入浴を終えて着替えを借りて、リビングに行って丸井は目をまんまるにした。
「あ、来た!丸井くん!ほらほら、こっちおいでー!」
「はあ・・・」
「あはは。いらっしゃい、丸井くん。って、私が言うのも変かな。」
「いや、良い。」
「そう?」
孝浩以外に、女子が2人。
丸井よりも普通に背が高い所をみると、おそらく孝浩と同い年だろう。
いらっしゃい、と言った一人は、黒いつややかな髪の美人であった。
スタイルも良い。それこそモデルのよう。
そしてもう一人、こっちおいでと椅子を引いてくれた茶髪の一人。
この人も美人ではあるが、それ以上に。
「あの。」
「うん?何?」
「どっかであったことあります?」
そう、この茶髪の女子高生。
美人云々さておいて、どうも既視感があるのだ。
どこかで見たことがある。
この顔。この笑い方。この仕草。
「あれ?ひょっとして私、ナンパされてる?」
「してないだろ。」
「む。わかんないじゃない、たっくんのバカ!」
「まあまあ・・・それより、教えてあげないの?」
「ナンパかどうか、聞いてから!」
「ははは!いやまあ、違うんですけど。すいません。」
「あ、はっきり言うなあ。聞いてたとおり。」
「聞いてた?」
「初めまして、丸井君!五十嵐沙綾です。いつも紀伊梨がお世話になってます。」
「・・・・ああ!五十嵐ー--ええと、紀伊梨さんの。」
「そう!丸井君のことは知ってるよ、よろしくね!」
当然みたいにウインクを飛ばしてくるこのノリ。
確かに紀伊梨にー--というか、五十嵐家のノリに酷似している。
紀伊梨と言うか、紀伊梨の母親の皐月に極めて似ている。
(弟の蓮ってやつはおじさん似か?)
とか考えながら目線を黒髪美人の方にずらすと、彼女は優しそうに微笑んで手を出した。
「はじめまして、七里亜由美です。お隣さんなの。」
「隣?」
「そう。というよりは裏の家なんだけど、昔から仲良くさせてもらってるの。いつも紫希ちゃんのこと、ありがとう。」
「はい。」
七里も春日家にとっては他人だろうに、まるで身内のように紫希をよろしくと言われると、まあまあ変な感じを覚える。
でもまあ、幼馴染ってこんなもんかもしれない。幸村が春日をよろしくね、と言うのとほぼ一緒。
「そうだ、お茶がまだだったよね丸井君!今入れるね?」
「ああ、おかまいなく。」
「七里、俺がー-」
「たっくんより亜由美が入れた方が美味しいよ?」
「でも・・・ほら、七里は客だ。」
「あ!ひどい、こないだ私にはお茶が欲しいなら勝手に入れろー、とか言ってたくせに!」
「お前はいつもいろいろ勝手にしてるだろ。」
「むう!人をわがままガールみたいに。」
(五十嵐の姉ちゃんって確かに似てるけど、微妙に似てないとこもあんのな。あざとい五十嵐って感じ?)
紀伊梨は無邪気と言うか、人から見て自分がどうかみたいなことはほとんど気にしてないが、どうも沙綾は違う感じがする。自分がどう見えているかを熟知した上で動いている。感じ。
「あはは。ええと、茶葉がこれで・・・」
「ああ、手伝いますよ。」
「え?良いわよ、丸井君お客さんなんだし。」
「いや、七里も客だ。俺がー--」
「良いんじゃない?丸井君、こういうの得意って紀伊梨が言ってたよ?」
「そ、そう?」
「でもー--」
「良いから、たっくんはこっち!邪魔しちゃだめ!」
「邪魔って、あのな・・・」
騒ぐ孝浩と沙綾を背後に、微笑みながら七里は茶葉を入れ始めた。
「ごめんね。丸井君を呼んだのはこっちなのに。」
「いーえ?別に全然。」
「ふふ、ありがとう。いつもは紫希ちゃんが手伝ってくれるから、なんだか新鮮だなあ。」
「そう?なんですか?」
「うん。紫希ちゃんはね、いつも私のことも、沙綾のこともお客さん扱いしてくれるから。・・・・本当言うと、それもちょっと寂しいんだけどね。孝浩も紫希ちゃんも、もっとフランクになってくれて良いのに。」
そう言いながら七里はふっと寂しそうに笑った。
そしてそれに被さる様に、陽気な笑い声が響いた。
「あははははは!」
「え?」
「「え?」」
「そっくりですね、そういうとこ!」
「え?どこ?」
「人のこといつまでもお客さんとかいうとこ。春日もそうですよ。最近やっと俺のこと、友達って言ってくれるようになりましたけど、ここまで長えのなんの。」
そう言ってはいるけど、丸井はそれはもう良い笑顔で、長いとか言いつつそれを楽しんでるのが見て取れた。
「それって、紫希ちゃんに対する愚痴?」
「愚痴?」
「もっと親しくして、ってことでしょ?」
ややにやにやする沙綾は、隣の孝浩が微妙な顔をしてるのを知っていて言ってる。
丸井はそれすらも気にしてないけど。
「いーえ?」
「あれえ?そうとしか聞こえませんでしたけど?」
「聞こえるかもしんないけど、違いますよ。それはそれで良いって言うか、最近ちょっとわかってきたんで。」
「何を?」
「春日って、俺のこととか皆の事とか大好きなんですよね。で、大好きだから粗相のないようにって思って、余計扱い丁寧になっちまうんですよ。」
紫希は誰に対しても丁寧なので、慣れてきたらちょっとくだけてくるのかと思いきや、実はちょっと違う。
慣れてきたらくだけてくる部分もあるけど、余計に丁寧になってる部分も多い。未だに幼馴染に対しても、「少しお時間よろしいでしょうか」とか言ってるのさえ見かける。
あれは線を引いてるんじゃない。
紫希なりに大切にしていることの表れである。
・・・というのを、丸井はこの間崖から落ちて、やっとわかった気がするのだ。
紫希は優しい。優しいけど、ただ優しいだけで崖から下りるとは思わない。
自分を大事に思ってくれてるから。
大事な友達と思ってくれてるから、あそこまでやってくれたのだ。
自分で言うかって感じだけど、あれ以来丸井は「大切に思われているんだ」と強く思うようになった。
それまでも別に雑に扱われてるなんて感じたことはなかったけど、それよりももっと深く深く。
「だから、お客さん扱いって距離取られてんなって気もしますけど、多分違いますよ?」
「え?」
「七里さんのこと、春日なりに好きなんですって。だからあんまり気にしない気にしない♪」
「あっ、あはは・・・・別に、気にしてるってほどじゃなかったんだけど・・・うん、そうなのかな。そっか、考えたことなかったかも。丸井君、ありがとう。」
「いーえ!」
なんてニコニコ談笑してる後ろで、紫希の兄孝浩がすごい憮然とした顔で見ていることなんて、丸井は全然気づかない。七里も全然気づかない。
これって知ってる、鈍感力って言うんだよね、なんて沙綾は思った。
孝浩は今、トリプルでもやもやしているのだ。
妹に大事にされてるとか何それって言う気持ちと。
自分はお茶を入れる手伝い断られたのに、丸井はなんでそんなするっと入っていけるんだという気持ちと。
話の流れは途中からしか聞いてなかったけど、七里を励ますのは自分の役だろという気持ちと。
でもそれ全部口下手で言えないから、こうして表情に出して見ているだけ。
「・・・たっくん、お顔が不細工ですよー?」
「放っといてくれ。」
「ほらほら、妹が甘えてあげるから♪」
「要らない。というか、俺の妹は紫希だけだ。お前は同い年だろ。」
「先月たっくんの誕生日だったから、私は妹です!」
「知るか。」
なんてやり取りをする孝浩と沙綾を、七里と丸井はちらりと伺った。
「・・・楽しそうだね。」
「えっ?」
「え?」
「そう?ですか?」
「えっ、うん・・・・違う?」
「俺、違うと思いますけど。」
「嘘?」
「いや、マジで。」
七里にはあれが楽しそうに見えるのか。マジか。
この人美人だけど目はあんまりよくないのかな、なんてことを丸井はちょっと考えた。