Outing 1 - 3/7



早朝、5時30分。
朝日が優しく照らす5月の公園を、紫希と丸井は並んで歩く。

朝の太陽という奴は、ぼんやり輝いているかと思うとあっという間に眩しくなる。
暖まっていく大気のおかげで、緑の香りはより一層強くなって、息を吸う度に胸をいっぱいに満たすのだ。

「いただきます・・・」
「おう、どうぞ?」

ファンタ・オレンジの蓋を捻ると、プシ!と涼しい音がする。
炭酸の一気飲みが出来なくて、一口づつ飲む紫希の隣で、丸井はごっきゅごっきゅと実に豪快に飲む。

「っはーーー!美味い美味い!」
「はい。美味しいです・・・有難うございます。」
「どういたしまして。お、ゴミ箱見っけ♪」

(飲み終わるの早くないですか?)

公園のゴミ箱に空のペットボトルを捨てる丸井。
今しがた蓋を開けたばかりだと思うのだが。
運動しているとこんなものなのだろうか・・・と思う紫希だが、純然たる個人差である。つまり、そういう事。

「・・・何時も、今日みたいに走ってらっしゃるんですか?」
「んー、走る事は走るけど、大抵夜だな。朝は弁当作るのに時間取られちまうし。」
「あ、ご自分で作ってらっしゃるんですか。」

あの量を見た時、確かに親としては毎日毎日作る事を思うと、泣けてたまらないだろうとは思ったが。

「でも、大変じゃないですか?量が量だけに。」
「いや?自分の分だからな。好きに作れるし、気楽なもんだぜ?」
「そういうものですか?」
「おう。どっちかっつーと、弟に作る朝飯の方が大変だな。好き嫌いするし。」
「弟さん、いらしたんですか?」
「ああ!2人。5才と、2才。」
「へえ・・・」

小さい。しかも2人も居ると、随分賑やかだろうと思う。

「・・・・・・」
「どした?」
「あ、いえ。丸井君って、お兄さんなんだな、って思いまして。」
「とてもそんな風に見えないって?」
「逆です。」

紫希は即答した。
だって丸井は、何時もこんなに優しい。

「優しくて頼りになって・・・とっても素敵な自慢のお兄さんなんだろうな、って思います。」
「・・・おお、そう?」
「はい!私が妹なら、絶対そう思います。」

(なんでこういう時ばっかり、にこにこハキハキするんだよ・・・)

恥かしいから、その辺こそ控えめにして欲しい。
ちょっと顔が熱くなって、丸井はタオルで汗の引いた顔を拭いた。

「ええと、お前は兄弟とかいねえの?」
「居ます。兄が1人。」
「兄?って事は、お前妹?」
「はい。」
「へえ!どっちかっつーと、弟とか妹が居る方かと思ってたぜ。」
「良く言われます。・・・どうしてでしょうか?」

(五十嵐の所為じゃねえ?)

そんな様な気がする。表向き放置気味の千百合と違って、影に日向に紀伊梨をまめまめしく構うイメージが強いのだ。

「でも、春日の兄さんだったら、なんか可愛がってくれそうだな。」
「そうですね。兄弟仲は良いですし、私も兄の事は好きです。・・・大体は。」
「大体は?」
「ええ。兄としては良い兄なんですけれど、その・・・ちょっと。」
「?」
「・・・女性に対して、鈍いというか、はっきり言えない所がありまして。」

其処か。

「い・・・いや、まあ、ほら。男は誰でも、多少はそういう所あるからよ!な?」
「いえ、あれは明らかに度を越して居ると思います。」
「・・・そう、なの?」
「はい。妹としては胃が痛い限りでして・・・」

珍しく眉間に皺を寄せて、ちょっと怒ったようにむむむと悩む紫希の顔。

普段何かあると困った顔になりがちな紫希の、こういうちょっとムッとした顔は初めて見る。

珍しいな・・・と思うとつい、まじまじと見てしまうが。

「・・・・・」
「丸井君?どうかなさいました?」
「ん?ああ、いや。なんでもないだろい。」
「そうですか?」

~~~♪
~~~♪

「あ、ごめんなさい!」
「良いよ。電話?」
「いえ、アラームです。」
「アラーム?」
「はい。家に帰る時間と、その30分前にも一応。今日は、時間を忘れてはいけない日なので・・・」
「へえ。何か用事?」
「お出かけです。今日は、ビードロズの皆で東京へ。」
「ああ、そう言えば五十嵐が言ってたな。」

連休直前の日に教室で、東京へ行くんだとクルクル回りながら嬉しそうに言っていたのを思い出す。
何日なのかは知らなかったが、今日だったか。

「彼奴、楽しみー!とか言って、又回って机にぶつかってたぜ?」
「ううん・・・危ないので、ぶつかる癖は直して頂きたいんですけどね。でも、私もとっても楽しみです!楽しみ過ぎて、早起きしちゃったんですけれど。」
「ふうん?だからこんな時間に公園居たってわけ?」
「はい。目が覚めちゃったし、お散歩しようかなって。」

そしたらなんと吃驚、友達を見かけたばかりか、ジュース奢って貰って一緒にお散歩している。

「東京か!良いな、俺も行きてえだろい。」
「あ、お土産買ってきます。」
「マジ!?」
「はい、お世話になっていますし。何が良いですか?」
「お菓子!」

歪みの無い即答である。
紫希は思わず笑ってしまった。

「分かりました。リクエストはありますか?」
「なんでも・・・あ、いや!待てよ、下のチビが餡子とチーズ苦手だから、」
「なら、和菓子とチーズ関連は避けますね。スタンダードですけれど、東京バナナはどうでしょうか?」
「あ、それ!!」
「ふふふ。はい、分かりました。」
「おう、頼むぜ!」
「・・・はい。」

丸井はやっぱり優しい。
弟の事が大好きなのだろう。

(私、幸せですね。こんな優しい人と友達になれて。)

しかし、だからこそ迷惑かけたくなかったのに、とも思う。
結局、丸井のジョギングは止まってしまったし。

「・・・おい。」
「え?は、はい!」
「まーたなんか、おかしな事考えてんだろい?」

丸井は最近分かった事がある。
紀伊梨の専売特許だとばかり思っていたが、紫希もなかなかどうして顔に出易い。

「お、おかしな事なんて・・・」
「じゃあ何考えてた?」
「・・・丸井君のジョギングの邪魔をしてしまって申し訳ないなあ、と。」
「お前、俺が「散歩付き合って」って言った方だって事、もう忘れてんのかよ?」
「でも、丸井君は優しいですから・・・」
「はあ・・・」

そんなこったろうなと思ったから、もう別段驚きはしない。案の定、という奴だ。
というか、前もしたぞこのやり取り。

「あのな?食堂で会った時も言ったけど、お前二言目には俺が優しいから無理してるって、」
「だって、こんなのおかしいですよ・・・!」
「はあ?何が?」

丸井は解せない顔だが、紫希からしてみたら、もっとずっと前から解せない事だらけである。

「だって、丸井君はとっても優しい、素敵な人なんですよ!

私、丸井君と一緒に居るのが楽しいんです。お話していたら元気になりますし、笑った顔を見ていたら気持ちが明るくなるんです。

それなのに、そんな素敵な人が私と友達になりたいとか言ってくれたり、困ったら言えって言ってくれたり守ってくれたり、邪魔をしたのにジュースをくれたりお散歩に誘ってくれたり・・・そんなの絶対おかしいです!世の中がそんな、私にばっかり都合よく出来てるなんて信じられないです。」

自分が心配性で、ネガティヴ思考である自覚は、紫希にはちゃんとある。しかしそれを差し引いても、丸井の振る舞いはちょっと自分を幸せにし過ぎではないかと思うのだ。

となると辻褄の合う説明としては、丸井としては本意では無いが優しいから自分に甘くしてくれている、という事になる。

が。
無論、丸井にそんな考えなどない。
だから思わず、えー、と口から否定の呻きが零れてしまう。

「別に良いんじゃねえ?都合良く出来てたって。」
「おかしいと思わないんですか・・・!?」
「全然?」
「えええ・・・」

「だって俺にも都合が良いもん。」

「・・・はい?」

何が。何処が。
そう書いてあるような顔になる紫希に、丸井はやっぱり分かりやすいとか思ってしまう。

「俺も一緒って事だよ。居ると楽しいし、こうやって話すのも好きだし。ま、お前はすぐ困った顔になるから、笑った顔はまだまだレアだけど?」
「う・・・」
「ほーら、言ったそばから。」
「ああ!えとえと、どうしましょう、笑うのはええと、」
「ぷはっ!くくく・・・」

眉を下げたまま、ほっぺを両手でもにゅもにゅしだす紫希。
遠慮なく笑う丸井に、恥かしくて顔が熱くなってしまう。

「お、今の顔も見た事無い。」
「ううう・・・・!」
「ははは!でも、俺春日と居るのが好きなのは本当だぜ?」
「・・・そう?なんですか・・・?」
「おう。ま、あんまりそういうイメージ持たれない事は分かってるけどな。」

丸井は明るい性格である。紀伊梨みたく、賑やかで快活なタイプの人と居るのも大好きだ。
でも、紫希のような生真面目で大人しいタイプの人と過ごすのも、実は同じくらい好きである。でなきゃ、落ち着きのある桑原と親友だったり、物静かな幸村と友人になったりしない。

「で?」
「え?」
「俺を楽しい気分にさせてくれる、素敵な春日さんがお菓子をくれたりとか。上がり症我慢して歌を聞かせてくれたり、部活応援してくれたり、すげえ頑張って友達になってとか言い出してくれたり。後、お散歩に付き合ってくれたり?そんな都合の良い世の中は、おかしいんだっけ?」
「でも、それは私がやりたいからやってる事で、」
「なんだ、分かってんじゃん。」
「そ・・・・」

そうなんだろうか。
今迄自分がして貰った事は、して貰っていたんじゃなくて、丸井がしたいと思ってくれていたのだろうか。
確かに自分だって、して「あげた」という意識0で今迄接していたけれど。

(それなら、嬉しい、ですけど、)

~~~~♪
~~~~♪

「お、時間だろい。」
「はい・・・」

アラームを止める紫希。
もう家に戻らないと。荷物を確認して、五十嵐家に集合しないと。

「楽しかった?」
「へっ?」
「お散歩。俺は楽しかったけど?」

片目を瞑って笑う丸井。
紫希は白旗を掲げなければいけない事を悟った。

「・・・私も、楽しかったです。とっても。お散歩に出て良かったと思います・・・」

そう。
そう言って欲しかったのだ、丸井は。
ごめんなさい、も、お邪魔してもご迷惑じゃも要らないから。

ただ、有難う。楽しい、有難うと思ってくれればそれで。

「おし!じゃあ、気を付けていけよ?」
「はい!丸井君もお気を付けて、頑張ってください。」

5月の風にスカートを翻す紫希に、丸井は手を振って別れた。