「ふう・・・」
可憐は緊張を押し殺して息を吐いた。
大丈夫だ。
大丈夫。
ちょっと前を通るだけ。
(・・・よしっ!)
行こう。
可憐は廊下へと進みだした。
病室が近づく。そろそろ入口が見える。
藤居は進行方向に対し、前方に見えるはずなので、通るだけでも正面の姿を目撃される。しかし、そこで動揺してはいけない。
しれっと歩いていかなければいけない。
しれっと。
しれっと。
(しれっと・・・・あっ!)
思わず。
という他無い。
大丈夫かな。起きてるかな。
ついそれが気になって、目をやって。
そして目が合ってしまった瞬間、慣れ親しんだ転倒の感覚が可憐を襲った。
ドテッ!
「きゃうっ!」
体に衝撃を受けつつも、可憐の内心では「やってしまった」という気持ちが高速で渦巻いていた。
忘れてた。自分はドジなのだ。
(ざ、座敷童が転ぶはずなんてないのに・・・!)
ああもうバレた、もう絶対絶対バレた、と思うと泣きそうになって、泣きそうになりながら座った姿勢になる頃には、もう忍足と浜田医師も可憐に駆け寄ってきていた。
もうだめだ。万事休す。
「うう・・・」
「可憐ちゃん、大丈夫?」
「先生、ちょうど良かった。そこに転んだ子供がね、」
「ああはい!大丈夫です、大丈夫!あはは・・・」
「・・・何かよく見たら変な恰好しているねえ。なんだいその全身赤いの。」
ぐ、と全員が一瞬詰まった。
話を聞いていた同じ病室の人まで詰まった。
「・・・あれ?もしかしてそこの眼鏡の兄ちゃん、座敷童を捕まえてくれって頼んでおいたー--」
「いやあの、」
「藤居さん。あのですね、これにはわけがありまして。」
「せ、先生・・・」
「いやもう、こうなるとしょうがないよ。言っちゃうしかない。あのですね藤居さん、この子らは、藤居さんのためにやってくれたんですよ。」
「は?」
「藤居さん、座敷童にあやかりたかったんでしょ?でも捕まえられないから、こうして座敷童っぽくしてね。」
「・・・・」
「嘘だ、騙したんだ、って思われてもしょうがないですけど、この子らなりに考えてくれたんですよ。本物じゃないけど、本物よりきっとずっと良い子たちです。責めないであげてください。」
可憐はもう立ち上がっていたが、気まずさで顔が上げられなかった。
「・・・あんた。」
「・・・可憐ちゃん。」
「へ?え、あ、わ、私っ。はい・・・」
「いくつなの。」
「いくつ・・・年っ?えっと、12ですっ。」
「12か・・・」
「・・・??」
怒ってはない。んだろうか。
なんとなくそんな気配がして、可憐はおずおずと顔を上げた。
「そっちの兄ちゃんも同じ年?」
「はい。」
「そ。」
「・・・あの、藤居さん。」
「何?」
「座敷童の件は・・・」
「ああ。あれもう良いわ。」
良い。というのは、この場合どういう「良い」なのだろうか。
もうどうでも良いとか言わないでよ、と内心どきどきする周囲を他所に、藤居老人はぽつぽつと続けた。
「私ね、孫が居るのよ。」
「はあ・・・」
「今年で7つ。」
「はい。」
「あと5年したら、そこの子達と同じ年になるわね。」
「そうですね・・・」
「座敷童は居ないみたいだけど、うちの孫も12になったら、こんな立派になるのかしら。って思ったら、楽しみになっちゃって。手術なんか怖がっていられないわね。」
「え・・・・じゃ、じゃあ!」
「日程はいつにする?早く決めちゃいましょ、思い立ったが吉日よ。」
わあっ!と病室が歓声に包まれた。