「あ。」
千百合と幸村が後夜祭中のグラウンドを歩いていると、ふいに声がかけられた。
誰だ、と一瞬思ったが。
「・・・あ。」
「君は確か・・・ええと間違っていたら失礼だけれど、確かツクヨミっていう、」
「あ、そうです。こんにちは。ツクヨミギタリストの、芹沢です。」
元だけど。
という部分は黙っておいた。
話の腰を折るだけ。
「何しに来たの?」
「あ、いや・・・春日さんから誘われて、演奏を見にね。」
「春日に?」
「へー。でも今日、氷帝1年社会見学でしょ。ボイコットしたわけ?」
「あ、いや。俺は氷帝じゃなくて、今日空いてたから。」
「はーん。」
「じゃあ、他のメンバーの人とは来れなかったのかい?」
「ああ、まあ。うん。」
残念だけど、というのも黙っておいた。
あんまり残念ではない。
あのメンバーで友達と言えるのなんて、芹沢にとっては沖野だけ。
「木崎千歳も来てないの。」
「ああ・・・うん。まあ、悪いけどどっちにしろ来なかったと思うよ・・・出不精だし。人と関わるの、好きじゃないから。」
それはまあ、千百合としても幸村としても容易に窺い知れる話だった。
(喧嘩売ったんなら終いまでやれよ。)
(まあまあ、千百合。せっかくちゃんとステージを終えられたんだから、また揉めるよりは良いさ。矢面に立つのは春日なんだし。)
(それはそうかもだけどさあ。)
『あー--!』
きいー・・・んと耳に痛い大音量が鼓膜をつんざいた。
案の定野外ステージに立っている紀伊梨に、千百合はしかめっ面で幸村は苦笑気味だ。
『そこの人ー!あのー、ツクヨミの!えーと、えーと、』
「芹沢君だよ、五十嵐。」
『あ、そーそー!せりくん!』
「こ、こんにちは・・・うう・・・」
「あはは。ごめんね、大丈夫かい?」
「あいつ普段から声バカでかいからね。」
「うん、良く分かった・・・・」
野外ステージは、グラウンドの中心にある。アリーナのように生徒達が周りを囲んでおり、その上にDJブースで古木がDJしてたり、紀伊梨が歌っていたりする。
つまり、上に陣取っているから下のことが良く見えるわけだ。
芹沢がギターを持っていることも。
『せりくん、上がっといでよー!一緒弾こー!』
「えええええ!?い、いやいや、俺立海じゃないし!」
「え、じゃあ何。そのギター飾り?」
「いや違う、あの、これは個人的にというか・・・ギターは好きで、いつも持ってるから・・・」
「ふふっ!別に、学校としては構わないと思うよ。今日は文化祭で、制服を着ていない人も多いから、目立たないと思うし。」
「いや、そういう問題でも・・・というか!俺はそれ以前に、誘ってくれた春日さんに一言お礼を言わないと、」
「ううん。」
幸村は苦笑した。
芹沢の申し出は、律儀で好感が持てる。
ただ反面、今紫希は丸井と居る可能性が高い。
わざわざここに、男子ひとり混ぜに行くのも可哀想な気がするが。
「あー、そういうこと。紫希呼ぼっか。」
「い、いや!わざわざ呼んでもらうほどのことじゃ!」
「千百合?」
「何よ。文句言わせないわよ、あいつはいつもやってるんだから。」
たまにはお前も焦りゃあ良いんだ、なんて思いながら千百合がスマホを取り出しかけたとき、また紀伊梨の声がした。
『あー!紫希ぴょーん!ブンブーン!』
なんてジャストなタイミングだろうか。
顔を上げたら、本当にそこに2人並んでいたので、これ幸いとばかりに千百合は大声をー--千百合にしてはすごく珍しい大声を張り上げた。
「紫希ー!芹沢が話したいって!」
楽しそうに話す2人。
その2人が千百合の声に振り向き、紫希は目を丸くする。
丸井は普通。
に、見えるが、一瞬目の中に「え。」と言いたげな色が過ったのが幸村にはわかった。
(丸井も可哀想だなあ。)
幸村的には、丸井はとてもとても頑張っているのだ。
それこそ、千百合からこんな扱いを受けるいわれはないのでは?と思う程度には。
「芹沢君!こんにちは、いらしてくれたんですか?」
「春日さん!ああうん・・・せっかく誘ってもらったし。ああただ、俺しか来てないんだけど・・・」
「いえ、そんなこと。わざわざお時間割いてくださってありがとうございます。」
「ううん!俺こそ良いステージを見せてもらってどうも。」
「誰?」
「覚えてないかい?ほら、フェスで。ツクヨミのギタリストだよ。」
「ああ!」
確かに、言われてみれば見た顔のような気もする。
ギター持ってるのも合点が行く。
「・・・・・・・」
「・・・何だよ?」
「つまんねえ顔してんなと思って。」
「はあ?お前なあ、いきなり人の顔見てつまんねえって何だよ?」
どうしてこう、表情が変わらないんだろうかこの男。
眉一つ動かすこともない。
くそ、と内心で舌打ちする千百合に、幸村は小さく笑った。
大体千百合が何考えてるか想像はつく。
同時に、丸井が何考えてるかも想像がつくようになってきた。
「せっかく来てくれてるんだし、どうかな丸井。」
「うん?」
「春日を芹沢君と2人にしてあげないかい?五十嵐は今オンステージだし、同じバンドマン同士つもる話もあるだろうし。」
千百合はちょっと目を見開いた。
まさか幸村からこんな提案が出るとは思わなかった。
が。
「・・・悪い、俺ちょっと春日に用事あるからさ。」
「え、何それ。」
「ペン貸してもらう約束してんの。」
「は!?」
「あははははは!」
幸村は思わず笑ってしまった。
理由として粗末なのは聞いたらわかる。
それよりも、粗末でも何でも理由を用意してるのが幸村は面白いのだ。
ほんの数秒あれば済むような用事を持ってきて、ずーっと一緒に居る理由にしようとしてる。
丸井のそういう所を、幸村は可愛らしいと思うのだ。
懐かしいというか。
かつて自分がやってたこととまるで一緒。同級生に対して失礼だから言わないが、まるで弟を見てるみたいな気分になってしまう。
「そう、じゃあ仕方ないね。」
「仕方ないわけ!?」
「ふふふっ!千百合、若者怒るな来た道だ、だよ?」
「こんな道来た事なくない?」
「俺はあるよ。」
「・・・・・・・」
「本当だよ?」
そう言っておかしそうに笑われると、千百合としてはもう何も言えない。
「来た道?」
「ああごめんね、こっちの話だから丸井は気にしないで。」
「そう?んじゃあ、俺あっちと一緒に居て良い?」
「うん。というより、芹沢君は上がってもらった方が良いかもしれないね。それこそ、せっかく来てもらったんだし。」
「上がる?」
『おーい!芹君まだー?』
すっかり一緒にやる気の紀伊梨が、早く早くと手で促してくる。
「ええええ・・・」
「ぜひどうぞ、芹沢君。来ていただいたんですから。」
「い、良いのかなあ俺知らないよ・・・?」
「大丈夫だよ。もし何かあっても、君のせいじゃないっていうのは俺達がちゃんと学校に言うから。」
「そうそ。それより、早くしないとあいつうるさいぜい?ただでさえ普段からうるさいのにー--」
『ねー!まだー!?早く早くー!』
「ええええ!しょ、しょうがないなあもう・・・」
「行ってら。」
「ふ、二人は行かないの?」
「今日はもうこれ以上弾きたくない。疲れた。」
「あ、そう・・・春日さんも?」
「え?ええっと・・・・は、はい・・・」
「そっか・・・まあ、あれだけのステージをこなしたんだししょうがない・・・あれ?五十嵐さんは?」
「五十嵐は、ああ見えてタフだからね。」
「体力ゴリラと一緒にしないで。」
「あ、あんな美少女に向かってゴリラって・・・」
『おー--い!はー-やー-くー---!』
「は、はーい!ああ、沖野に怒られそう・・・」
「沖野?」
「ああ、ツクヨミのベーシスト。何か紀伊梨のこと好きっぽい。」
「わあ。大変そうだね、沖野君とやら。」
「だよね、私もそう思う。」
多分、紀伊梨は沖野から告白されても、へー、ありがとー!で済んじゃうだろう。そこまで見越して「気の毒」と評する千百合と幸村のやや後方で、紫希は気づかわし気にステージに上がる芹沢に視線を送る。
「・・・・・・」
「行きたかった?」
「え?」
「ステージ。」
「ああ、ええと、違うんです。そうじゃなくて・・・むしろ、こっちがホスト側ですから、誘われたら行くのが筋だったかな、って思って・・・」
「ああ。まあでも、疲れてるのはしょうがねえだろい?」
「・・・・実を言うと、疲れてるっていう感じはあんまり・・・」
「え?」
「あの、芹沢君が悪いわけじゃないんですけど、その・・・今は、丸井君とお話していたい気分で・・・だから・・・・」
だから、疲れてるもんねと声をかけられると、はいそうですと言えないのだ。
いや、多分疲れてはいる。ただ、アドレナリン出まくりで疲労を感じないから、弾けと言われたら体力的にはいけそう。
でも、それより優先したいことがある。
今は丸井と一緒が良い。
単純に気分の問題でしかないから、わがままと言われれば何も言えないけど。
「・・・嬉しいこと言ってくれるじゃん?」
「そう?ですか・・・?」
「うん。すげえ嬉しい。」
どうしてなのか、紫希は聞かなかった。
なんとなく、聞く気分じゃなかったから、甘えることにした。
丸井はそれに救われた。
聞かれても多分、わからなかったから。