「決勝氷帝とかー!楽しみ楽しみー!」
紀伊梨はるんるん気分で決勝開始を待っていた。
「やっぱ相手も知ってるとなあwテンション上がるねw」
「知ってる相手と当たるとは限らないんじゃね。」
「確かに・・・大抵2年生ですよね。跡部君は夏に出てらっしゃいましたから、もう新人ではないでしょうし・・・」
「えー、でも1人くらいは1年生居るかもよ!ほら、おっしーとかー---」
なんて話ながら角を曲がったときだった。
そこにあったベンチに、何度か見た金髪。
「あり?」
「・・・芥川君?」
「また寝てやがる、こいつ。」
「zzzzz・・・・」
健やかに寝息を立てる芥川は、流石に眠れる場所を見つけるのが上手いというか。微妙に人込みを外れた日陰の風通しの良い場所で、それは気分良さそうに眠っていた。
「ええんかこれはw」
「可憐ちゃんに、電話してみますね。」
「おーい!ジローちゃん、起きてー!」
「zzzzz・・・・・」
「・・・・ううん・・・」
「出ないの。」
「はい・・・可憐ちゃんもお忙しいでしょうし・・・」
「まあなあwスマホ見てる暇があるかどうかわからんしねw」
「連れてったげるー?」
「え、ほっといて良いんじゃないの。場所だけLINEしといたら迎えくるでしょ。」
「あ、でも・・・可憐ちゃん、確か以前芥川君のこと、実力は確かだから新人戦は間違いないって・・・」
「「「・・・・・」」」
つまり。
この男、新人戦に出場しているのにこんなところでくーすかしている可能性があるのだ。
可能性というか、実際その通りであることを4人はまだ知らないけど。
「大変だー!連れてったげないと試合できないお試合!」
「そうねw・・・って、え。待って誰が運ぶの。」
「お前。決まってんじゃん。」
「くそ・・・まあやるけどさあw」
「な、棗君荷物を持ちますから・・・」
「サンキュwよい・・・っしょお!」
棗の背に乗せられても、芥川は起床しない。
その頃、新人戦決勝が行われる予定のコートはカオスになっていた。
芥川が居ないことに気づいた氷帝側が大混乱しており、相手の立海もどのようにしたものか決めあぐねていた。
まだ時間はある。今すぐに始まるわけじゃないというものの。
「ど、どうしようどうしようっ!どこにいるの芥川君っ!」
「くそくそ!なんで誰も見てねえんだよ!」
「言ってる場合じゃねーだろ!とにかく探さねーと!」
「探すて言うたかて、残り時間もなあ・・・」
「・・・気づくのが遅すぎたな。」
跡部でさえも、お手上げという風に軽くため息を吐いた。
試合開始まで、あと30分くらい。
しかし、この30分はフルでは使えない。探すだけじゃだめなのだ。ここに連れて来なければいけない。仮にここから15分かかる所で発見したとして、戻ってくるのに15分かかるからそれでもうギリギリ。
つまり、会場までの往復時間+探す時間を30分以内に納めなくてはいけないのだ。
きつい。
もうすでにこの近辺は探し終えているし。
「・・・で、どうするの部長様?」
「・・・・他の奴をS3に据えるしかねえだろうな。芥川は、体調不良ということにして、メンバーから外すか。」
「S1とかにしておいたら、回ってこないかもしれないわよ?」
「きたらどうするつもりだ。負けも無様だが不戦敗はその比じゃねえぜ。」
「まあねえ。」
誰もが多かれ少なかれ焦りと諦念を胸に抱く。
そんな氷帝を、立海はコートを挟んで対面のベンチから見ていた。
「今どうなってんの?」
「向こうがひとり居らんらしいぜよ。」
「大丈夫なわけ?」
「今、柳が斥候に向かっている。少し待っていろ。」
((斥候・・・?))
斥候って何、と目で会話する丸井と仁王に、幸村は苦笑した。
「まあ何にせよ、今の段階でこっちからできることはないから。あるとすれば、待ってもらえないかって交渉しに来たときかな。」
「ふうん。待つの?」
「見通しが立っていれば、待っても良いかなと俺は思うよ。10分あれば確実に来れるとか、そういう時はね。」
「ああ。流石にいつになるともわからん状態で、待ち続けるわけにもいかんからな。」
「すまない、待たせたな。」
氷帝から戻った柳が、ベンチに歩いてきた。
「よ!お疲れ。」
「どうだった?柳。」
「やはり、ひとり居ないらしい。S3の芥川慈郎。1年生のボレーヤーだ。」
「げ。」
丸井はS3である。
つまり、不戦敗の可能性あり。嫌だ。
「なぜ居ないのだ?」
「もともと、ふらりとどこかへ消えるタイプではあるらしいな。ただ、その反面寝汚い傾向があり、じっと眠っていることが多いため、注意していれば所在を掴むのは簡単だそうだ。今日も昼までは氷帝側の荷物置き場で眠っていたらしく、出番になれば起こそうと考えていたのが・・・」
「知らん間に消えとったっちゅうことか。」
「けしからん!なんだそいつは!」
「まあでも、氷帝側だって別にふざけているわけじゃないだろうから。そんな態度でも、出すなら出すなりの理由があるんじゃないかい?」
「その通り。実力は折り紙付きだ。1年生の中でも、勝てないながらもっとも跡部に食らいついていけるほどのセンスがある。ただ・・・」
「居ないんじゃどうしようもねえよな。」
多分、本当にいよいよ居ないとなったら補欠が出てくることになる。それはわかっていたが、この前置きを聞かされると、ますます戦えないのが惜しい。
「惜しいのう、丸井。」
「全くだぜい。補欠じゃなくて、S2のやつ降りて来ねえかな・・・ん?」
「ああああ、あと15分・・・!」
可憐は焦っていた。皆も焦っていた。いよいよリミットは目前である。
「可憐、携帯鳴ってない?」
「え?私っ?・・・あ、本当だっ!・・・紫希ちゃんっ?ああでも、取ってる暇が、」
「別にええと思うで。」
「今更お前が電話使わなくたって、何も変わんねえだろ?」
「そ、そうっ?ええとじゃあ、ちょっとだけ・・・もしもし?」
『ああ、もしもし可憐ちゃんですか?』
「うんっ!あのね、今ー--」
『あの、今芥川君を運んでいるんですけれど。どこに連れて行けば良いでしょうか?』
「・・・・え?」
『コートがそろそろ見えてくるんですけれど、観客席で良いですか?それともー-』
「ベンチ!ベンチ!ベンチ!ベンチ!出場するのっ!うちのS3なのっ!ベンチにお願いしますっ!」
可憐の大声に、全員がそっちを向いた。
「おい!見つかったのか!」
「見つかったっ!紫希ちゃん達が見つけてくれたのっ!今もう、コートの近くまで来てくれてるってっ!」
「貸せ。おい、跡部だ。まずは礼を言うぜ、世話になるな。今はどこだ?もうコートが見えてるのか?・・・ああそうだ、迎えを寄越す。おい、手の空いてるやつら!」
「「「はい!」」」
「間一髪やな。」
「本当だぜ・・・」
一方、その騒ぎは立海にも聞こえていた。
「・・・今、紫希って言った?」
「ふふ。そうだね、皆が見つけてくれたみたいだ。」
「・・・・・・」
「何じゃ真田、微妙な顔ぜよ。」
「いや・・・これは、敵に塩を送る行為なのではないかとも思えてな。」
「まあ、とにかくこれで滞りなくS3ができるわけだ。どちらかというと、感謝すべき場面だろうな。」
しばらく見ていると、5分も経たない内にあっちのベンチに人が近づいてきた。
見慣れた面々。
ぴょんぴょん跳ねて可憐とハイタッチする紀伊梨。
棗の鞄を持つ千百合。
芥川をおんぶする棗。
携帯を持って跡部と頭を下げ合っている紫希。
「・・・・・・」
「心配せんでも、Sに突っ込む頃にはこっち側の観客席に来とるじゃろ。」
「別にそこは心配してねえよ。」
むしろ、違う所を気にしてる自分にちょっとびっくりしているのだ。
もう小さい子供じゃあるまいし、あっちにはあっちの事情があるのなんて当たり前なのに。
ああしていると、まるであっち側の味方みたいで。
そう思っていると、ようやく受け渡しが終わったのか、ビードロズはそそくさとベンチを離れる方向に動き始めた。
芥川を下ろして肩を回す棗に、鞄を投げつける千百合。何か余計なことを言ったのか、跡部に首根っこを掴まれている紀伊梨。
紫希は大人しく歩いていたが、一瞬だけこっちを向いて、手を小さく振った。
それを見て丸井は、早くこっちに来て欲しいと思った。