「桐生さんは、メンタルトレーニングのお勉強をしたいんだったね?」
「は、はいっ!」
移動しようと言われ、廊下を歩きながら、齋藤は軽い調子で問いかけてきた。
背は高いが、とりあえず怖い人ではなさそうで、可憐はホッとした。
「良ければ教えて欲しいんだけど、それはどうして?」
「どうして・・・・」
「うん。単純に興味があるだけっていうなら、それでも構わないよ。」
可憐は一瞬迷ったが、どうせ自分と齋藤しかいない、ということが口を開かせた。
「・・・自分でもどうかって思うんですけど、その・・・」
「うん?」
「・・・我ながら、最近メンタルが不安定でっ。だから、ちょっとでも自己コントロールができればなあ・・・みたいな・・・」
「へえ。なかなか良いねえ。」
「い、良いっ?ですかっ?」
「うん。君みたいな年頃の子はね、男女問わず、いろいろ考えてしまう時期だから、メンタルが不安定になりやすいんだよ。思春期ってやつだね。」
「はあ・・・」
「でも反面、その不安定を自覚してる人は少ないんだ。自分で調子が悪い、って分かっている分だけ、君は聡明だと思うよ。」
「そ、そうですかっ?」
隣をちょこちょこ歩く可憐を見下ろしつつ、齋藤は榊から言われていたことを、つらつら思い返していた。
可憐の調子があまりよろしくないことは、跡部を通じて榊も何となく勘付いていた。
他にも似たような生徒は居るが、せっかく本人がメントレを希望しているのだから、渡りに船と言わんばかりに、良ければ診てやって欲しいと言われていたのだが。
「・・・難しいよねえ、中学生って。」
「えっ?」
「だって、いろいろと考えることが多いじゃない?いや、大人もそうだけどね。中学生はまだ、いろんなことを考えながら生活するってことに慣れてないから。」
「はあ・・・・」
変な人だ。
可憐はそう思った。
悪い人でないのはわかるし、優しい人なのもわかる。
でも、どこか飄々としてつかみどころのないような感じもする。
神経が太そうというか。
優しそうではあるが、繊細そうには見えないというか。
(ちょっとだけ、立海の幸村君に似てるかも・・・)
「さあ、どうぞ。ついたよ、ここが僕に割り当てられてるー--いたっ!」
「せ、先生っ!」
「大丈夫、大丈夫。さっきと言い、恥ずかしい所を見られちゃったね。でも、よくあるから。」
「よ、よくある・・・」
自分も大概ドジだけど、齋藤ももしかしてまあまあなドジなのだろうか。
「気をつけてはいるんだけどね、これでも。どうしてもこう、屈むのを忘れちゃうっていうか。さあ、くつろいで。」
「わあ・・・・」
カウンセリングルームは、全然病院感のない部屋だった。
どこかの家のリビングのように、木製のテーブルと椅子と、ミニキッチンがあった。
それからベッドと、デスクと、PCとキャビネット。
「そこへどうぞ。お茶を入れるからね。」
「はい。」
「桐生さんは、アレルギーとかあるかな?お茶請けのお菓子があるけど、食べられないものはある?」
「あ、大丈夫ですっ!何でも食べられますっ!」
「そう、なら良かった。」
どうぞ、と慣れた手つきでお茶とお菓子を出され、可憐はおずおずと受け取った。
良いんだろうか。社会科見学に来てるとは思えないのだが。
何か、真面目に勉強しているであろう皆に悪い気がする・・・なんて思いつつ、紅茶をひとくちすすると、あたたかくてほっとした。
「そんなに怖がらなくても、妙なものは入ってないよ?」
「えっ!?そ、そういうことじゃなくてっ!ただその、あんまり勉強って感じがしなくてこう、ちょっと・・・」
「あはは!そんなことないさ。これも勉強、勉強。遠慮しないでどうぞ?うん。」
(どこが・・・?)
正直言って、これが勉強と言われてもぴんとこないわけだが。
「・・・あ、美味しいっ。」
「良かった、気に入ってくれた?」
「はいっ。」
「そのお菓子、滋賀に店舗があるんだよ。桐生さん、行った事がある?」
「滋賀はないですっ。というか、私あんまり旅行とかは・・・」
「あ、そうなの?しないんだね。」
「えへへ・・・犬を飼ってるんでっ。あんまりしょっちゅうは、ストレスになるしっ。」
「犬か、良いねえ。どんな犬?名前を聞いても良い?」
「ええと、ミニチュアダックスフントですっ!名前はショコラって言いますっ。」
「そう、可愛いね。僕も飼いたいと思ったことがあるんだけど、いかんせん多忙で。」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。だから、患者さんからペット写真とか見せてもらうのが、結構楽しみだったりするんだよね。」
「あ!じゃあ、うちのショコラもどうぞっ!」
「見て良いの?どうもありがとう、嬉しいよ。」
本題とまるで関係のない話。
雑談。
これをアイスブレイクという。
精神科としての勉強は確かに始まっているのだが、可憐がそれを知るのは、もっと後の話であった。