Nemesis 2 - 5/8


「・・・・・よ、よし。よし・・・」

ふう、と深呼吸して、宍戸はインターホンを押した。

『おう!誰だてめえ?』
「!?いや・・・お前こそ誰だよ!客に向かっててめえはねえだろ普通!」
『安音ちゃん!?駄目だよ、そんなこと言ってっ!あ、も、もしもしっ!どちらさまですかっ!・・・あれ、宍戸君っ?』
「・・・おう。」
『誰すか?』
『友達だよっ!同級生なのっ!・・・ああっ!開けないと、ちょっと待ってねっ!ええと?門を開けるのは?・・・このボタン?えっ!?ま、待って待って、ガレージの電気点いちゃったっ!ええと、ええと、』
『こっちじゃないすか?』

目の前の折りたたみの外門が、カシャン、カシャン・・・と音を立てて開いていくのを見て、宍戸ははあ・・・と溜息を吐いた。







「お邪魔します。」
「いらっしゃい、宍戸君っ!」
「ちゃーす!」
「・・・忍足は?」
「忍足君ね、ちょっとお使い中なのっ。帰ってきたら、お母さんのメモがあったんだっ。」
「そっか・・・で、そいつ?が、神崎ってやつか?」
「あれ?俺有名人?」
「岳人とジローから聞いたんだよ。」

最近忍足家には、可憐と安音が入り浸ってることとか。
結構捗るからおすすめなこととか。
神崎安音とはどういう人物か、とか。

「・・・・女子なんだよな?」
「うんっ。」
「男です!」
「・・・っていう子なんだよねっ。」
「だから男ですってー!」

宍戸は前もって向日から、いわゆる「ファッション男子」だから気にするなと言い含められていた。
だから、最初から安音は女子と思って、今ご対面している。

「神崎安音です!よろしく!」
「・・・おう。」
「ロン毛先輩は何しにきたんすか?勉強?」
「ロン毛・・・まあ事実だけどよ。何しに、はまあ・・・そうだな。別に来ないといけないわけじゃねえけど、捗るって聞いたし。自慢じゃねえけど、勉強は得意じゃねえから。」
「へー!俺もすよ!仲間っすね!まあお互い気張りましょ!」
「おう・・・」

ちょっときょろ・・・と目線を走らせる宍戸に、可憐は何からしくないものを感じ取った。

「宍戸君、どうしたのっ?あ、ごめんねっ!私、お茶の場所わかんないから出せなくてっ!」
「いや、そういう話じゃねえよ。なんつうか・・・別世界感があるっつうか。色々と。」
「ああ、わかる気もする・・・・」
「?」

忍足家は、割とあからさまに「裕福な家」という奴である。
普通の家で生まれて育った可憐と宍戸にとっては、やや上品すぎて気後れする。

一方、安音は忍足と同じ「医者娘」である。こう見えて裕福寄りなので、カルチャーギャップは実は小さめ。

「・・・・あー、先輩!」
「うぐっ!?」
「先輩国語得意すか?これわかります?」
「わかるわからない以前に、人の髪を引っ張るんじゃねーーよ!」
「安音ちゃんっ!」

男だったら確実に手が出ている所だが、女子だと思うとどうしてもできない。こういうところが宍戸の良い所であり。損なところであり。

「つうか、先輩髪さらっさら!すげえ!女みてえ!」
「誰が女みたいだ!女子なのはお前だろ!」
「俺は男です!」
「女子だろ!」
「男!」
「女子!」
「男!」

「もう、2人ともその辺にしてっ!勉強しようよっ!」
「ただいま。堪忍な、留守番してもろて・・・どないしたん?」
「あ、忍足君っ!」

どないしたん、と言った忍足だが、見たらすぐわかった。
男だ女だ言ってる時点で、大体のことの次第はわかるというもの。
真面目な宍戸はこういう時、向日のように「はいはいそうですね、お前は男ですねー」で流すことが難しい。

「あ、忍足!悪い、上がってるぜ「聞いてるんすか!」聞いてるよ、うるせえな!家主に挨拶くらいさせろ!」
「家主って何すか!わかる言葉で!」
「中受するなら家主くらい知っとけ!激ダサだぞお前!家主って言うのはな、漢字で書いて・・・こう・・・」
「・・・あー!はあはあ、家の主人・・・家の主人って、親じゃないすか?」
「そりゃ細かく言えばそうだけどよ。この場合、俺達の中ではっきり家の主人って言ったら、忍足家なんだから忍足だろ?」
「じゃあ、一家揃ってる時は親が家主すか?」
「んー・・・まあ、他に誰が居るって話になんのかもだけど、」

「宍戸は真面目やなあ。」
「あはは・・・でも、そこが宍戸くんの良いところだよねっ!」
「いつ来たん?」
「さっきだよっ!30分も経ってないんじゃないかなっ?忍足くんは、お使いできたっ?」
「おかげさんで。お茶淹れよか。」
「あ、ありがとうっ!でも良いのっ?その茶葉お姉さんのじゃ、」
「元々、使ってええ言われとったから大丈夫やで。」

「あ!忍足!」

なし崩し的に安音に勉強を教える形になっていた宍戸は、持っていたコンビニの袋を差し出した。

「悪い。大したもんじゃねえんだけど、これ。」
「ええのにから別に。」
「そうもいかねえだろ。俺は押しかけてるわけだからな。」
「わ、私何も用意してないっ!」
「お前は呼ばれてるんだから良いんだよ。」
「ていうか、ええねんてそんなん。岳人とか、週2くらいで来てる割に、手土産とか最初だけやったで。」
「俺も俺も!何も持ってきてないすよ!ね!」
「・・・お前は多少持ってこいよ、って気がすんのは俺だけか?」
「なんでっすか!」

とりあえず、茶葉とお茶菓子揃ったから休憩しようかと忍足は考えた。
自分は帰ってすぐお使い行ってからの休憩だから、勉強はまだ全然できていないのだが、たまには良いだろう。






「忍足、ちょっと良いか?」
「ええで。どないしたん。」
「ここって、なんでイが正解なんだ?ウでも良いんじゃねえのか?」
「これは、ここで春て言われてんのんが理由やねん。昔の春ていうたら1〜3月で、まだ寒いさかい。」
「ああ・・・だから火が必要ってことで・・・流石だな、助かるぜ。」
「どういたしまして。」

確かに捗る。
勉強開始から1時間、そのことを宍戸は体感し始めていた。
ここに人が集まるのもわかるというもの。

ただ。

「・・・・・・」

「・・・あれ、ヨーロッパの?国が?イギリス、フランス・・・・中国?」
「アジアだよっ!?」
「あれ?じゃあカナダ?」
「それは北米だよ・・・どんな問題?ええと、」

「どないしたん?」
「あ!いや、その・・・・」

これ言うのか。
まあまあ言いにくいんだけど。
と思いながらも、気になることを無視できない。
宍戸はそういう性格であった。

「・・・すげえ余計な世話ってわかってて言っちまうんだけどよ。」
「余計な世話?」
「いやその・・・お前って、網代が好きなんだろ?ああえっと、噂だけどよ。」
「ああ、岳人が言うたん。」
「え、いや、」
「ええで別に。岳人に言うた時点で、宍戸らへんには話行くやろなて思うとったし。」

向日は誰かれ構わず話すタイプではないものの、宍戸には言いそうとは、最初から思っていた。

まあぶっちゃけ、忍足は本当に隠したいことは、誰にも話さない主義である。
不特定多数に知られたくないなら、言わないことだ。
転じて、向日であれ誰であれ、誰かに言った時点で広まるのは覚悟の上。

「ほんで?」
「あ、いや・・・俺はその、こういうこと良く知らねえんだけどよ。その状況で家に女子上げるのって、良いのかと思って・・・」

男女混合ならともかく、可憐も安音も女子なのである。
それに、連日宍戸をはじめ、向日や芥川が加わっているのは、言うなればたまたま。
本来であればれば、忍足と可憐と安音で完結するので、忍足以外は女子しかいないことになる。

この辺について、基本考え方が硬派な宍戸は、どうしても「それ許されるのかな・・・」とか思ってしまうのだが。

「まあ、許されへんケースもあるとは思うわ。」
「え!?」
「ただ、俺の場合は当てはまらへんから、気にせんでええで。」
「・・・網代が、気にしねえタイプってことか?」
「俺が、気にせえへん方がええやろな、って判断したいう話。」
「ふうん・・・?」

ややピンときてない顔の宍戸に、忍足は小さく笑った。

多分わからないだろうな。
宍戸もそうだが、向日しかり芥川しかりーーー可憐や安音も、多分わからない感覚だろう。
辛うじてわかってくれそうなのは、跡部か。
ただ跡部も、理解は示してくれても、賛同はしてくれなさそうな気がする。

「まあとにかく、大丈夫やさかい。心配おおきにな。」
「まあ、お前がそう言うんだったら良いけどよ・・・」

良いけど、と言いながら、やや納得いってない顔になる宍戸は、本当に正直な性格である。
これを欠点と取る人もいるだろうが、忍足は美徳だと思っている。

「ロン毛先輩!」
「ぐえっ!お前!だから、引っ張るなって言ってんだろうが!」
「えー、別に良いじゃねえっすか。減るもんじゃなし。」
「そういう問題じゃねえんだよ!なんだよ!」
「江戸から明治で変わったとこがわかりません!」
「なんでわかんねえんだよ、全然違うだろうが!良いか、そもそもな。江戸の時代を統治してたのは江戸幕府でーーー」

得意科目ということもあって、つい軽快な解説を始めてしまう宍戸に、可憐は思わず笑ってしまう。

「宍戸君って、良い先輩になりそうだよねっ。」
「せやな。」
「・・・はっ!ち、違うよっ!忍足君が良い先輩じゃない、って言ってるわけじゃなくて、」
「それはわかってるて。ただ実際、俺は先輩としてはどうかと思うで。口下手やし。」

後輩という立場から見た際、自分があまり向いてないことくらい、忍足はわかっている。
親しみやすいとはお世辞にも言えない。

「可憐ちゃん、慕われそうやなあ。」
「ええええっ!?絶対そんなことないよっ!私なんてドジだし、」
「そういうくらいの方が、後輩としては安心するもんやで。」
「絶対ないよっ。現に私、日吉君から呆れられてるし・・・」
「あれは、日吉の方が例外寄りやで。」

日吉はなんというか、良い所でもあるのだが、ややしっかりし過ぎなのである。
後輩として。
それに、できない人間に対して呆れる傾向があるのもよろしくない。

まあ、跡部とは相性が良いかもしれないが。

「先生!」
「んっ?」
「わからんとこあった?」
「腹が減りました!」
「おい!図々しいぞお前ーーー」
「ああ。そろそろおやつにしよか。」
「やったー!」
「良いのか・・・あ。手伝うぜ、大変だろ?」
「あっ!私も、」
「ドジ先輩は割るから駄目でしょ。」
「う”・・・・」
「ねー、それより待ってる間ここ教えてくださいよー!これなんでつるが4匹になるんすかー!」
「ああっ!つるかめ算だ、えーとこれはね・・・・」