可憐はスポドリとタオルを持って、芥川が何時も寝ている所まで来ていた。
「ええっと、芥川君、芥川君・・・あ!居た!芥川君!」
芥川はやっぱり眠っていた。
ただ、やはり多少暑さは感じて居るらしい。
何時も仰向けで安らかに寝ているのに、今日は横向きで眉間に皺が寄っている。
「ううん・・・顔赤いなあ。」
これはやっぱりいけない。跡部の読みはどんぴしゃりだったわけだ。
「芥川君!起きてよ、芥川君!」
「ん~~・・・」
「ねえ、芥川君・・・・!」
これは駄目だ。揺り起こさなくては。可憐はボトルとタオルを適当な所に置いた。
「ねえ、芥川君!起きようよっ!」
「んにゅ~~~~・・・」
「んにゅ~、じゃなくてっ!起きないと、このままじゃ熱射病になっちゃうよ!」
「むい~・・・」
起きない。
此れで起きる時もあるのだが、今日は眠りが深い日だ。
「起きへん?」
聞きなれた声。ハッとして可憐は顔を上げた。
「忍足君!」
「芥川。起きや。」
「むん・・・・」
忍足もちょいちょいと揺すってはみるが。
「・・・あかんな。」
「うん・・・あんまり揺すると落ちちゃいそうで・・・」
「せやなあ、もうしゃーないわ。可憐ちゃん、其処のドリンクとタオル持ってきてくれへん?」
「え?」
「俺、運ぶわ。」
「えええ!?そ、そんな事しなくて良いよっ!私が引き受けたんだから、私がやり・・・・」
「・・・・・」
「や・・・やれる、かな?」
「フッ・・・ハハハ!」
又笑う。
今のは確かに自分が悪かったが、分かっていても膨れるのは止められない。
「ククク・・・気持ちは有難うな。でも、出来へんて分かるやろ?」
「ご、ごめんね・・・面目ないです・・・」
「男運ぶ時の女の子の面目てなんやねんな。良し芥川、動かすで。」
「にゃ・・・・」
忍足は1年の中でも比較的長身である。
だから同級生をおぶる位は難なく出来る。
「・・・・・」
「ん?どないしたん?」
「あ、ううん!忍足君って、男の子なんだなあって!」
「女に見える?」
「ち、違うの違うの!ほら、忍足君ってテニスする時も、そんなに力とか使って押し切る方じゃ無いでしょ?だから、あんまり力仕事するイメージ無くってっていうか!」
「ああ・・・確かに同学年の中では力ある方とは言われへんな。」
忍足のパワーは、どちらかと言うと並みの中でも非力寄りの方である。
頭が良くて肉体労働をあまりしない分、余計にそういうイメージがつき易いのかもしれない。
「でも女の子の手助け出来る位の力はあるから、こういう時は遠慮のう任してや。」
「・・・うん!有難う!」
もう何度も頼っているのに、それでも「任せて」と言ってくれる忍足には感謝しかない。
本当に自分の友人は優しい、と可憐は嬉しくなりながら、忍足と芥川と共に作業場裏のベンチに到着した。
その時。
「ウソーーー!」
「・・・今の声、」
「茉奈花ちゃん!?」
「・・・んあ?」
壁一枚向こうの作業場からした声。間違いなく網代の物だ。
女子特有の高い叫び声は芥川でさえも目覚めさせた。
「何~?」
「何言うか、動かしたら起きてえな芥川。」
「茉奈花ちゃん!茉奈花ちゃんどうしたの!?」
作業場に駆け込む可憐。
其処には、一箱のダンボールを前に絶句する網代が居た。
「どーーーしよう、これ・・・」
「どうしたの、茉奈花ちゃん!」
「・・・Gでも居った?」
Gより問題である。
「・・・ねえ、可憐ちゃん。ドリンクの粉って、彼方に置いてある以外にある?」
「え?その箱にあるよねっ?」
網代の前にあるダンボールには、でかでかとドリンクの名前が印字されている。
確かにそろそろ棚に出してある分が底をつきそうで、箱から出しておかねばと思っていたが。
「・・・違うの。」
「何が?」
「見て、これの中。」
「中、って・・・!?えええ!?」
可憐も大声を上げた。
網代の前にあるダンボールの中。
其処には新品のドリンクの粉等入っていなかった。あるのは古いテニスボールばかりである。
「な、なんでっ!?」
「多分、このダンボール誰かがボール入れに再利用したのよ。私達、外側だけ見てドリンクって思い込んでた、ってわけ。確かめておかなかったわ・・・こっちのミス、ね。」
箱を奥から出した時から嫌な予感はしたのだ。
嫌に軽いし、何か転がる感じがするし、おまけに開封済みだし。
蓋を開けたら・・・文字通り蓋を開けたらご覧の有様である。
「忽ち足りひんの?」
「今日頼んでも届くのは明後日、ね。もう、未開封の奴は少ししか無いの。このままじゃ今日と明日はとても保たないわ。」
なんせ、部員の数が数なので、減るスピードが馬鹿にならないのである。跡部財閥の力で、注文してから届くまでのスピードは破格だが、それでも遅い。
「・・・分かった、茉奈花ちゃん!」
「え?」
「もうすぐ、お昼休憩だよね?その間に私、買ってくるよ!」
ドリンクは、水分と同時に塩分も補給する大切な物である。無いから提供できない、などとは言えない。
どうにかして出さなければいけないものだ。
「・・・そうね、それしか無いかも。でも、1人じゃ無理だから私も行くわ。」
「いや、なんでやねんな。重いねんから俺が、」
「駄目だよ2人ともっ!今日は午後から、跡部君とミーティングがあるでしょ?」
そう。
確かに可憐の言う通り、今日は昼休憩直後にミーティングがある。
こんな日に限って、と忍足も網代も思うが運が悪い時というのはこういうものである。
「でも、それにしても1人は駄目よ。せめてあと1人・・・いや、女子なら後2人、」
「俺、行こ~か?」
呑気な声。
芥川は、にこにこ笑いながら自分を指差している。
「芥川君?」
「駄目だよ、芥川君も!練習しないと!」
「え~?でも俺此処に居ても、あったかいしボールの音聞こえるの良い感じだC。寝ちゃうだけだと思うんだよね~。」
それなら起きて可憐の役に立った方が良いのでは。芥川はそう思ったのだった。
「・・・そうね、その方が良いかもしれないわね。」
「良くないよっ!芥川君は起きてるなら練習、」
「それがでけへんから苦労すんねんて。」
今起きてるから次の瞬間も起きているとは限らない。それが芥川慈郎という男の特徴である。
どうせ此処に居たって寝るだけだし、力も可憐よりはあるだろうし。
(問題は、可憐ちゃんと芥川の2人で大丈夫なんかっちゅう所やな。)
勿論、ドジ的な意味で。
こう言ってはなんだが、2人ともお世辞にもしっかりしているとは言い難い。ボケキャラだし天然だし、抜けているし。
しかし然りとて、他の部員をやるのも無理がある。
買物に同行している間は練習出来ないのだから、その部員のロスという意味では、間違いなくロスなのだ。
芥川が特殊な例なだけで。
「・・・・・」
ちら、と隣の網代を見やると、網代は小さく頷いた。
任せよう、という事だ。
「じゃあ決まり、ね。芥川君は、お昼を食べたら可憐ちゃんと出て頂戴。」
「うん、分かった~。」
「可憐ちゃん、出る前に跡部んとこ寄ってな。」
「え?」
「跡部には言うとくから、ちゃんと要るもん持ってくんやで?防犯ブザーと、連絡用の予備の携帯と、学校の住所と電話番号書いたメモと時刻表と地図とお金と・・・」
「忍足君!私中学生なんだからねっ!」