「行かなくて良かったのかい?」
「え?」
皆が1曲目のコピー曲、学園天国に湧いている中、幸村は不思議ととおる声で丸井に言った。
「どこへ?」
「舞台裏。何かは知らないけど、今回も何かするんだろう?春日が居ないし・・・丸井?」
「ん?」
「ふふっ。どうしたんだい、笑って。」
「いや、別に?」
気づいてないんだ。
幸村も、この後のサプライズを知らない。
絶対驚くぞと思うと、どうしても丸井はにやけてしまうのだが。
「話を戻すけど、激励とか。良いの?」
「ああ、良いよ。」
「そう?」
「うん。俺がそんなことしなくても、ちゃんとやるって。」
紫希ならできる。
あの子は、必ず成し遂げるだろう。
考えると不思議な話だが、紫希が敵に負ける様子はイメージできる。でも、敵前逃亡するイメージはできない。
紫希は逃げない。
いつもそうだった。
ひとりでも立ち向かえる女の子であることを、丸井はもう知っている。
声をかけないといけないのなら、かける。
でも、しなくて良いと思う。
自分が居なくても、紫希はちゃんと立ち向かう。
「渡してあるしな。」
「え?渡す?」
「あ、悪い悪い!独り言。」
ここまで会話した所で、紀伊梨が再度マイクに手をかけたので、2人は黙った。
『みんなー!盛り上がってるー!?』
いぇーい!の声が観客席から湧いて、紀伊梨は大層満足そうににんまり笑った。
『じゃあ、あと1曲やる前に、メンバーの紹介軽くするかんねっ!あー!誰ですか今もう知ってるとか言ったのは!紀伊梨ちゃんも知ってるけどー、こーいうのは何度もやるの!
えー、ごほん!ギターボーカルの、紀伊梨ちゃんでーすっ!』
わああっ!と歓声と拍手が起こる。
満面の笑みでギターを軽くつま弾いて見せる紀伊梨は、楽しくて仕方ない。
『次!ベーシストの、千百合っちでーす!』
わあっ!という歓声に紛れて、大丈夫ー?の声がちょくちょく聞こえてきた。
さっきのに対する心配だろう。
普通に心配してくれた人も居るんだな、なんて思ってちょっと弾いて見せると、また声が上がった。
「珍しいw」
「ほっとけ。」
『それからー、ドラマーのなっちーん!』
「あ、はーい!」
ダン!ダン!と軽快に叩くと、歓声に混じって
一発芸やってくれー、なんて声が聞こえて笑ってしまう。できるけどさ。
『ありがとー!んじゃあ、次の曲ー・・・の前に!今回は!皆にサプライズがあるよー!さっきからここにあるのは、何でしょーかっ!んふふふ~!』
べらぼうに楽しそうで、千百合もちょっと笑ってしまった。
よっぽど嬉しいのだろう。
まあ、出てくる本人はそんな心理状態じゃないだろうけど。
『じゃあ行くよ!これ取るよ!見ててね、せーのお・・・よいしょー!』
紀伊梨が舞台上にあった何かにかかっていた布を取ると、ぴかぴかのキーボードがお目見えした。
わあっとまた声が上がる。
『ね!ね!すごいっしょ!すごいっしょ!なんと今日は!キーボーディストが居るんだよ!さあ!どうぞ、どうぞ、入って入ってー!一緒にやろー!』
ごく、と生唾を飲んで、はああ、と息をひとつ。
(う・・・・)
怖い。
帰りたい。
怖い。
行け。
「・・・・・・」
舞台袖のカーテンを引いて、ステージに出る。
「・・・・・・!」
人だ。
すごく沢山の人。
足が止まりそう。
どうしよう。
どうしたらいい。
今自分はちゃんと歩いているのか?
右足と左足、出てるのはどっち?
手は?顔は?目線は?
何からすれば良いんだっけ?
ああ、何度もリハーサルしたはずなのに。
だめだ。
考えられないー---
『紫希ぴょーん!』
「ひゃああっ!?」
紀伊梨がギターを下げたまま、マイクを持ったままで突っ込んできた。
「紀伊梨ちゃー--」
『皆ー!紹介しまーす!うちの作詞家兼キーボーディストの、紫希ぴょんでーす!よろしくねー!』
わあ!という歓声に混じって、ちょくちょく声が聞こえる。
できるの?
なんで急に・・・
春日さんって人前苦手じゃなかった?
(あ、ああう・・・・)
言われてる。
やっぱりそう思われてるか。
まあ自分でもそう思うから、人がそう思っても無理もないだろう。
『じゃあ紫希ぴょん、コメントどうぞ!』
「いやお前w」
「流石に無理じゃ・・・紫希?」
紫希はマイクを紀伊梨から受け取った。
ちょっと手が震える。
それを、ぎゅっとマイクを握ることで誤魔化す。
『あ・・・あ・・・・あの・・・』
マイクを通すと、自分の情けない声が大音量で響き渡って、なおさら情けない。
でも言わなくちゃ。
これは自分の恥だ。
ビードロズの恥にはさせない。
『・・・・今日は、その・・・・私の事情で、無理を言って、参加させてもらいました・・・』
「えー、むぐ!」
「良いから、ちょっと黙ってな。」
『だから、その・・・演奏は、まだ上手とは言えないんですけど、でも・・・精一杯、がん・・・』
紫希は言葉を切った。
(・・・頑張る?)
違う。
頑張っちゃだめだ。
そうじゃない。
(落ち着いて・・・落ち着いて・・・)
そうじゃない。
自分がやらないといけないことは、頑張ることじゃなくて。
『・・・・精一杯、楽しんで、やらせていただきます、お願い、します・・・!』
幸村はマイクでコメントする紫希を、これ以上無理と言うくらい目を見開いて見ていた。
「ほう。何を考えているのかと思えば、こういった・・・幸村、どうした?」
「え?ああ、ごめん。ちょっと、その・・・親友の事ながら信じられなくて。皆知ってるとは思うけど、春日は本当に人前が苦手なんだ。特にこんな、不特定多数の前なんかは。」
それなのに、出てきてコメントして演奏だなんて。
しかも、楽しむだなんて。
「・・・・・・」
自分の横に居る、彼の影響かなあ。
なんて思って幸村が左隣を向くと、丸井は嬉しそうな笑顔でステージを見ていた。
そして表情通り、丸井は満足だった。
皆びっくりしてる。
そしてこれから、もっともっとびっくりするだろう。
『よーし!そんじゃ行くよー、1、2、3・・・4!』