Festival of ocean:Captive 4 - 3/8




おおおおーっ!!

「・・・進んでるみたいだな。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

佐川の言葉に、鳴海も千百合も反応しない。

正確に言うと、千百合は反応しようにもできないのだ。
普段だったら多分、見えなくても見える方に行こうと立ち上がったりするだろう。

それをしないのは、気が進まないから。
もしも千百合が鳴海の立場だったら、立ち上がって見に行くとかされただけでも、とんでもなく不愉快かもしれない。
そう思うと、自分がそれをやる方に回れなかった。たとえして良いと言われていてもだ。

2-Dにしてテニス部マネージャー、鳴海千佳子。


彼女は、幸村精市を好きになってしまった。


好きだった、とはいえない。
今でも好きだから。

好きになった、とも言えない。
それでは済まないから。


幸村は、すでに愛し合い付き合っている恋人が居て。
そして部活は、恋愛禁止。
好きだと思ってはいけない条件が揃いすぎていた。

それでも黙っていることができたなら、見た目上普通の付き合いー--部員とマネージャーとしての関係は持ったままでいられただろう。

でも、それもできなかった。

鳴海の思いは、幸村を好きだという思いは、いつしか膨らんで膨らんで、そしてとうとう破裂した。
隠しておけなくなった。
隠したまま関わり続けるなんてできないと思った。

さりとて、じゃあどうするのか。

まさかそうそう都合よく、幸村が千百合と別れてこっちを向いてくれるわけでもあるまい。
最初から敗北しか見えていない恋に対して、鳴海は悩んで悩んで、ひとつの答えに行きついた。

それがこれ。

幸村にゲームをさせることで、千百合に対して必死になる姿を見ることで、鳴海は決定的な敗北を味わいたかった。

思いきり惨めな目に遭いたかった。
思い出したくもないくらい悲しい目に遭って、そして縁を切りたいと心から思えるようになりたかったのだ。

もちろん、こんなことしておいてただで済むなんて思ってない。
幸村には蛇蝎のごとく忌み嫌われるだろう。
部活にももう居られない。どちらにしろ幸村とずっと一緒に部活なんて耐えられない。

それで良い。
そうなるためには、これが一番最善だと鳴海は思っていた。

佐川は、保険である。
まかり間違っても、千百合に被害が及ばないようにする保険。
はっきり言って成り行きによっては、千百合に絶対手を出さない、と言い切れる保証が鳴海にはなかった。

羨ましくて。
どうしようもなく羨ましくて、羨ましくて、羨ましくて、喉から手が出るほど千百合になりたくて。

でも、それだけはやってはいけない。
千百合は何も悪くない。
そう思うだけの理性は残っていた。かろうじて。

「・・・・・・・・」

そんな鳴海を千百合は見つめていた。

この話を聞いたときも、今も思っていることがある。


そこに居る鳴海の姿は、奇跡的に回避できた自分の姿なのである。


千百合は確かに幸村と付き合っている。
形だけの恋人じゃない。ちゃんと大事にされていると思う。


でもそうなって当然とは、今までただの一度も思ったことがない。


幸村が自分と付き合っているのは、たまたまであると千百合は思っている。
たまたま幼馴染で、たまたま幸村の印象に残る存在であり、たまたま付き合いが上手くいって関係が固まっただけ。
もし幼馴染じゃなかったら、傍に居られる立場じゃなかったら、こうはならなかっただろうと思う。

というか、この世の中に「自分と幸村は恋人になれて当然」と言えるような人間がどれくらい居るのだろうか。普通の人相手でもそこまで言い切るのは難しいのに。

だから鳴海に向かって、勝ち誇ったような気持ちにとか千百合はなれない。
同情もできない。

ただ、恐怖と哀愁と不思議な感慨がそこに横たわっている。

鳴海の姿は、高い確率でああなっていただろう千百合自身の姿。
たとえ幸村が千百合に興味を示さなくても、多分自分は幸村を好きになっただろう。今はそう思っているから。

今回のことに手を貸したのだって、千百合は鳴海に手を貸したというより、自分を労わったみたいな心情の方が強い。
口にするにはあまりに残酷とわかっているから言わないが、鳴海の気持ちは千百合はわかるつもりである。

鳴海と違って失恋経験はない。
でも同時に、鳴海と違って付き合った経験はある。

だから、これを全部取り上げられると思うと千百合はしんどくて仕方ない。
手に入っているからこそ、なまじ元々持たない者よりも、その希少度合いはわかるつもり。

「・・・・お。あそこもクリアしたか。」
「・・・・本当に早いですね。」
「・・・・・嫌か。」
「嫌ですよ、そりゃあ。あんなに必死になれるなんて、やっぱり恋人は違うってー---」


「そんなことない。」


「「え?」」

鳴海と佐川は同時に千百合を振り返った。

この2人はわかってない。

「精市は、誰が相手でもああやって助けに来ます。私じゃなくても。そういう性格してるから。」

むしろ千百合は、こういう風に幸村から助けられる度に、別に良いのにとさえ思う。
助かるのは本当だ。
嬉しいのも本当。

でも。

(・・・別に良いのに。)

幸村の想い。
その根源にあるのは、恐怖感と義務感である。
千百合はそう思っている。