん!ごめん!マジで!」
「気つけえや。」
「・・・びっ、くりしたあ~~~~・・・」
「怪我してへん?」
「大丈夫っ。ありがとう忍足君・・・美梨っ?」

美梨は目をまんまるに見開いて、さっきボールが来た位置を注視していた。

「・・・お姉ちゃん怖くないの!?」
「え?」
「だって!あんなの当たったら救急車で病院送りだよ!死んじゃうよ!」
「死んじゃわないよっ!?そりゃあ流石に目とかに思いっきりあたるとか、あたりどころが悪かったら、あれだけどっ。でも基本的には、痛いだけで済むからっ!」
「でも痛いんでしょ!?」
「だってそんな事言ってたら、マネージャーなんてできない、あ・・・」

しまった。何だか今の言い方だと、「マネージャーになる気があるんだったら、痛そうだなんだと騒ぐな」と言ってるように聞こえるかもしれない。

この際どっちの気持ちもわかるだけに、忍足は小さく苦笑した。

「確かに美梨ちゃんの言う通り、当たったら大ごとになる可能性はあるで。」
「そんなの当たり前だよ!だから、」
「でも、テニス部の部員である以上、ボールに当たるん怖いとか言うてられへんのも事実やねん。悪いとは思うてるけど、マネージャーでも例外やあらへんで。」
「う・・・・・」
「そら、今みたいに傍に居ったら捌いたれるけど。基本的に皆、自分のことをまず終わらせるのんが優先やさかい。」

忍足は別に、特別女子に厳しいタイプじゃない。むしろ、どっちかというとややフェミニストの気がある方へカテゴライズされるだろう。

それでも、もうこればかりは仕方がないと思う。男子とか女子とかじゃなくて、テニス部の宿命なのだ。

「別に、ボールが痛そうて思うのんは当然やねんけどな。」
「・・・・・・・」
「ほんなら可憐ちゃん、これおおきに。」
「あっ、うんっ!」

忍足は去っていった。
ある意味ホッとしたが、まさかこんなアクシデントに見舞われるとは思ってもおらず。

「・・・あの、美梨っ?もしも怖くなっちゃったら、フェンスの外に行けば、もう絶対当たらないから、」
「ううん、居る。」
「そ、そうっ?」

てっきり、もう帰ると言い出すパターンかと思ったが。可憐の推測とは裏腹に、美梨はむしろ、やや据わった目つきになって可憐の隣に佇み続けた。