「ええと・・・・」
紫希は鞄を探していた。
(・・・あ!あったこれです、ええと?)
何が書いてあるんだろう。
ちょっとドキドキしながら手紙を開くとそこには。
「・・・え?」
『春日へ
読んだら、余分なペンを1本ポケットとかに入れて、持っとくこと。
それから、クリップを俺に返しに来ること。シクヨロ!
丸井ブン太』
「・・・・????」
よくわからない。
意図がさっぱりつかめない。
幸いにして指示は実に具体的だから、やることはわかるけど。
「ええと、余分なペン・・・クリップはあります。よし・・・・」
多分この場に紀伊梨とか千百合とかが居たら、何これふざけてるのかと言っただろう。
お疲れとかそういうの無いのかよとか。
何か一言くらい、嬉しくなる言葉があっても良いじゃんとか。
でも、紫希はそんなこと思わない。
というか、思う必要がないと感じている。
(何なんでしょう?)
言われてる事の意味は分からない。
分からないけど。
でも、きっと楽しいことがある。
今までずっとそうだったから。
紫希は、丸井を信じていた。
信じようと頑張らなくても信じられる程度には、信じていた。
丸井は、教室で片付けをしているらしかった。
ゆっくり来て良いと言われたが、紫希は寄り道しないでまっすぐ教室に来た。
のだが。
(ええと、B組はここで・・・)
「あ。丸井、く・・・・」
居た。
居たけど。
(ど、どうしましょう・・・・)
見るからに取り込み中である。
片付けが忙しいというより、片付けしながらではあるけど、すごい周りと話が盛り上がっている。
どうしよう。
待つか。
いや、待った所で解決になる保証は無い。
それに。
(・・・・ちょっとだけ・・・1分、いえ、30秒・・・・)
30秒で良い。
丸井に会いたかった。
顔を遠くから見るんじゃなくて、顔を合わせてお疲れ、頑張ったなと言って欲しい。
見てくれてありがとうと言いたい。
本当はもっといろいろありがとうを言いたいけど、そこまでは望まない。
丸井は丸井で忙しいのを知っている。これはわがままなのだと紫希は自覚してる。
でも30秒だけ。
それだけでいい。
今日は許して欲しい。
だから、その辺のクラスの人を捕まえて、返しといてくれと言うこともしようと思えばできる。
できるけど、やらない。
「あ・・・あの!」
「ん?あ!キーボードの人!」
紫希は、ちょっと肩をびくつかせた。
キーボードの人、だって。そんな風に言われる日が来るなんて。
「誰?丸井は居るけど五十嵐居ないよ。」
「あ、あの・・・丸井君に用事があるので、ちょっとその・・・30秒くらい、中に入っても・・・」
「え、良いけど別にもっと居たら?」
「い、いえ、お邪魔なので・・・」
「えーそう?まあ良いや、とりあえずどうぞ。ちょっと散らかってるけど。」
「い、いえ!お邪魔します・・・」
そろりそろりとクラスに入った紫希は、きわめて静かにゆっくり近づいていった。
通してくれた彼は、もうちょっと自分が来たよアピールした方が早いのに、と思った。
「あ、あの・・・すいません、ちょっと良いですか・・・」
その音量でその距離は聞こえなくない?とたまたま紫希の周囲に居た人たちは思った。
まして丸井の周りは大勢話していて、余計聞こえにくいのに。
助け船を出すか、と何人か顔を見合わせた。
が、その必要はなかった。
逆に何故、と皆内心でちょっとびっくりしたが、まるで良く通る声で話しかけられたかのように、丸井はすぐに顔を上げて紫希を見つけた。
「春日!お疲れ!」
丸井は明るい笑顔でそう言った。
紫希は泣きそうになった。
今のは、労わりというより、挨拶の方の「お疲れ」だ。
それはわかってる。
わかってるけど、でも良い。
これで満足だ。
「丸井君、クリップを返しに来ました。」
「ん。」
「それからあの、ステージの方、見てくれて本当にありー--」
クリップを差し出した手は、丸井に優しく取られた。
そしてゆっくり握らされると、紫希の手の中に入ってしまった。
「・・・・え?」
「もうちょいで終わるから、そこで待っててくんねえ?何か用事とかある?」
「あ、いえ・・・それは大丈夫ですけど、」
「OK!じゃああと15分くらい、座っててくれよ。」
「えー、15分で終わるー?」
「サボるなよ、丸井ー。」
「大丈夫大丈夫、終わらなかったら押し付けっから。」
「お前な!」
「ははは!・・・ん?」
紫希に軽く背中を突かれて振り向く。
「どうした?」
「あの。私、急がないので・・・」
「ん?うん。」
「どれだけかかっても良いです。ずっと待ってます。お時間割いてもらえるだけで嬉しいですから、待っていて良いって言ってもらえるなら、いつまででも待ちます。」
紫希は嬉しかった。
待ってろと言われたことが嬉しかった。
終わったら時間を取ってくれる。少なくともそのつもりが丸井にあるだけで、セルフで30秒縛りを想定していた紫希には、もう十分すぎることだった。
だから、良いのだ。
たとえこれから2時間3時間待つことになったとしても、良いと思える。
「ですから、ゆっくりやってください。」
「その顔でそれ言うの矛盾してねえ?」
「え?」
「そういう顔されたら、余計早く切り上げねえとだろい。」
また出たぞほら、と丸井は思った。
時間割いてもらえて嬉しいだって。
つまり紫希は、さっきまで時間割いてもらえなくてもしょうがないと思ってたのだ。そして、それが覆って喜んでる。
いい加減わかって欲しい。
時間割きたいと思ってるのはこっちも同じなのだ。
待てるだけで嬉しいと紫希は笑ってるけど、丸井は笑ってる顔が可愛いと思うから余計に早く切り上げたい。こんなときに30分も1時間も待たせたくない。
「10分で終わりにすっから。」
「え!で、でも無理じゃ・・・」
「やってみねえとわかんねえだろい?」
「丸井ー。」
「え?何?」
「代わってやっても良いけど。」
「え、マジで!?」
「ただし代わりに、ロッカー上にあるやつ頂戴。」
「は!?」
どよ、とクラス中がざわめいた。
ロッカー上にあるやつ、というのは、今日B組がやった喫茶店の余りお菓子である。
じゃんけんの結果、丸井は1人で全体の5割を分捕ることに成功していた。
していたのだが、それを譲れと言ってるのだ。
なんてやつ。
えげつない。
いや、断るでしょ普通に。
クラスメイトが好き放題呟く。
話を持ちかけた男子も、まさか本気で譲られるとは思っていない。
駄目元で言ってみただけだ。
少なくとも値切りは入るだろう。
と、思ったのだが。
「わかった。」
「「「「「えええええ!?」」」」」
教室中がどよめいた。
まさか通るなんて。値切りもなしに。
「その代わり、今すぐ代われよい?粗方終わってから、とかなしだからな?」
「あ、ああ、うん・・・」
「ま、丸井君!よくわからないですけど、私待ちますから、」
「良いの!それより、せっかく片付けなくなったし行こうぜ?」
「いえでも「じゃあな!後シクヨロ!」
言うが早いか、丸井は紫希の背を押すようにして教室から出て行った。
「・・・マジか。本当に良いのか。マジか・・・」
「すげー・・・丸井が食い物譲ってるところ初めて見た。」
「そんな急いでたんだねー。」
やや天然の気がある女子生徒の言葉に、クラスに居た生徒達は皆顔を見合わせた。
いやあれは。
急いでるとかじゃなくて。