朝焼けの薄紫色の空から、真っ白な花弁が雪のようにひらひらと降ってくる。
それは美しい景色だった。
「壮観じゃの。」
「ええ。見ようと思ってもなかなか見られませんね、これは。」
「・・・これがお宝ってことで良いわけ?」
「ふふ。どうかな?あの巻物の人が、これを知っていて書いたのかどうかは。まあ・・・」
もはや、それはどっちでも良い事。
そのことを、ここの全員が知っていた。
この幻想的な光景は、確かに目の前にある。それは事実だし、宝と呼ぶに相応しかったから。
千百合もそう思った。
非常に珍しく。
基本的に千百合は芸術系のことに鈍感で、美術品とか見てもふーん、な性格をしている。だから、こんなに景色に向かって綺麗と思うのは久しぶりだった。
寝転んで空を見上げると、視界には、薄紫の空と、白い花だけが見えている。
ひらひらと、舞っても舞っても途切れることなく。
(天国ってもしあったらこんな感じなのかな。)
と、思って。
ふと、自分の恋人が神の子と言われていることを思い出した。
隣で座って、ただ空を見上げて花に降られる幸村は、それは美しかった。
綺麗で。綺麗で。
「・・・・精市。」
「うん?」
「何か、俗っぽいこと言って。」
「え?俗っぽいこと?」
「何か。何でも良いから。」
この光景と幸村は、あまりにも似合い過ぎていて、千百合は怖くなった。
本当は幸村は、こんな所に居るべき人間じゃなくて、もっと遠くてもっと高い所に居るような存在なんじゃないかと思った。
何をばかなと思うかもしれない。千百合も普段なら思うだろう。
でも、この幸村精市という男は、とにかく綺麗だから。
神の子とか言うけれど、本当に神様に気に入られてるんじゃないかとときどき思うから、今みたいな時は不安で仕方ない。
どこへも行かないで。
千百合の瞳にそう書いてあるのを見て、幸村はちょっと困った。
千百合の真剣な頼みだから、聞いてあげたいけど。でも、その願いの内容が「俗なことを言え」って。
「そうだなあ、俗な事・・・」
ううん、と悩むその間にも、花びらは舞って、幸村の髪や肩を撫でては滑り落ち。撫でては滑り落ち。
どうしてそんなに綺麗なの、と千百合はたまに聞きたくなるが、多分聞かれても幸村は困るだろう。
「・・・・つまらないことでも良いかな?」
「何でも良いよ。」
「実を言うと、さっきからちょっと物申したくて。」
「・・・何が。何をー--」
言いかけたところで、幸村の指が千百合の口元にそっと触れた。
いや、正確に言うと、千百合の口元に降ってきた花を取り上げた。
さっきから千百合は仰向けで横になっているから、花降る状況で体に、顔に、髪にたびたび花びらが絡まってくる。
「・・・・何?」
「確かに、俺は花が好きなんだけど。それはそれとして、」
幸村は座ったまま少し姿勢を崩した。
顔がぐっと近くなって、幸村の心地よいウィスパーボイスが耳をくすぐる。
「俺の可愛い彼女の唇に、そんなに気安く触れないで欲しいなと思ってたんだ。」
千百合はかっと体温が上がった気がして、照れ隠しに横向きになった。
幸村は姿勢を戻して、くすくす笑っている。
「なんだか小さい子供みたいだけどね。でも、ずるいと思わないかい?俺はこんなにおそれおおいと思ってるのにさ。」
「・・・・何から突っ込んだら良いのかわからないけど、とりあえず目的は達成できた。ありがと。」
「ああそうだ、結局、どうしたんだい?急に俗っぽいことを言えだなんて。」
「ちょっとね。ちょっと。」
こんな恥ずかしい思いをするのなら、言わなきゃ良かったか。いやでも、、実際隣で笑ってる幸村は、すごく人間というか近しい存在に見えてほっとするから、良かったか。
軽く溜息を吐いてうつぶせになると、目の前には白い花びらが積もっていた。
どうせなら赤だったら自分の赤い顔が目立たなかったのに、と思った。