Outing 1 - 2/7


「・・・良し。行ってきます。」

紫希は散歩に出る事にした。
今日この後出かけるというのに体力を使っていて良いのかと思わないでもないが、こういうのは気分が大事、だと思う。

(なんだか、紀伊梨ちゃんに似て来たかもしれないです。)

クスッと笑って、紫希は近所の公園に足を向けた。




今は早朝の5時。
もう日も早くなっているし、この時間でもそれなりの人数の人が行き交っている。

体操している人。
ペットの散歩をしている人。
ジョギングしている人。

心なしか皆爽やかな顔をしていて、なんだか嬉しくなる。
日差しがまだ柔らかい。風が気持ちいい。緑も色が濃くなってきて、揺れる度に草の匂いがする。

「・・・あれ?」

公園にある道。
両脇に躑躅のある場所を機嫌よく歩いている時だった。

少し離れた所。
息を切らして、走っている人。

(・・・丸井君?)

首からタオルを下げて、ポケットからイヤホンのコードが耳元まで繋がっている。
着ているTシャツの背中は汗で色が変わっていて、それなりに長い間走っている事が伺える。

GW期間中、練習は7時から。

(こんな早くから・・・)

丸井がスタミナ不足を弱点としている事を、紫希は知らない。
レギュラーの壁の分厚さも。
「常勝」を背負う事の大きさも。

それでも止められない、テニスという世界の事も。

でも、今。
走る丸井の姿が、その片鱗を教えてくれた気がした。


「は、はーーーーー・・・ふう。」


少し行った所で、丸井は止まった。
何か飲み物を買うらしく、ポケットに手を入れながら近くの自販機に近づいて行く。

多少距離があるのも手伝って、こっちには全然気が付いていない。

(・・・邪魔しちゃ、いけませんよね。)

このままそっと退散しよう、と紫希が歩き出そうとした時。

「ワン!」
「えっ!?」

気が付かなかった。
いつの間にか足元に、散歩中の犬が。

いや、それよりも。このままでは見つかる。

パッと身を屈めて、紫希は躑躅の陰に隠れた。

「ワン!ワン!」
「こら、シロ!」
「ワン!」
「もう、止めなさい!ごめんなさい、この子ったら・・・」
「い、いえ・・・」

それは良いから、早く行ってくれないかと紫希が願っていると、果たして飼い主の人間はシロとやらを抱えて、そそくさと立ち去ってくれた。

「・・・・・」

動けない。立ち上がれない。バレただろうか。
いや、直ぐに屈んだから、姿は見られなかった筈だ。
声もまあ、一言しか発していないし。距離もそれなりにあるから、大丈夫。大丈夫。


ピ、ピ。ガコン。


(あ、自販機の音・・・・)

よしよし。
此方に来ないで自販機に行ったという事は、気づいては居まい。
後はもう走り去るのを待ったら、ゆっくり此処をお暇すれば良いのだ。

紫希はふう、と息を吐いた。

(・・・あれ?)

何故だろうか。
視界が陰っているぞ。

「そらっ。」

瞬間。
首筋に冷たい感触。

「ひゃあ!」
「ははははは!」
「ま・・・!」

飛びのいて振り向くと、ファンタ・オレンジを持ってカラカラ笑って居る丸井が、躑躅の向こうに居た。

「おはよ!」
「お、おはようござい、ま、すっ!?」

ミニペットボトルに入ったそれをポンと放られて、わたわたと紫希は受け取った。

「あの、これ、」
「やる。」
「えええ!?良いですよ、丸井君が飲んで下さい!」
「俺はもう、自分の分あるからな。」
「えええええ・・・・」

本当だった。
丸井のもう片方の手には、スポーツドリンクが収まっていた。
自販機の音は一回しかしなかったのに。

「何時の間に2本も買ったんですか・・・」
「ん?春日が犬に吠えられてる間に。」

ワン、ワンの鳴き声でかき消されていたのである。
油断した。

「お前、犬苦手だったんだな。」
「え?」
「しゃがんでただろい?」
「あ・・・いえ、そうではないです。そうじゃなくて・・・」
「?」
「み・・・見つかりたくなくて。」
「俺に?」
「はい・・・」

又何か怖い事を考えて居る気がする。
気がすると言うか、多分そうなんだろう。

「なんで?」
「丸井君がお優しいからです。」
「・・・うん?」
「会うとこうやって、お話に来て下さるでしょう?でも、折角走り込みしていらっしゃるんですから、邪魔したくなくて・・・」

つまり、顔を合わせると丸井のジョギングが中断されてしまう。
だからそれを防ぐ為に、顔を合わせない様にしようとしていたと。

「・・・・・」
「あの、すみません!結果的にお邪魔してしまって、ジュース頂いてしまって、あの、私お金使う予定なかったので、今小銭の手持ちが、」

だから。
その一連の思考回路が怖いから止めて欲しいのに、この春日紫希という少女ときたら。

「・・・そーだな!予定狂ったし、お金も使ったし?」
「ごめんなさい・・・」

「だから代わりに、ちょっと付き合ってくれよ。」

「はい・・・え?」

紫希は下がっていた視線を思わず上げた。

「えと・・・何処に・・・」

おずおずと聞き返すと、丸井は笑顔でウインクした。

「朝のお散歩ってやつ?」