マジかよ。マジかよ。
そう内心で呟き続けてる間にも手を引かれ、ほどなく辿り着いたのは、何度か前まで来たことはあれど一度も足を踏み入れたことのない家。
春日家であった。
「来い。」
「え?ああ、はい・・・あの。」
「何だ。」
「春日さー--違う、紫希さんは?」
「今出てるが、すぐ帰ってくる。傘も持ってるから心配しなくて良い。お前のことは、俺が上げたと言っておく。風呂はあっちだ。」
「ありがとうございます。あ!そうだ着替え、」
「着替えは俺のを持ってくる。入っていろ。湯もすぐ溜める。」
「いや、シャワーで良いー--」
「駄目だ。アスリートは体を冷やすな。」
半ば強制的に脱衣所に放り込まれ、有無を言う前に目の前で扉が閉まった。
「・・・・そう?」
もはや誰も聞いちゃいない、「駄目だ」に返事をして、丸井は服を脱ぎ始めた。
脱ぎにくい。全身ずぶ濡れだ。
「お邪魔します・・・あー、あったけ!」
シャワーを捻ると、熱いお湯が出てきてほっとした。体が冷えていたんだと実感する。浴槽にもどぼどぼと音を立ててお湯が注がれていて、溜まりきってないけど、丸井はもう浸かってしまうことにした。どうせ8割近くはもう溜まってるんだし。
「はー・・・・」
手先足先がぴりぴりする。冷え切っていた反動で、血行が急激に良くなっている証拠だ。
(こりゃ、無理に家まで走って帰ったらアウトだったな。風呂貸してもらえてラッキーだったぜい。)
結果的に助かった。
最初はぎょっとしたけど。
まさか、紫希本人無しで紫希の家に上がることになろうとは思ってもみなかった。まして風呂を借りるなんて。
風呂を・・・・
「・・・・・・!」
気づいた瞬間、丸井は全身がじわじわ赤くなっていくのを感じた。
そうだ。この風呂を、いつも紫希が使ってるのだ。
ざぶん!
『待たせた、服を・・・?おい、どうした?大丈夫か?』
「ああ、大丈夫です!」
脱衣所から、紫希の兄孝浩の声がする。
言えない。
うっかり思春期なことを考えそうになって、意識を逸らすためにわざと沈んでみただけです、なんて。
(ああくそ、もうー---止めだ止め!考えんな!)
これ以上考えると本当に取り返しのつかない所まで思考がいきついてしまいそうで、丸井は意識を逸らすことにした。
そもそも、そのうち本人が帰ってくるのだ。いつまでも妙な考えを働かせてはいられない。
「・・・出かけてる、ねえ。」
どこ行ってるんだろう。
本屋とかかな。
帰ってきたら、自分が居てびっくりするかな。
するだろうな。自分でも逆の立場なら素でびっくりする。
びっくりした後は。
どんな顔するかな。
こういうとき友達同士なら、「あーあお前何やってんだよ」みたいに呆れられたり、「何だよその成り行き」って大笑いされたりしそうだけど。
紫希ならいつもみたいに笑って、いらっしゃいませ、って言ってくれるかな。
少なくとも、逆の立場なら自分は歓迎してしまう。
他のやつなら知らないけど、少なくとも紫希ならどうぞいらっしゃいって言うだろう。
先日、夏休みに弟に手を引かれて来た時もそうだった。
どんなに嬉しかったか。会えると思ってなかったから余計に。
「・・・へへ。」
会うのが楽しみ。
と思ったときだった。
『きゃー、嘘ー!』
『ちょっと!』
『声が大きい、』
『だって、楽しみなんだもーん!』
「ん?」
今、孝浩の声に交じって知らない女子の声が聞こえた。
客だろうか。
(春日って、姉ちゃん居たっけ?)
聞いた話じゃ、確か兄だけだったはずなんだけどなあ、と思いながら丸井は十分あたたまった体で浴槽から立ち上がった。