Festival of ocean:Achievement - 7/9


「・・・・・・・・」

千百合はグラウンド片隅のところで、適当な縁石に腰かけ幸村を待っていた。

一条郁に用事がある。
少し待っていて欲しい。

と言われて待機しているが、気になってしょうがない。
安穏と待つ気になれない。

いや、浮気の線は疑ってない。
それは疑ってないけれど、幸村が一条に用事と言うのが想像がつかない。

(もしかして、私が黙ってるからって、今日のこと一条郁に聞きに言ったかな・・・・いや、それはないか。流石に、私に聞くか。一条郁を当たるんなら、その前に少なくとも一回は聞いてくるはず。)

というか、千百合的にはなぜあんな場所に郁が居たのかもまあまあ気になっている。
本人が言わなかったから放っておいたけど、もしかして関係があるんだろうか。

なんて、下を向きながら考えていると、視界が陰って聞き慣れた声が降ってきた。

「黒崎?」
「・・・・ああ、お疲れ。」
「こちらの台詞だ。お疲れ様。」
「ああ、良い演奏だった。」

居たのは、真田と柳だった。
こういう光景を見ると、やはり三強3人はテニス云々抜きにしても気が合うのだろうなとつくづく思う。

「幸村はどうした?」
「ああ、ちょっと今。一条郁に用事あるとかって。」
「・・・・・・・・」
「そうか。俺は何も聞いとらんが、幸村がそう言うのなら、部活に関する用事やも・・・柳?」
「ああ、いや。気にしないでくれ。」
「聞いたら駄目なの。」

柳のことだから、今の沈黙が思考ゆえなのは千百合にももうわかる。
幸村と郁の間にどんな用事があるのか、考えを巡らせているのだ。そして柳に限って、見当もつかないなどということはあり得ない。

「本当に、気にしないでくれ。推測の域を出ない上に、確率も低いんだ。」
「良いよそれでも。」
「・・・・・・・」
「・・・何か言いにくいことでもあるのか?」
「言いにくさという点では、起こりうるあらゆるトラブルの中でもトップレベルだ。・・・まあ、お前達しか居ないのなら良いだろう。」

真田も千百合も、そして自分も、幸村に近すぎる。
幸村が考えていることなら、いずれ自分達にも伝わるだろう。

柳はスマートフォンを取り出した。

「誰に聞かれているかわからないからな。打ち込むから、読んでくれ。」
「ん。」
「わかった。」

しかし、そこまで気を使うようなことなのか。
と思っていたが、柳のスマホに『一条郁はいじめに遭っている可能性がある』と出てきたとき、千百合は流石に目を見開いた。

「・・・なんだと!?」
「落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない。さっきも言ったが、あくまで低い確率の推測だ。とはいえ、他の推測に比べたら、これが一番高確率であることも確かだが・・・・」
「・・・精市はこれの話をしてるってこと?」
「ああ。それから、おそらく丸井も知っているな。」
「「丸井?」」
「演奏の後、丸井は一条を俺に預けて幸村と話をすると言って外したんだ。2人とも一条を気遣っていたし、どうもひとりにならないよう気をつけているようだった。推測するに、まず丸井が何らかの経緯でこれを知った。そして、そこから幸村に話が回ったわけだ。」
「なるほど。幸村は確かに、相談役としてはー--」
「相談役としては適切だとお前は言う。それは俺も賛同するがそれ以上に、原因についてテニス部が絡んでいるんじゃないかと俺は考えている。」
「テニス部だと?」
「だから俺はこの場で話しているんだ。もしそうなら、どの道お前達2人には必ず伝わるだろう。まあ・・・あまり、ぺらぺらと不特定多数に話せる話じゃない。」
「なぜだ?」

真田の問いに、千百合は面倒なので柳に任せようと思った。案の定柳は苦笑している。
真田の性格上、「悪いことをしていないのに何故隠す?」という発想にどうしてもなってしまう。フルオープンにした方が、敵が分かりやすくなってむしろ良い、まで思ってそうである。

それが良い方向に働く時もあるが、まあ今は少なくとも違う。

「とにかく、2人とも落ち着いて参考程度に聞いてくれ。本当のところはわからない。少なくとも、幸村の口からはっきりそうと言われるまではー--」

「俺がどうしたって?」

穏やかながら良く通る声に振り返ると、幸村が立っていた。
ひとり。

「一条郁は?」
「ああ、彼女なら林さんと一緒だよ。それで、一体何をー--」

言いかけて、幸村は言葉を切った。
柳のスマホ画面が視界に入ったからだ。

思わずという風に浮かんだ幸村の苦笑に、3人は柳の推測が当たりだったことを感じた。この場合、当たったからと言って喜べないけど。

「どうなの実際。」
「・・・・まあ、うん。そうだね、ご明察だよ。」
「本当か!」
「ああ。でも、個人的な問題と言うより部の問題だから、明日皆で話し合おう。もちろん、全員に知らせてミーティングはできないけど、関係者だけでも集めてね。」
「今日はどうする。」
「今日は、林さんと部長がずっと付き添ってくれるよ。誰だか知らないけれど、流石に最上級生の男子が居るから、手は出してこないと思う。」

なぜ部長がという成り行きを幸村はわざわざ言わなかったが、3人ともそこは別に良いやとも思った。この場合何故よりも、とにかく佐川が側についていてくれるという確約があるかどうかの方が大事だ。

「では話をまとめると、ひとまず今日は急場をしのぐことを考える。本格的な話は明日詰めるということだな。」
「うん。」
「わかった。ではそのようにしよう。行くか、柳。」
「ああ。」

ややあっさりめに話を切り上げるのは、真田の優しさでもある。
事情を良く知らない真田は、とりあえず引き離されていたことは事実なんだから、なるべく2人にしてやろうと思っているのだ。
ちょっと自然さに欠けるのはまあ、ご愛嬌というやつ。

「俺達も行こうか。ごめんね、待たせて。」
「それは別に。今日は私のがひどいことしたし。」
「ひどいこと?」
「あの・・・走らせたじゃん。」

あくまで幸村を優先して考えるのなら、協力しなければそれで済んだのだ。
今回は完全に、千百合がめずらしく同情心にかられたことが決定打になっている。

「あはは、別に良いのに。結果的には間に合ったし、千百合も何ともなさそうだし。それに、ちょっと面白かったよ。」
「うそだ、きつかったでしょ。」
「確かにきつくはあったけど。でも、なんだかあそこまで必死に体を動かしたのも久しぶりだなあ、って思って。なんだか今、少しすっきりしてるんだ。一仕事終えた感じ、っていうのかな?」

あんな偉業を達成しといて、そんな軽いノリで良いんだろうか。
と、千百合は思ったし多分大抵の人が同じことを思うだろう。

「・・・ごめん。もうしない。」
「え?どうして?」
「いや何か、必死にさせるのが申し訳ないというか。」

悪者だ囚われだお姫様だなんて鳴海は言ってたが、あんなの演出である。
演出。それっぽく見せかけているだけ。

仮に幸村が失敗しても、だからって千百合が酷い目に遭ったりするわけじゃない。
有体に言うと、幸村が成功するかどうかなんて、どうでも良かったのだ。
試し行為とはそういうもの。

もっとも幸村も、何かは知らないが何かを試されていることくらいは想像がついた。
わかっていて乗ったのだ。

いや。と言うより乗らざるを得なかったというか。

「良いよ、そんなことを思わなくたって。」
「良くないでしょ。」
「ふふっ!でも、気遣ってくれるだけ徒労に終わるだけだよ。俺は、千百合がかかっていれば必死になっちゃうんだから。」

たとえ失敗しても何もありませんよと保証されていてもだ。
もし万が一、億が一、と思ったら必死にならざるを得ない。

特大のダイヤモンドと似たようなものだ。
安全ですと言われても、丸腰のままそこにあるだけで心配。

傷ついたりしないか。
横から奪われたりしないか。

幸村にとっては、ダイヤなんて比にならないくらい傷つきやすくてかけがえのない人なのに。

「・・・・・・・」
「ああでも、今回みたいなことは、できれば俺に一言相談してくれると嬉しいかな。」
「・・・・ごめん。」
「ふふ。良いんだよ、できればで。相談できなくても、俺は千百合のことを放したりしないから。」

そう。
それは千百合もなんとなくわかっている。
感覚でわかっているからこそ、本当に一言も相談することなく手を貸してしまったのだ。

「・・・でもやっぱりもうしない。」
「どうして?」
「私だって精市が大事だもん。」
「・・・・ありがとう。」

千百合は世の中のいろんなことを、どうでも良いと思って生きている。

今回のことで、幸村を優先順位の一番上から外したらどうなるかよく分かった。

だからもうしない。
そう決めた。
幸村と同レベルに大事なものなんて、千百合には数えるくらいしかない。

千百合は今が気に入ってる。
幸村も今が気に入ってる。

だから守るためなら、多少の不自由くらいは何でもない。

そっと指を絡ませたら、お互いに同じ気持ちなのがなんとなく分かった気がした。