Festival of ocean:Captive 4 - 6/8


「速い・・・マジか彼奴・・・・」

(・・・当然だよね。)

目を見張る佐川の隣で、鳴海はちょっと目を伏せた。

本気の幸村ならできる。
鳴海はそう踏んでいた。

お遊びなら失敗することもあるかもしれないが、今回は絶対失敗しないだろう。
かかっているのは千百合なんだから。

「・・・・・・!」

もう枯れはてたと思った涙が、一粒零れ落ちた。

千百合は、誰が相手でも幸村はああすると言った。
それはそうかもしれない。

でも、誰が相手でもあれができるだろうか。

本人が必死になる気があることと、実際必死になれることとは違うのだ。
千百合がかかっているからあそこまでできる。そうではないとなぜ言えるのか。

もう大分近づいてきている幸村は、今まで鳴海が見た事がなかった顔をしていた。

真剣な顔。
テニスだって真剣だけど、やっぱり真剣さの種類が違うのだ。

あんな焦ってる幸村初めて見る。
さっき手の平を服で拭いたのを見た時、鳴海は心底びっくりした。

部活と違ってタオルも何もないんだからしょうがないと言えばそれまでだが、育ちの良い幸村があんな行儀の悪いことするのを鳴海は初めて見たし、こんなことしなかったら一生見なかっただろうと思った。

「・・・黒崎さんは。」
「はい?」
「・・・マネージャーを羨んだことはないの?」

鳴海はずっと、マネージャーであることに優越感を覚えていた。

千百合はマネージャーじゃない。
自分だけが知ってる顔があるはずだ。
それに対して、何か思った事はないのだろうか。

何か思って欲しかった。
何も思われない程取るに足らない立場だと思いたくなかった。
鳴海にとって、数少ない千百合を上回っていると思える部分だったから。仮に、他の全てで負けを感じていたとしてもだ。

(羨む・・・)

「・・・羨ましいと思った事はないです。」
「・・・・・そっか。」
「でも、マネージャーになるってどうなんだろうっていうのは、何度も考えました。」
「え?そうなの?」

聞いたのは佐川の方である。
千百合は頷いた。

何度も何度も考えた。
テニスって、一体何なのか。

それこそ、マネージャーどころかテニスプレイヤーになってみるということまで、千百合は考えてみたことがある。
でも、出る結論は常に同じであった。

「私、精市が好きです。」
「・・・・・」
「でも、テニスは好きじゃないです。」
「・・・はっきり言うな。」
「何度も考えましたけど、でもそうだから。私が好きなのは結局精市なのであって、精市とかテニス部の友達とかを抜きにして、テニスだけに興味を持つっていうの、できないんです。」

千百合が未だに、テニスのルールさえ判然としていない所はそこにある。
テニスそのものに対する興味が薄い。

でも。

「精市も別に、私にテニスを好きになって欲しいとか、思ってないと思います。」
「そう?」
「はい。」

幸村は、人の心が変え難いことを知っている。
他ならぬ自分がそうだから。
誰になんと言われようと、テニスに対する心情を偽ることなんてできないから。

だからこそ、周りにもテニスに対して正直であることが好ましいと思っている。

無理して好きなフリも、嫌いなフリもして欲しくない。
それこそ、幸村が千百合に対して望んでいることである。

「私だって精市に、無理してベースに熱心になって欲しいとか思ってません。」
「ああ・・・まあ。」
「でも、精市はベースしてる私を応援してくれます。」
「・・・・・」

「だから、良いんです。それで良いんです、私達。」

何もかもを相手に合わせなくていい。
ただ、そのままで居てくれればいい。

千百合は幸村の、そういう所が好きなのだ。

「・・・・・・・」
「そうなんだ・・・」

どこか呆然と言う佐川の隣で、鳴海は手すりを握りしめていた。

聞くんじゃなかった。
ちらりとでもマウントを取れるのではと思った自分が甘かった。心底後悔した。

それで良い、だって。

自分だってそんな風にありのままの姿を、幸村に見つめて欲しかった。
叶わない夢だと分かっていたつもりだったけど。
でもこうして、千百合の話を背に受けながら、風のように進んでくる幸村を見るのは予想以上に心に来た。

ああ。もう、ほら。

「・・・来る。」
「来る・・・え!?まさかもう来てるのか!?嘘だろ!」

「!」

千百合は思わず立った。
直後に立って良いのか?と思ったが、鳴海は千百合を見ていなかった。
だから千百合も、良いものとみなして柵に近づいた。




「はあ、はあ・・・」

幸村は最後の上り棒の所まで来ていた。

実際は、ここまで急がなくても良いのだ。まだ時間に余裕がある。
ただし、幸村から時計は見えない。残り時間がわからない。

万一にも時間切れになんてなれない。
その焦燥が、追い立てても追い立ててもまだ足りないくらい、幸村の足を追い立てるのだ。

棒に捕まる前に上をふいと見ると、見たくて仕方なかった顔が自分を見下ろしていた。

「千百合・・・」

多分この遠さでは、呟き声など向こうに聞こえていないだろう。
それでも良かった。

元気そうだった。
それがわかれば、十分だった。

「・・・ふふっ。」

(本当に不思議だな。)

さっきまであんなに焦ってたのに。
結構疲れてたし、疲労と焦燥で体中満ち満ちていたのに。

今は違う。
疲労など抜けたように感じる。
焦ってもいない。

ただただ、できるという気概と力だけが溢れている。

「・・・よし。」

幸村は上り始めた。