その頃郁は、適当な所で座って額に手を当て、俯いていた。
「・・・・・・・」
「あれ?郁どうしたの?具合悪い?まあもう片付けも終わりだし、あと帰るだけだから・・・」
「違う・・・体調は平気だ・・・」
「あ、そう?なの?」
どう見ても頭痛の人にしか見えないのだが。
と思う林の見立ては、あながち全然間違っているわけじゃない。
郁は今、精神的に動揺している。
(どうしよう・・・・)
マネージャーになってから、試合形式の練習は山ほど見てきた。
でも、公式試合を目の前でまともに見るのは初めてだった。
他校の人間相手に、勝負して勝つ部員の姿はとてもかっこよかった。とりわけ、丸井は。
(違うこれは・・・あれだ、ゲレンデ効果的なやつだ・・・違う・・・そんなことは・・・)
絶対絶対、好きなんかじゃないんだ。
頭を緩く振る郁だったが。
もはやその程度では、この思いは振り落ちないところまで育っている。
「・・・・・・」
ところ変わって、丸井はバスを待つ部員集団の中で、ベンチにぼーっと座っていた。
「ブン太?」
「ああ、ジャッカル。」
「どうした、元気ないな。折角勝ったのに。」
「・・・・ん。」
「・・・疲れたか?」
「いや。ただまあ、ちょっと・・・」
「ちょっと?」
「・・・納得いかねえなーと思って。」
桑原はちょっと目を見開いた。
「納得って・・・どうしてだ?何かおかしかったか?」
「だーって、手加減された結果勝ったとしても、そこまで言うほど嬉しくないだろい。まあ負けるよりは良いけどよ。」
「手加減!?そんなのいつされてたんだ!?」
「だって彼奴、スパークは打たなかったじゃん?」
「・・・ああ!」
そう。
結局平川は、フラッシュは打ってもスパークは打たないまま丸井に敗北した。
「でもあれは、戦術的に打たないっていう選択をあっちがした結果で・・・」
「違うんだよ。」
「え?」
「聞きに行ったんだよ。なんで打たなかったのか。」
試合が終わった後。
片付けの最中に平川を見かけた丸井は、聞けなかったことを聞いた。
スパークを何故打たなかったのかだ。
フラッシュは変化が始まる前に上手くたたくことが出来れば普通のショットだが、スパークは打ってからも軌道を変える。
フラッシュでは対策されると感じた後も、スパークを打ってこなかったのは何故か。
すると、平川は言った。
『跳ね返るから。』
『は?』
『観客席に飛ぶかもしれないだろ。』
幸村は正確にリターンしてきた。だからある意味、平川は安心してスパークを打てていた。
でも、丸井は同じことができるかわからない。
別に観客なんてどうでも良い。と、普段は思っていたとしても、今日は。
「やっぱ黒崎かな・・・」
「丸井もそう思うかい?」
心臓が止まるかと思った。
振り向くと、ベンチの背に持たれて幸村が微笑んでいる。
これはあれだ。怒ってる時の顔。
「ゆ、幸村くん・・・」
「俺もそう思うんだよ。何だかやたらに話しかけてくるし。千百合に聞いたんだけれど、今日も話しかけられたらしいから。」
「え?それって・・・平川にか?」
「そう。もう城成湘南も止めたんだし、関わりも無いと言えば無いのにね。」
「確かにな。あんまり愛想が良いタイプにも見えないのに・・・」
うーん・・・なんて悩む桑原に、珍しく丸井の側が天を仰ぎたくなる。
気づけ。わからんか、友よ。という意味を込めて、丸井は目の前の桑原の足をつま先で突いた。
「・・・・・」
「え?何だ?」
「・・・・・」
「だから何だよ!今平川の話を・・・あれ?・・・・あ、」
さっき丸井が、「黒崎か」と言った事を思い出したらしい。
まさかこの期に及んでまだスカウトの話の続きを、なんて思っていたが、流石に気づいた。
そっちか。え、まさか。
「え、でも・・・・え・・・・?」
「まあ、丸井が勝ってくれたから。今日はもう、これ以上絡まれないと思うけれどね。」
(マジで勝てて良かったぜ。いろんな意味で。)
(これで負けたら洒落にならないよな・・・)
それこそ、何重の意味で幸村から「お前何をこの肝心な時に負けてるんだよ」な視線を頂くことは避けられないだろう。幸村自身なら楽勝だろうから余計に。
「ありがとう。」
「ん?」
「勝ってくれて。ふふっ!これは部員としてじゃなくて、個人的なお礼。」
「ああ、それは別に?スパークが打たれなかったのは俺もホッとしたし。」
観客席に打球が飛んで困るのは、幸村や平川だけじゃない。
今日は最前列に、アイドル志望も居たし。
絶対怪我させたくないと思う女の子も居たし。
棗はまあ、最悪良いかと思う。あたりがまあ、男の友情という奴。
「あ、バスが来たみたいだ。じゃあ、帰ろうか。」
「おう。」
「ああ。」
言いながら、丸井は夕暮れに染まる運動公園を振り返る。
(・・・もう帰ったよな。)
そりゃそうだ。基本的に観客の方が帰るの早いんだから。
たった一回勝っただけなんだし。
優勝したわけでもないし。
だから別に良いんだ。と自分に言い聞かせてはみるけど。
「・・・・ん?」
「幸村?どうした?」
「ああ、ごめんね。ちょっとLINEの通知が・・・」
見て、幸村はスマホを唇に当てた。
どうしよう。
どうすべきかな。
(今すぐの方が安全ではあるけど、確実性は下がる・・・でも、後にすると危ないし。)
「・・・危なくない。なら、良いかな。」
「え?なんて?」
「ああ、ごめんごめん。独り言だから、気にしないで。」
「そうか・・・・?」
「うん。あ、ねえ丸井!」
「んー?」
少し離れた位置に居た丸井に、幸村が声をかけた。
「丸井って、夜はいつも家に居る?」
「え?あー・・・いや、1時間くらいランニングしてる。基本的に。」
「今日は?」
「今日も。」
「何時に出る?」
「ええーと、大体20時くらい?」
「わかった。じゃあ、1時間として・・・悪いんだけど21時から5分。いや、3分。」
「え?」
「家に入るのを待ってくれないかな?」
「???なんで?」
「ふふっ!ちょっと。」
「?ま、良いぜ?」
「わかった。じゃあ、約束だ。」
「おい!バスに乗らんか!」
「分かってるよ!じゃあ丸井、よろしくね。」
「おう、うん。」
「・・・・何なんだ?」
「さあ?」
やたらに楽しそうな幸村の笑顔が、やけに頭に残った。