(あっ、戻ってき・・・あ、あれっ、跡部君だけっ?忍足君はっ?)
「・・・なので、大体遅れが30分くらいになる見込みなんだけど、大丈夫?」
「あっ、はいっ!言っておきますっ!」
「そう、よろしく。」
やっと話から解放された可憐は、忍足不在で跡部だけが帰って来たことで一瞬判断に迷った。
どうしよう、このままここに居て良いのか。それとも跡部の近くに居るべきか。いや、忍足の方に。
なんて迷っている間に。
「桐生さん。」
可憐はびく!と肩を震わせた。
振り返ると阿賀の姿が。
きた。きたぞ。
「ご、ごめんなさいっ!ちょっとLINEで連絡だけ・・・はい、ど、どうぞっ!」
「あらまあ、そんなに急がなくてもよろしいのよ。」
急いで忍足に連絡を入れて、可憐は阿賀に向き直った。
何だ。何の用だ。
「深谷君に聞いたんだけれど、桐生さん、跡部君の秘書からこっちに来ないかってお話を断ったんですって?」
「あ、ああ・・・はいっ!し、失礼かなって思ったんですけど、やっぱり私、跡部君の味方だからっていうか・・・」
「そう、跡部君の味方。」
「はいっ・・・」
「じゃあ、なおさら変わるべきじゃない?」
「え・・・・」
阿賀は全く崩れぬ微笑のまま言った。
「だって、以前聞いたけれど、桐生さんは忍足くんと”ただの”お友達なんでしょう?」
「・・・はい・・・」
「それなら、変わってあげたら?彼は意中の女の子が居るみたいなんだし。」
「・・・・で、でも・・・跡部君が、」
「何も、桐生さんがこちらの秘書にならなくても良いのよ。ただ、変わってあげたら?と言ってるの。」
「・・・ただ、変わる・・・?」
「そう。単純に、あなたと忍足君の好きな子が変わるのよ。うちに来いとは言わないわ。それはどうなの?」
「そ・・・」
それを言われると、「跡部に味方したい」がもう使えなくなる。
それこそ可憐を指名したのは跡部ということも言えるが、跡部も提案したら「じゃあそうするか」と言うかもしれない。
じゃあ自分が引いた方が良いのか。
いやでも。いやそもそも、「でも」と出てくる時点で保身に走っているのか。
でも。じゃあ。でも。
ああでも。
今までだってこうして、しがみついては痛い目にあったじゃないか。
「・・・・は、」
「可憐ちゃん!」
振り返る前にぐん!と肩を引っ張られる感覚がして、可憐は後ろへ下がった。
「・・・あ!忍足君、あの、私さっき連、絡・・・」
(・・・忍足君?)
忍足は、可憐の肩に手を添えていても、可憐の方は見ていない。ただひたすらに阿賀の方を見るその目つきは、忍足にしては珍しく鋭い光が宿っている。
(・・・怒ってるのっ?)
どうして。連絡が遅かったから?いや。連絡はした。
すぐ逃げるべきだった?いやしかし、知らせろとは言われていたが、逃げろとまでは言われていなかったし。
(どうして、)
「可憐ちゃん、何言われたん?」
「えっ?」
「何か言われたやろ。」
「ああ・・・えっと、」
「秘書変われ、みたいなこと言われたんとちゃう?もしくは秘書下りろ、か。」
可憐は目を丸くした。
どうしてわかるんだ。
可憐がその通りと言う前に、阿賀が苦笑して溜息を吐いた。
「その様子じゃ、こっちのことは知ってるわね?」
「ここまでされたらな。ようこんなこと考えたもんやわ。」
「ルールには抵触していなくてよ。」
「人として、踏んだらあかん線に抵触してるんはええのんか。」
「あら。」
こんどは阿賀が目を丸くした。
「人として駄目な線を気にしてるなんてね。あなたはもっとドライかと思っていたわよ、忍足君。」
「思い込みやろそんなん。」
「まあね。こちらの読みが甘かったという話よね。」
阿賀はふう、と溜息をついた。
「じゃあ、私は退散するわ。今回はこれ以上話しても無駄でしょうし。」
「今回とかやのうて、明日以降も近づかんといて。」
「やだわ、どっちにしろあなた、桐生さんから離れる気はないんじゃない。」
(え?)
じゃあね、と言って阿賀は手を振って去って行った。
「・・・え?あの、」
「可憐ちゃん、こっち行こ。話するわ。」
こういう時、跡部景吾という男は本当にありがたい。
遠慮なく手伝いを放棄しても、あの男なら十分スピーチができる。