舞台裏に移り、じゃあ続きはここでやってね、と選管の女生徒が言い残してそこを去ると、跡部は声を出さずに嘆息した。
忍足はそんな暇もない。早く戻らないといけない。こんな所に来てる場合じゃない。
と思ったのだが。
「お客さんだぜ。」
「?」
忍足が振り向くと、スピーチから戻った深谷がにっこり笑って手を振っていた。
「俺は戻る。適当にあしらいな。」
「・・・適当に、なあ。」
「まあ待ってくださいませんか、跡部君。僕は君にも用があるんですがね。」
「はん。生憎だが、俺様はお前に用はねえよ。」
ここに居たって、利用されるだけだ。
まあ大人しく利用されてあげるような性格でもないけど、忍足ならひとりで大丈夫。
跡部は手をひらりと振ると、袖の方へ戻ってしまった。
「・・・・・・」
「まあ、そんなに怖い顔をしないで。少しお話したいだけですよ、忍足君。」
「普通の顔ですけど。」
「そうですか?それは失礼。」
深谷は微笑を絶やさないで近づいてきた。
忍足は引かない。
「何か用事ですか?」
「ええ。まあ、跡部君に先に話を通すのが筋なのかもしれませんが、君から口添えがあれば、よりスムーズかと思いまして。」
「可憐ちゃんをそっちへて言う話やったら、俺は口添えしませんよ。」
可憐から聞けたことは少ないけれど、そこだけはもう聞いている。
「何故ですか?」
「質問を返すようやけど、むしろそっちへ行かせるのが何故なん、ていう話になりません。理由があらへんし。」
「あるでしょう、理由。」
「どこに。」
「どうせなら好きな人と一緒に作業がしたいでしょう?」
何を頓珍漢なこと言ってるんだ。
忍足はもうちょっとで口から出そうだった。
「何故知ってるのかわかりませんか?君は思った以上に有名だ、水泳大会の件でね。」
「・・・・・・・」
「もしも彼女を僕側の秘書に出来たら、君の好きな女の子を後に呼べば良い。三方良し。良い案でしょう?」
「聞いてええ?」
「はい?」
「今言うたプラン、可憐ちゃんに向かって言うたん?」
「ええ。」
もしも、忍足の頭がもっと悪ければ。あるいは、察しが悪ければ。
この場は「いや、しませんよそんなこと。」と返すだけで済んだだろう。
でも生憎なことに、忍足は頭も察しもとても良かった。
とてもとても良かったから。
だから気づいてしまったのだ。
「失礼します。」
「おや、どこへ?話はまだー--」
ぱし、と忍足は肩にかけられかけた手を振り払った。
すんごく頑張って、普通に振り払った。
して良い、と言われたらもっと容赦なく力を入れただろう。
「近づかんといて。」
面倒な手合いからは離れるが吉、な性格の忍足は、久しぶりだった。こんなに相手をコテンパンにしたいと思うのは。
いずれとかじゃなく、今この場でしたい。
でも後だ。
やることがある。