Mental care 1 - 6/6


そんなことに一切気づかず、実に30分ほども、可憐と齋藤は和やかに話を続けた。
齋藤が、ちらり・・・と時計を見たことに、可憐は気づかなかった。

「それで、そのとき瑠璃が教えてくれたんですっ。」
「そう。良かったね。桐生さんは、お友達が多いんだね。」
「え?でも多いって程じゃ、」
「そう?僕には多く見えるよ。」
「そ、そうですか?それなら・・・」

えへへ、なんて無邪気に笑う可憐は、大分緊張の糸がほぐれてきたことが見て取れる。

その反面、齋藤は別のことを考えていた。

(大体の話題は出したんだけど、顔色が変わらないなあ。)

家庭。
成績。
友達。
部活。
学校。

さまざまな話をしたが、可憐は至って普通である。
あと出してない話題というと、大分絞られるが。

「・・・部活のこともあるのかもしれないけれど、桐生さんは男の子の友達も多いね。」
「えっ?そうですか?でも確かに、部活を始めてから増えたかもっ。」
「だろうね。どうだい?かっこいい男の子とか、部活に居る?」

ぴたり。
と動きが止まった可憐は、あからさまに何かありますと言ってるようなもの。

齋藤はそれよりも、可憐に隠すような態度が見えないことが目立った。

「・・・・実は。」
「うん。」
「・・・メントレの勉強をしたいな、って思ったのは、それが原因で・・・・」
「・・・恋の悩みで、メンタルが安定しないことが気がかり、っていうことなのかな?」
「はい・・・・」

可憐はちょっと赤くなって俯いた。
普通に話題が恥ずかしいというのもあるが、あくまで社会見学の場なのに、恋愛の話題とか遊びに来てるようで、ちょっと気おくれを感じたのだ。

だが、齋藤は茶化すでも笑うでもなく、ただ微笑んで話を続けた。

「具体的にどんなことが気になるのか、もう少し詳しく話せる?」
「具体的に?」
「たとえば、告白の勇気が出ないとか。相手の気持ちが知りたくて、気になって仕方がないとか、親しい関係じゃないから、もっと近づきたいとか。」

(そっか、そういうのもあるんだ・・・)

恋と言ってもいろいろなんだなあ、なんて可憐はちょっとしみじみした。

「どう?桐生さんの場合は。」
「・・・・好きな人が、居るんですけど・・・」
「うん。」
「・・・その人は、別の人が好きで・・・・」

おや、と齋藤が小さく言ったのが聞こえて、可憐はなぜか泣きそうになった。

「・・・なるほどね。それで、どうしたら良いかわからなくなったんだね。」
「・・・・ごめんなさい。」
「うん?」
「・・・本当はわかってるんです・・・諦めないといけないんだ、って・・・まだ付き合ってないけど、二人は両想いなんだし・・・!」

こんな所で泣いちゃいけない。
そうわかりつつ、ぽろ、と涙が零れてしまう。

齋藤は驚くでも呆れるでもなく、苦笑して小さく息を吐いた。

「・・・僕ねえ、桐生さん。」
「はい・・・」
「実は、この病院の医師じゃないんだ。」
「・・・え?」
「正確に言うと、非常勤っていうのかな?毎週土曜日だけなんだよねえ、ここに来るの。」
「・・・???そう、なんですか・・・?」
「うん。それでね?普段何してるのかって言うと、スポーツのね。高校生でプロ志望の子達が集まる団体の中で、メンタルコーチをやってます。」
「へええ・・・すごいですねっ!」

何の、とは言わない。
今その話をするときじゃない。

「長々と話しちゃってごめんね?何が言いたいかっていうと、僕は普段から結構、この間まで中学生だったような子とか・・・まあ、大人より年下の子達を相手にしてるわけなんだけど。」
「?はい。」
「桐生さんを含めてだけれど、今の子供たちはちょっと大人過ぎるね。」

可憐は涙のすっかり止まった眼をぱちくりさせた。

「・・・大人っ?私、どっちかっていうと子供っぽいような、」
「子供って言うのはね?桐生さん。」
「はい・・・」

「正しさなんかじゃ動かないんだよ。」

可憐は見開いていた目を、さらに大きく見開いた。

「好きな人に好きな人が居て、あっちはおそらく両想い。自分は失恋する。」
「・・・・・・」
「それがわかってるのなら、諦めるべき。邪魔をしないべき。異性なんて星の数ほどいるし、何かのきっかけで付き合えたとしても別れるかもしれないし。なんて、諦めた方が良い理由なんて、この世にごまんとあるでしょ?うん。」
「はい・・・・」
「それって、正しいよね?僕も正しいと思うよ。でも、桐生さん自身はどうなのかな?」
「・・・・・」
「諦めて、他の人を好きになりたい?邪魔をしたくない?星の数ほどいる、他の男の子のことだけ考えていたい?」
「・・・・・」
「本当は、そうじゃないでしょ?だから桐生さんは悩んでいるんだよ。その子が好きだから。好きでいたいから、苦しい気持ちを抱えているんだ。そんな人に対して、正論なんて何も役に立たないよ。」
「・・・でも、それって私の都合じゃ、」

「私の都合で良いんじゃない?」

「え・・・・」
「恋愛なんて、突き詰めるとみーんな、「私の都合」だよ?逆に僕は、そうあるべきと思うかな。人の都合に合わせた高尚な恋愛なんて、恋愛の形としては不健全極まりない。どんなに周りから褒められたものだとしてもね。」

考えてもみなかった話に、可憐は束の間悲しみや恥ずかしさを忘れて、ぽかーんと齋藤を見上げた。

まさか、こんな風に肯定してもらえるなんて。
好きでいて良いと思う、というようなことはビードロズにも言われたことがあるけど。

「で、でもっ!でも、でも・・・こう、上手く言えないですけどっ!それっていけないことじゃ、」
「もちろん、彼女が居る人に対して、2人きりでお酒だとか食事だとか一緒の部屋で寝泊りだとか、そういったことは非常識だよ。」
「ほらー--」
「でもね、桐生さん。それは、『大人のマナー』。」
「・・・へ?」
「君達は、まだ子供でしょ?」

そりゃあ。
大人だとは決して言えない年齢ではあるけど。

「ちょっとあけすけな言い方になっちゃうけど、大人の恋愛っていうのは、性的な欲求を含めていろいろな要素があるんだよ。建前とか打算とかね。でも一方で、僕らは大人だから。社会人だから、社会に反することは、常識としてやっちゃいけない。」
「はい。」
「でも、桐生さん達はまだ子供だ。心も体も大人になってないし、守らないといけない立場も肩書も無い。まあ一部ある子も居るんだろうけど、大人になってから十分巻き返せるから、そんなに大事なものでもないよ。となると、何が残るかな?」
「何が・・・」

「ただ、相手が好きだって言う気持ちなんだよ。桐生さん。」

齋藤の顔は、どこまでも優しかった。
教師のようでもあり、親のようでもあった。

「たとえ相手に好きな人が居たとしても。その人の顔が見たい。声が聞きたい。仲良くしたい。手を繋げると嬉しい。そう思うだろう?」
「はい・・・・」
「それで当然なんだよ。まだ中学1年生なんだ。たくさんわがままを思えば良いし、正論を使って心の蓋に糊付けすることもないでしょ?」
「・・・・・・」
「人を思いやって、人の迷惑を考えるのは立派なことだと思うよ。でもそれを、自分を思いやらない理由にしちゃいけないなって、僕は思うんだ。」

齋藤は今。
ある意味ではひどいことを言ってるのである。

今の状況で可憐の気持ちに対し、持っておいても良いんだよと言うのが、果たして可憐を救うのかどうか。それは、人によって意見の割れる所であろう。

でも齋藤の穏やかな表情は、とても賛否別れる意見を披露している人間のようには見えないのだった。

「・・・・・・・」
「・・・さて。ここまで話が来たところで。」
「え?」
「お昼からは、具体的にどうするかの話をしようか!精神論ばかり語ってても、どうしようもないしね。」
「え?え?」
「心と体は表裏一体だよ、桐生さん?」

齋藤はにっこり笑って言った。

「どちらかを整えたら、次はもう一方を整えないと。上手くやっていくためにはね。」