そんなわけで、可憐ははからずも新城と一緒に、試合している自校をおいといて六角が試合しているコートへ向かうことになってしまったのだ。
「ごめんね、可憐・・・」
「ううん、良いよっ。これで真理恵が元気になってくれるんだったらっ。」
「可憐・・・!」
感動して感謝する新城だが、可憐としては苦笑が浮かぶ。
新城が元気になったら。
それももちろん本心ではあるが、付き添う理由の中には同情心も含まれている。
怖いのはわかる。誰か味方に傍に居て欲しい気持ちも。
「あの、近くまでで良いから!見えるとこまできたら、私一人で行くからね!」
「うん、行ってらっしゃいっ!」
ここも試合中のコートではあるので、そこかしこからパコーン、パコーン、とボールを打つ音が聞こえてくる。
(初めて見るジャージがいっぱい・・・私が知らない学校って、関東だけでもまだまだいっぱいあるんだなあっ。)
もちろん、夏の大会とは違うから、今残っている学校=強豪と限ったわけでもないが。
「あっ!」
「え?」
「ろ、六角の人が居た・・・私、行ってくるから!可憐、えーと・・・」
「あ、じゃあそこのベンチで座って待ってるよっ!」
「わかった!何かあったらすぐ戻るし、連絡して!」
「はーいっ。」
新城は駆けて行った。
怖い怖いと言っていたが、どこかエネルギッシュに見えるのは、新城の恋が今の時点ではまだ希望の最中(さなか)にあるからだろうか。
「・・・・・・・」
同じ恋でも全然違う。
自分の恋には希望なんてない。
明るさも、眩しさも、楽しさも今は遠い。
ただ重苦しくて、泥の様にいつまでもまとわりついて離れてくれない感情があるだけ。
「はあ・・・・」
吐いても吐いても途切れない溜息をまた吐いた可憐の頭上には、いっそ憎らしいくらいカンカン照りな太陽が公園全体を照らしている。
(今、試合どうなってるんだろう。Dはもう終わってるかな?伸びててももうSに入ってるかも・・・)
「・・・あれ?」
「え?」
「やあ、こんにちは。前に、顔だけ見たよね。ええと・・・梓さんの友達の。」
「あ、えっと氷帝学園の桐生可憐ですっ!えっと、不二・・・周助君、だっけっ?」
「ふふっ、そうだよ。良かった、覚えてくれていて。」
こんなに暑いのに、不二は猛暑なことなんて感じていないような爽やかさでにっこり笑った。
「でも、こんなところでどうしたんだい?氷帝学園は、確か午前はあっちのコートだったよね。」
「あ、えっと・・・友達がその、六角の人に用事があってっ。途中まで付き添いっていうか・・・」
「そうなんだ。じゃあ今は、その人が戻るのを待ってる所?」
「うん、そうっ。」
「そう・・・なら、ちょっと待ってて。」
「?」
不二は可憐の前をスッと横切ると、そのまま見ている前でベンチに隣接した自販機に行き、スポーツドリンクを2本買った。
「どうぞ。」
「えっ!?い、良いよこんなのっ!貰えないよっ!」
「でも、まだ戻るまでかかるかもしれないよ?飲み物の1本もなくっちゃ、暑さで体調を崩すかもしれないし。」
ね?と言い募る不二の声は、とても優しいのに、なぜか有無を言わせぬ隙のなさがあった。
「美味しい・・・・!」
「ふふ。喜んでもらえて何よりだよ。」
不二に貰ったスポーツドリンクは冷たくて冷たくて、生き返るようだった。
「桐生さんは、氷帝学園のマネージャーさんだったんだね。」
「あっ、うんっ。梓ちゃんから聞いてなかったっ?」
「うん、聞かなかったな。梓さんは、友達だとしか。」
「・・・・・・」
「・・・?どうしたんだい?」
「・・・不二君って梓ちゃんのこと、梓さん、って呼ぶんだねっ。」
なんだか珍しい響きである。
名前で呼ぶ場合、大抵はちゃん付けとか呼び捨てだ。逆にさん付けとなると、苗字呼びが圧倒的に多い。
可憐はまさか知らない。夏休みに不二に出会っている千百合も全く同じことを尋ねているなんて。
「・・・しっくりくるんだ。僕には、その方が。」
「ふうん・・・?」
そんなもんだろうか。
若干引っかかる気もするが、どこかミステリアスでやや浮世離れしてる感のある不二のオーラが、まあそんなもんかなと可憐を納得させた。
(不二君って、何か独特の空気感があるよね・・・幸村君に似てる気もするけど、どこか全然違う気もするし・・・)
というか。
なんだか、改めて見ると不二も結構な見た目の整い具合である。
すごく綺麗だ。
幸村も綺麗だけれど、若干綺麗さの種類が違う。
爽やかさがあるというか。
(良いなあ・・・)
こんなに綺麗だと人生違うんだろうか。
例え中身が自分みたいでも、見た目の良さが今より上だったら、この恋ももう少しいろいろとやりようがあったのかもしれない。
「・・・?どうしたんだい?僕の顔に、何かついてる?」
「あっ、ううんっ!そのう、綺麗な顔で羨ましいなあ、と・・・」
不二は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにおかしそうに笑い始めた。
「ふふっ、あはははは。女の子から、羨ましいって言われるとは思わなかったよ。」
「ご、ごめん・・・でも思っちゃってっ。」
「でも、桐生さんだって十分可愛いと思うけどな。」
「・・・・そんなことないよ。」
「・・・桐生さん?」
恥ずかしくて謙遜とか、そういう感じじゃない「そんなことないよ」の声音。
(本当にもっと可愛かったら・・・)
そしたら、振り向いて貰えたかもしれないのに。
「・・・これは、あくまで僕の持論だから聞き流して欲しいんだけど。」
「・・・?」
「見た目が良いって事は、確かに悪いことではないと思うよ。選択肢が増えるし、実際に見た目が良いからって言う理由で解決できることだってあると思う。」
「・・・・・」
「でもね、桐生さん。解決できることは多いけれど・・・見た目だけでできる事の中に、大切なことは入らないんだ。」
「・・・え?」
「大切なことは、目に見えないから。本当に大事な得難いものは、人より綺麗だからとか可愛いからとか、そんな理由じゃ手に入らない。そういう風に、世界はできてるって僕は思っているよ。」
さて、と小さく言って、不二は水色のジャージを翻してベンチを立った。
「あの子、桐生さんの待っていたお友達じゃないかな?同じジャージだけど。」
「あっ、本当だ真理恵っ!あの、ありがとう不二君っ!」
「ううん、大したことはしてないよ。暑いから、気をつけて。」
不二に手を振られながら、可憐は新城の元に駆けて行った。