そんな心配をされているとは毛ほども知らず、ビードロズは会場のある渋谷に到着して居た。
今は午前11時。
昼になったら確実に混むので、少し早いがもう昼食である。
「ん~~~~!デリシャスーーーー!都会の味がしますなあ!」
「蕎麦に都会とか田舎とかあんのかw」
「気分っすよ気分ー!」
今年のGWはちょっと暑い。
冷たい物が食べたいという紀伊梨のリクエストで、一行が入ったのは蕎麦屋さんである。
「この時間でも、結構お腹空くわね。」
「起きんのは何時もより早いくらいだかんねwこんなもんっしょ、腹の空き具合としてはw」
「今日は2人とも、何時起きられたんですか?」
「「6時。」」
別に一緒に起きようね、とか示し合わせているわけではないけれど、何となく生活のリズムはシンクロしてしまう。この辺はやはり双子というべきだろうか。
「はやーい!」
「あんたはもうちょっと早く起きろ。」
「頑張ってるんだよう!これでもー!」
「まあまあ。今日は紀伊梨ちゃん、ちゃんと起きられましたよ。ね?」
「紫希ぴょん・・・!紫希ぴょーん!」
「あ、わ!」
「食ってる時に抱き着くのは止めろw」
「海老天貰う。」
「千百合っち!?それ紀伊梨ちゃんの海老天!」
「箸置いたから要らないのかと思って。」
「違うから!」
「ふふふ。」
東京に来ても賑やかさは変わらないなあ、と思いながら紫希は付け合せの冷奴に箸を付けた。
「話戻すけどさー、紫希もこういう時は何時も早いよねw今日とか、何時起きだったん?」
「あ、私、4時です。」
「「「4時!?」」」
「あの、違うんです!起きるつもりはなかったんですけれど、昨日早寝してしまって、アラームより先に目が覚めてしまって・・・」
「ああ吃驚したw」
「良いなー!私も目覚ましより早く起きてみたいよー!」
「一生無理。」
「そんな事ないもーん!多分!」
紀伊梨は基本的に自然に目覚めるという事が無い。放っておいたら放っておいただけ寝てしまうので、目覚まし無しで生活など出来ないと皆から思われている。
「起きて本でも読んでたの?」
「いえ、天気が良かったのでみどり公園迄お散歩に。」
「あ、良いなー!気持ち良さそー!」
「はい、気持ち良かったですよ。朝は気温も丁度良かったですし。あ、そうです。」
「「「?」」」
「丸井君にお会いしました。」
言いながら紫希は、又顔が綻ぶのだった。
「おおおお!そーなんだー!ブンブンお家近くなのかなー?」
「どうでしょう。走ってらしたので、家はもっと距離のある所かもしれませんね。」
「朝から走り込みかw練習もあんのにw」
「丸井って、実は意外と努力家よね。ああ見えて。」
「意外でしょうか?」
「なんとなくだったけどね。コツコツ努力とかって、しないタイプかなって。」
「あ、でも俺もそれは思ったわw今は違うけどね。」
初めて会った時の印象から、明るくて親しみやすいタイプである事は千百合も棗も直ぐに分かった。
だが反面、ストイックさとか真面目さとか、そういう物とは無縁のような気もしていた。
だからこそ紫希が「友達になりたい」と申し出たと聞いて、棗は殊更驚いたのだ。
性格が合わないと思っていたし。
「で、挨拶はしたの?」
「え?」
「紫希の事だから、走り込みの邪魔だとか思ってスルーしたんじゃないの、って事よ。」
「しそうw」
「えー!折角会ったのにー?」
「いえ、そうしようと思ったんですけれど・・・結局見つかってしまいまして。お話して、ジュース頂いてしまいました。」
「おおお!ブンブンどてっ腹!」
「それただの悪口だからね。」
「え!?」
「紀伊梨ちゃん、太っ腹です・・・」
(ほおーーー・・・)
会話を続ける3人を眺めながら、つくづくやるなあ彼奴、と棗は内心で呟いた。
友達発言の時も勿論だが、この前のライブの時もそう。
与えられた役からして、お守り役を付けるなんて紫希は嫌がる。其処は幼馴染として予想の着く事だ。
しかしそれを説得して大人しく守られ役になって貰う、というのは至難の業である。
そういう時の紫希が如何程頑固なのか、自分達は良く知っている。
お前達の幼馴染だろう、なんとかしろよ、なんて頼んできてもおかしくないような場面で、丸井は普通の顔をして1人で紫希の相手をする。
「これは本格的にブンブン君ウィザード説あるで・・・」
「え?なっちん、なんか言ったー?」
「ウィザードがどうのって聞こえたけど。」
「魔法使いですか?」
おっと、声に出てた。
「いや、ちょっとブンブン君がねw魔法使いぽいなーって。」
「そう?何が?」
「どちらかというと、仁王君ではないでしょうか。」
「あ、分かる。」
「そーそー!ニオニオ凄いよねー!こないだのライブの時とか、ちょー吃驚しちゃったよー!」
最後に種明かしをして貰ったから納得したようなものの、そうでなければあのライブの日は何がどうなっていたのかわからなかった。
良く分からないけど何故か準備は都合の良いように進み、何故か紫希は最前列でライブを見られて、何故か生徒会の要注意人物にライブを見せる事に成功し、何故か思い通りの演出でステージを終えられた。
アホみたいな感想だが、本当にそうとしか表現しようのない状態だった。
紫希は指示を与えられていたが、一切何も言われなかった3人は尚更だ。
「クラスでついてる綽名はマジシャンみたいだけどね。」
「あー!でもニオニオ、手品も似合うなー!」
「でも本人は、「イリュージョニスト」っていう扱いをして欲しいみたいよw」
「確かに、しっくりきますね。手品より大がかりな感じが。」
現実の手品でも、規模によっては「イリュージョン」と言われたりする。
2000人を騙くらかした先日の功績は、成程確かに「イリュージョニスト」の名に相応しいかもしれなかった。
「・・・そういえば、なんですけれど。」
「「「ん?」」」
「仁王君って、最近なんだか元気が無い気がしませんか?」
「あー、確かになんか、暗ーい顔してるわね。」
「そなの!?むむむ、これは由々しき事態!」
「彼奴は愛が重いんだよwアタックしては袖にされて、又アタックしては袖にされてをループしてるのさw」
「「「えええ!?」」」
アタックしては袖にされて。という事は。
「何、片思いなの?」
「に、仁王君そんな積極的な性格だったんですか・・・」
「えー、誰!?誰誰!?」
「柳生。」
「「「・・・ん?」」」
「柳生比呂士だよwダブルス組みたいんだってw」
お礼と、イリュージョンの話に興味を持って、実は棗はライブの日の翌日仁王の元を訪れていた。その時に、仁王は言葉少なながらにぽつぽつ話してくれたのだ。
ダブルスを頼んで断られた事。
でも諦めきれないから、時間がかかっても引き入れたいと思っている事。
だから学校で溜息を吐く仁王を見る度、また振られたんだろうな、と思っていたのだ。
「ダブルス?彼奴テニス部じゃなくない?」
「こないだ、ゴルフ部って言ってたよ!」
「うーん、もう既に部活に入っているのなら、無理にとは言い難いですね・・・」
「まあねw」
そう。
無理にとは言い難い。
柳生だって、柳生なりの理由があってゴルフ部という選択肢を取ったのだ。
本人の都合でもなんでもないのに、それを捨てて自分の所の部活に来いと言われても、まあ「はい」と返す人間は居まい。
「しかし、何度もアタックとはね。彼奴、こういう事こそ「嫌」って言われたら「そうか」って引くタイプかと思ってたわ。」
「それだけ、入って欲しいと思ってる、という事でしょうか。」
「でもでもー!やーぎゅだったら、テニスも似合いそーだよね!」
「そーお?」
「似合うよー!ゴルフ部って聞いた時も似合う~!って思ったけどー。テニスしてるやーぎゅって、ホラ!なんかこう、スッ・・・と来て、パンッ!ビューン!って感じっしょ☆」
「日本語で言って。」
「日本語だよ!?」
「ふふふ。でも、なんとなく分かります。汗1つかかずにプレイしてそうです。」
「だよね、だよね!」
幸村も大概そんな空気があるが、柳生は余裕のあるテニスをしそうな雰囲気がある。
必死になってボールを追いかけると言うよりは、ボールの向かう先に前以て動いているような。
「やーぎゅ、テニス部に入らないのかなー?」
「彼奴側に入る理由が無いからねw」
「そういう事になりますよね。そもそもテニスに興味があるのかも分かりませんし。」
「どっちみち、無理やり引き入れたって長くは続かないわよ。こればっかりは、本人のやる気だもの。」
「やる気、かあー・・・」
やりたくないと本人が思っている物を無理矢理やらせたって、続かない。一生懸命になれない。それは紀伊梨だって分かっている。
そもそも紀伊梨自身が、やりたくない事がイコール不得意な事になるタイプだ。だから無理強い出来ないという意見は至極尤もであると思うし、そうなると仁王には残念だが、やっぱり無理なんだろうなあという結論に落ち着いてしまう。
「・・・・でもなー。」
「何、嫌に食い下がるわね。」
「だって、ニオニオは私達の為に「無理」って思ってた事全部やってくれたよ?
それなのに私達は、ニオニオの為に「無理」をやってあげられないの?」
最初にサイダーで吊ったのは本当だ。
そもそも仁王自信が人を謀るのが好きで、大人数をあっと言わせる良い機会だ、と本人が思っていたのもあるだろう。
それでも、仁王が最終的にあそこまできっちり仕上げてくれたのは、自分達に対する友情もあるからだと紀伊梨は信じていた。
だからその仁王が困っているのなら、それが無理な事であってもどうにかしてやりたい。
「うーん・・・・」
「私も、やーぎゅが嫌だって言うならしょうがないなと思うよ?でも・・・」
「ちょっとでもなんとかなりそうなら、手伝ってやりたいよねー、確かに。」
「・・・よし。」
千百合がパン、と手を叩いた。
「今日は置いとくとしても連休はまだあるし。」
「千百合っち・・・?」
「何か考えよ、皆で。テニスも面白そうかも、って思って貰えそうな方法。」
ニッと笑う千百合。
紀伊梨の顔がぱあと明るくなった。
「うん!やる!やろー!」
「又忙しくなるなw良いけどさw」
「ふふふ。急がないと、ですね。ゴルフにしろテニスにしろ、運動部にとって夏は肝ですから。」
紫希の言う事は正論だった。
夏。
本気でやりたいからこそ、夏を迎える時は万全の体制で居たい。
「いよーし!じゃあ夏までに、ビードロズの特別ミッションだあ!
目指せ!柳生比呂士のテニス部入部!
頑張るぞー!」
「「「おー!」」」
蕎麦を啜りながら決意表明するビードロズ。
蕎麦屋の店主は若いねえ、と笑いながら、蕎麦湯をちょっと多めに入れてあげたのだった。