誰も居ない舞台裏。
可憐と忍足は、2人で隅の方に立っていた。
「この辺やったら、まあ・・・」
「忍足君っ。あの、さっきの話は、」
「ああ、するわ話。あのな、可憐ちゃん。はっきり言うけど、可憐ちゃんは狙われてんねん。」
「・・・・へ?」
「あっちは、跡部の選挙活動を邪魔しようと思うてんねん。やから可憐ちゃんにあれこれ言うてくるんやわ。」
「えっ、えっ、どうしてっ!?だって、私の邪魔をしたって、」
「あんな可憐ちゃん。秘書って、結構ちゃんと機能してんねん。」
「え?」
「秘書が居らへん候補者は苦労するし、居ったらその分スムーズに回るねん。せやから、跡部やのうて秘書から邪魔しよ思うて、可憐ちゃんにあんな話してんねんで。」
以前マネージャー騒動でもあったことだが、将を射んとすればまず馬を射よ、という話。跡部を直接狙うのはまずいから、秘書を狙うという事。
「えっ、じゃあ私もしかして、殴られそうにとか、」
「それもちゃう。」
「えっ?」
「殴ったりとか蹴ったりとか脅したりとか、そういうのんはご法度やねん。選挙戦やさかい。」
そんなこともしもやったら、馬を射るどころかただの自爆なのである。私殴られたんです脅されたんですあの人達から、みたいな暴露をされたら一発KO。候補者の資格なし、ということになる。
では、どうするか。
相手が「自分は被害者だ」と思わない、ぎりぎりのラインを攻めてくるのである。
「可憐ちゃん、秘書おいでとか、止めたらとか言われたんやろ?」
「うん・・・」
「でもな。実際問題、可憐ちゃんが誰の秘書やってても、下りても下りへんくても、あっちはどっちでも良かってん。」
「え?」
「あっちのほんまの目的は、可憐ちゃんを悩まして、動きを悪うすることやねん。悩ませられたら、もうそれで目的達成や。」
忍足は、それが腹が立って腹が立ってしょうがないのである。
あっちからしたら手段の一つなのかもしれないけど。
でも、可憐は真剣に悩んでいるのに。その気持ちを、悩んだ時間を利用するなんて。
馬鹿にするのも大概にしろと思う。
「・・・・そう、だったんだ・・・」
可憐は、説明を聞いて納得した。
納得はしたが。
(・・・・でも、)
「可憐ちゃん、俺の推測やねんけど。」
「え?」
「もしかして、茉奈花ちゃんと代わった方がとか言われてへんかった?」
「あ・・・・ああ・・・うん・・・」
予想していたことだった。
でも、忍足は辛くて仕方がない。
可憐が網代に対して、劣等感のようなものを覚えているのを、忍足は持ち前の察しの良さで知っていた。
わざわざそこを突いてくるあっちの底意地の悪さと、そんな意地の悪さにずっと晒され続けていた可憐が気の毒で仕方なかった。
どうしてこの子がこんな目に遭わないといけないんだろうか。
「代わらんでええから。」
「・・・・」
「真に受けんでええねん、あっちの言うことなんか。こっちのためみたいな顔して言うてるけど、自分らのことしか考えてへんねんから。」
(・・・・でも、)
忍足の言う事は正しいと思う。
確かに深谷も阿賀も、跡部を負かすために言ってきたのだ。それは間違いないだろう。
ただ。
「・・・・でも、」
「可憐ちゃん?」
「・・・それはそれとして、言ってきたことは本当なんじゃないか、とは思う・・・かな・・・」
網代に変わった方が上手く回る。それは事実ではないだろうか。
可憐を悩ませるのが目的だったと言うのであれば、裏を返すと悩まずにさっと交代する事でも跡部への妨害は防げるんじゃないだろうか。
「可憐ちゃん、」
「あのね、私考えたんだけど、」
「可憐ちゃん!」
決して大声というわけじゃなかった。
でも忍足の真っすぐなー--真っすぐで必死さを称えた眼差しは、どんな大声より、乱暴な振舞より鋭く可憐を射貫いた。
可憐の華奢な両肩を掴んで。
そして忍足は驚くくらい苦しそうに息を吐いて、自分の額と可憐の額を重ねた。
好きな相手からこんなに近づかれたらどきどきしそうなものだが、この時だけは可憐は驚きすぎてそれどころじゃなかった。
ああ。
どうしてそんな目で自分を見るんだろう。
「可憐ちゃん。可憐ちゃん、俺のことどんな奴やて思うてる?」
「え、」
「俺、そんなに可憐ちゃんのことどうでも良さそうに見えるん?茉奈花ちゃんが居ったら、他のことはどうでもええような奴に見えてる?」
「そんな!そんな・・・こと・・・」
そうじゃない。
忍足はそんな振舞をしたことなんか一度もない。
ただ、可憐自身がそうだと思いたかっただけ。
どうせ届かない思いなら、いっそ取るに足りない存在だと思われた方が楽だという考えがあったから。
「そんなことあらへん?」
「うん・・・」
「ほんまに思うてる?」
「うん・・・・」
「ほんなら、もう代わるとか言わんといてや。」
「・・・・・」
「俺は、可憐ちゃんの代わりに茉奈花ちゃんが居ってくれたらとか、そんなん考えたことあらへんで。」
だから。
頼むから、後生だから。
「お願いやから、そんなしょうもないこと考えんといて。」
「しょ、しょうもないって、」
「しょうもないわそんなん。」
どうか自分を網代の代替品みたいに思わないで、と忍足は願って止まない。
ただ、忍足は知らなかった。
可憐は可憐で、自分が網代の代わりになれれば良いのにと願ってやまないのだ。
「・・・うん。」
「・・・おおきに。」
うん、と取り敢えず返事はしたけれど。
でも、心からそう思える日は来ないんじゃないだろうか、と可憐は思うのだった。