「おい。」
キング・跡部の声に紫希はビク!と肩を揺らした。
「は、はい、なんでしょう・・・」
「春日、だったな。」
「は、はい!春日紫希と申します。ええと、跡、跡・・・」
「跡部景吾だ。東京バナナとやらは本当にそれで足りるのか?」
「十分です、十分です!」
紫希の欲しがった東京バナナ。
丸井に約束した東京名物は今、ビードロズとテニス部メンバーの各家庭分の数があった。費用は跡部持ちである。
幾つ必要なんだ、100か、200か、と問われた時ちょっと眩暈がしたのは、跡部には言えない秘密と言う奴。
「あ、あの・・・・」
「アーン?」
「ごめんなさい、ご迷惑を・・・あ、違う、もとい、」
違う違う。
そうじゃないって、丸井や可憐から習ったではないか。
「・・・有難うございます。色々、良くして頂いて・・・」
「良くしたとか言うほど大した事じゃねえ。」
紫希の辞書の中では、プライベートヘリを飛ばすと言うのは「大した事」に該当するのだが。
「あの、ヘリ・・・は、兎も角として、東京バナナ代は必ずお返ししますので、」
「アーン?要らねえよ。」
「そういうわけには、私の都合なんですし、」
「良いか、俺様をお前らみたいな庶民と一緒にするんじゃねえ。大して高くもねえ菓子の10や20、端金なんだよ。」
嫌味でも誇張でもなんでもない。
本気で、心底、端金と思っていて跡部はそう言ってるのである。
友人が買い物をしていて、1円足りないからちょっと貸してくれない?と言われたようなものでしかない。
くれてやって全然構わない。何も困らない。
「逆に聞くが、お前は俺様と比べて自分を庶民じゃねえとでも思ってやがんのか?」
「そんな滅相もない・・・!」
「それなら大人しく施しを受け取ってろ。」
これも義務だからな。
ヘリコプターのバラバラ、と言う音にかき消されそうな呟きは、それでも紫希の耳に届いた。
「ノブレス・・・」
「アーン?」
「ノブレス・オブリージュ、ですか?」
ノブレス・オブリージュ。
高貴には義務を、の意である。
「ほう。なかなか学があるじゃねえか。庶民の12才でそれがサッと出て来る奴は少ねえぞ、褒めてやる。」
「お褒めに預かりまして。」
「ただ発音は駄目だな。」
「すみません・・・」
「Noblesse oblige だ。言ってみろ。」
「ノ、ノブレッソブリージュ・・・」
「Noblesse oblige。」
「・・・Noblesse oblige。」
「良し。」
跡部は満足そうに笑った。
「何処で習った?」
「習ったというより、独学です。私、本が好きなので、知識の一つとして知っていただけで・・・」
「爪の垢を煎じて飲ませたい奴が何人か居るな。」
「そ、それは言い過ぎではないかと・・・」
「好きな作家は?」
「え?あ、ええと、エ/ンデです。ミヒ/ャエル・エ/ンデ。」
「良いセンスだ。」
微笑む跡部に、紫希は逆に吃驚した。
「読んだ事がお有りなんですか?」
「アーン?どういう意味だ。」
「児童文学なんかは読まれないのかと・・・」
「文学に貴賤はねえ。」
「そうですけど・・・」
そうかもしれないが、跡部が児童文学を読んでいる図、というのがなかなか想像しづらい。
「古典はどうだ?シェイクスピアなんかは。」
「古典は、齧ったんですがピンときにくくて。」
「勿体ねえな。」
「分かっては居るんですが・・・」
「古典を読むにはコツが要るんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。先ずは世界史と文化史を勉強しろ。その上で読まねえと、時代背景や流行ってた言い回しが分からねえからな。」
「源氏物語みたいですね。」
「ある意味では近い。良いか、例えば今言ったシェイクスピアは・・・」
「ねーがっくーん。」
「あ?」
「紫希ぴょん達が話してるのって日本語だよねー?」
「多分なー。」
話の内容はさっぱりわからないけれど。