Hey,families! 2 - 4/7


「はあ、はあ、はあ・・・」

紫希は雨の中を走っていた。

走ると言っても、紫希の足じゃ遅い遅い。

ただ、それでも進んでたら先には進むもので、ようやく家が見えてきた。

(丸井君・・・お兄ちゃん・・・あああどうしましょう何か失礼していたら・・・!)

こう言ったらなんだが、紫希はあんまりあの兄を信用していない。

優しいとは思う。
悪い人じゃない。

ただ、致命的に人を慮るのが苦手と言うか。不器用と言うか。
丸井を家に上げたと一報があったけど、それだってどんな風に呼んだかわかったものじゃ、と考えている紫希は流石に妹。

傘はあるのかとだけ聞いて一方的に腕をひっつかんで、引きずって連れてくる誘拐犯ムーブを行ったとわかったら、紫希は頭痛がしただろう。

さらに七里と丸井にお茶を任せた(やろうとはしてたけど)挙句、丸井に嫉妬の目を向けていたと知ったらさらに眩暈もするかもしれない。

「はあ、はあ・・・た、ただいま帰りました・・・あ、」

丸井の靴だ。

というか、それはともかく、この他の靴。

「・・・・・」

この靴は、七里と沙綾だ。

2人とも、ちょいちょい家に来るのでもう靴くらい覚えている。
七里は兄に連れられてやってくる。
沙綾は、兄をめがけてやってくる。

はっきり言おう。
紫希は3人とも好きだが、3人が同時に揃ってる現場に居合わせるのは、まあまあ苦手だった。

ここに丸井を投入って、どんな図になってるのか全然想像がつかない。
一瞬躊躇ったちょうどその時、リビングから丸井の笑い声が漏れ聞こえてきた。

「ただいま、帰りました・・・」
「あ!お帰り、お邪魔してるぜい♪」
「丸井君!」

取り敢えず丸井が楽しそうで、紫希はそれにホッとした。

そして年上組3人の顔を見る。

兄は結構露骨に不愉快な顔をしている。
沙綾もまあまあ不機嫌な顔をしている。
七里は楽しそうだ。

(珍しいです、沙綾さんがあんな顔をするなんて・・・)

なんて思ったが、とりあえず丸井が優先である。

「すみません、不在にしてしまって。」
「なんで?俺が急にお邪魔してんじゃん。助かったぜい!」
「いえ!丸井君、大丈夫ですか?もう寒くないですか?」
「おう、ばっちり!」
「良かったです。で・・・お兄ちゃんは、どうしてそんな顔をしてるんですか?」
「・・・・何でもない。」
「お兄ちゃん・・・・」

あくまで何でもないと言い張るのなら、何でもない顔位して欲しい。
何でもあります、と書いてあるような顔と態度をしながら、何でもありませーん!ふーんだ!って。小さい子供じゃあるまいし。もう高校生なのに。

「亜由美さんも、沙綾さんもすみません。いろいろ、任せきりにしてしまって。」
「ううん。ね、沙綾。」
「むー・・・・」
「・・・沙綾?」

紫希は、丸井に小さく言った。

「すみません、どうしたんですか?兄と沙綾さんは・・・」
「さあ?普通にしてただけだけど。」
「普通に・・・・」

紫希は何かピンときた。気がした。

「・・・皆さん、何のお話されてたんですか?」
「ああ、お茶のお話してたの。ね、丸井君。」
「そうそう。お前も飲んだら?入れてやるから。」
「あ、いえ!私はお構いなく、」
「まあまあ、座って座って♪」
「そんな!私家主ですよ、」
「風呂の礼だって。」
「あ!丸井君、ウバがね?そこの戸棚の上にあるの。紫希ちゃん好きだから入れてあげて?」
「そうなんですか?」
「うん。知らなかった?ふふ、じゃあ覚えてあげてね。」
「OK!」

(これかなあ・・・多分これですよね。)

大体、3人で家に居る時は、七里が一人でお茶とか入れてくれてる。紫希としては客に入れさせるのも心苦しいのだが、兄・七里・沙綾の3人で、料理とかお茶とかそういうことに心得のあるのって、実は七里だけなのだ。

沙綾はやや森ガール寄りの見た目であり、すごくフェミニンな見た目の美人なのだが、実は家庭的なことがまあまあ苦手なのである。というか、やる気が無い。いつだったか外国人よろしく、抹茶に落雁を入れようとしてたことまである。

兄もそう。興味が無い。多分小麦粉と片栗粉の区別がついてない。

そんなんだから大体いつも七里が一人でこの辺の世話を焼き、兄は手伝いたいのに置いていかれ、そこを沙綾に捕まり懐かれて、一人でお茶を入れてる七里がちょっと寂しそうにする。
というのが大体のいつもの流れなのだが、今日は違う。

丸井が居る。
コミュ強かつお茶とかバリバリ得意な丸井が。

だから丸井と七里で会話が弾んで、兄はそれが面白くなくて拗ねて拗ねて拗ねまくる。
沙綾が面白くなさそうなのは多分、兄が七里に気を取られ過ぎて反応を返さなくなったからだろう。

で、結果がこれと。

「・・・お兄ちゃん、丸井君を連れてきてくれてありがとうございました。」
「・・・ああ。」

こんなことになるんなら呼ぶんじゃなかった、と書いてあるような顔で兄は言った。

「もー!たっくん、全然こっち向いてくれないんだから!そうだ紫希ちゃん、たっくんに抱き着いちゃいなよ!」
「え?どうしてですか?」
「だって、私でも無反応なんだもん。可愛い妹ならOKでしょ?」
「そういう問題じゃない。」
「あ!やっぱり聞いてるんだ、ちゃんと返事してよ!」
「してるだろ。」
「嘘つきー!もー!・・・って、あ!」

沙綾が動いた時、足がソファに当たってちょっと揺れてしまった。
そしてはずみで、上に置いてあった丸井の荷物から、可愛らしい紙袋がガサっと音を立てて落ちる。

「あ、やべ!」
「拾います、拾います!」
「ごっめーん!大丈夫!?割れ物とかじゃ・・・あ、これ知ってるー!colon colonのマカロン!」
「colon ・・・なんて?」
「colon colon。たっくん知らないの?」
「あはは、できたばっかりだもんね。でも、すっごく可愛いマカロン売ってるって話題だよ?」
「そうなのか?」

(colon colon・・・!)

紫希も知ってる。
名前だけ。

そして行きたいし見たいし食べたいと思っていた。

今すっごく話を聞きたいが、これだけ人数が居る中で、丸井と二人だけで盛り上がるのはちょっと性格的にしづらい。
と、紫希は感じてしまう。

「ねえ、これ皆で食べない?」
「え!?」
「ちょっと、沙綾・・・・」
「だって、たくさんあるみたいだもん。ね、ちょっとだけ!1口で良いよ?」
「そういう問題じゃないよ。」
「丸井のだろそれは。人のものに手を出すな。」
「だから聞いてるんです!勝手に取ったりしないもん。」

(そういう問題でしょうか・・・)
(こういう所、五十嵐にすげえそっくり。)

丸井はいわば突発的に、偶然孝浩に見つけられて連れられて来たのだから、丸井のこのマカロンの包みが手土産用でないのは簡単に察せられる。それを察せられないのが紀伊梨とすれば、察した上であえて言うのが沙綾である。

性格はやや異なるが、結果として起こる現象は一緒。
ついでに言うと、丸井の対応も一緒。

「だーめ。」
「お願い!」
「しつこいぞ、五十嵐。」
「沙綾!丸井君、そんなつもりで買ったんじゃないんだから。」
「え~!」
「ま、自分で行ってみてのお楽しみ、ってことで♪」
「む~!」

こういういなし方も普段と同じ。紫希の兄孝浩はあまりに鮮やかなかわし方に、内心ちょっと尊敬の念を抱いた。

そしてさらに、この後やることも同じときた。

「春日。」
「はい?」
「2個まで選んで良いぜい♪どれにする?」
「え?」
「え~!?何それ、反則!」

こうやって反対されるのもいつものこと。紀伊梨が沙綾になっただけに過ぎない丸井は、まるで動じない。

「丸井君。差別はいけない、って学校で習わなかった?」
「差別と区別は別もんだ、ってのは習いましたけど?」
「あの、あの、丸井君その、ありがたいんですけど、流石に私だけ頂くのはちょっと・・・」

兄のみならず、七里と沙綾までも無視して、家主の自分がもらうのは紫希の性格的にちょっと無理がある。

丸井も、状況的にこれは難しいのはわかる。
わかるんだけど。

「やっぱ駄目?」
「ちょ、ちょっと・・・」
「でも俺、どーしても春日に選んで欲しいんだけど。」
「え・・・?」
「あ!もしかしてそれ、プレゼントのつもりだったの?この間文化祭だったみたいだし、ご褒美みたいな?」
「違います。」
「嘘、絶対当たりだって思ったのに!」
「じゃ、じゃあどうして・・・」
「いや、買う時にお前のこと思い出しちまって。」
「え?」
「こういうの好きそうだなとか、食べてみて欲しいなとか。元々自分用だったし別に約束もしてなかったけど、選んでる間どうしても考えちまってさ。」

ごく自然に紫希と食べるつもりで選んでることに、買い物中に気づいた丸井はどうしようかと思った。

とはいっても紫希と約束なんてしてないし、一応その考えは捨ててソロで食べる前提で選ぼうとはしたのだが、駄目だった。できなかった。

こういうの好きかなとか、食べたらなんて言うかなとか、選ばせたらどれにするかなとか、もうひっきりなしに考えちゃってどうにもならなかった。結局開き直って、駄目元で連絡してみようかとさえ思っていた。

そんな風に選んだマカロンを、たまたまタイミングが丁度良いからと言って皆で食べてねと振る舞うのは、何か違う気がするのだ。

「だから、手土産要るって言うんだったら、スケジュール教えてもらったら今度他のやつ持ってきますよ。」
「ん~、じゃあそれで手を打とうかな。たっくんに亜由美、次はいつが良い?」
「沙綾、その辺にしておこうよ。丸井君、良いからね。紫希ちゃんも、私達に遠慮しないで2人で頂いて?」
「え、ええと・・・・」
「気を使ってくれるのは嬉しいけど、紫希ちゃんと2人のためのお菓子を私達がいただくわけにいかないから。ね?沙綾も孝浩もそれで良い・・・孝浩?」
「あれ?たっくん?」

(あ。)

紫希と、それから七里辺りは付き合いが長いからわかる。

怒っているようにも見えるが、あれは兄が、何かを深く深く考え込んでいる時の顔である。それが何なのか、というのも紫希はまあまあ当たりがつく。妹だから。

だから。

「・・・・あの、丸井君。」
「ん?」
「良かったら、なんですけど、これ・・・・」
「おう、食べよ。」

「はい、お言葉に甘えて。それで、その・・・私の部屋でいただきませんか?」

後に沙綾は、「あの時のたっくんの顔、面白すぎて私当分忘れられないと思う」と語った。