ライブ後、解散して校門前に場所を移した紀伊梨とテニス部数人だったが、紀伊梨はそこで片倉の評価を聞き、それは驚いた。
「片君を怒ってた!?なんで!?」
「いえですから、厳密に・・・正確に言うと彼に怒っていたわけではなくてですね、」
「でも怒ってたんっしょ!?なんで!?片君ちょー良い人じゃん!やさしーじゃん!なんで!?」
「俺もわからん。何故なのだ?」
「まあ、結局の所親しい人間が自分に対して、何かを秘密にしている。挙句、他の人間と仲睦まじくしている図と言うのは、事情があるとわかっていても気に入らないものだ。」
「ふむ・・・」
「まあ、もう解決したから・・・あれ?そういえば、仁王はどこに行ったんだ?」
桑原がきょろきょろと周囲を見渡すと、柳生はこともなげに「帰りましたよ」と告げた。
「帰った?」
「ええ。それこそ片倉君の責任ではありませんが、仁王君は元々生徒会だの風紀委員だの、そういった所属の者と相性がよろしくないので。ライブが終わった直後には、もう居ませんでしたよ。」
「けしからん!あいつはいつもいつも・・・!」
「そーだよー!紀伊梨ちゃんまだライブの感想もらってないよー!褒めてよー!」
「ははは!それは大丈夫だ、俺達が仁王の分まで褒めるよ。ありがとうな、あんなこと考えてくれてたなんて知らなかったぜ!」
曲と共に、制服姿のチア部が動き出して、テニス部は本当にびっくりした。
この夏は古い曲でずっと応援してくれてたから、チア部のパフォーマンスそのものは見慣れているテニス部だったが、今までの振り付けと明らかに大きく違うことはすぐわかった。
知らない曲。
自分達を鼓舞する歌詞。
チア部の新しい振付。
ここまで揃ったら、もうビードロズとチア部が何考えているのかは、わかったようなもの。
「えっへん!どお?どお?良い曲だった?」
「ええ、とても気に入りましたよ。一体いつから、こんなことを?」
「みっきーが新曲作って!って言いに来たの!えーと・・・そーそー、夏休み前に!プール掃除した日!」
「あれか。」
「柳は知っていたのか?」
「知っていた、というほどでもない。ただ、五十嵐とチアリーディング部の井谷美樹が、何ごとか相談していたのに、たまたま鉢合わせたんだ。その時は、秘密だと言われたが。」
何の秘密かと思ったら、まさかこんな秘密だったなんて。
「しかし、作ってと言われておいそれと作れるものでもなかろうに。流石の仕上がりだったぞ。」
「わーい!・・・あれ?それって褒めてるの?」
「たわけが!このくらいの日本語は理解せんか!」
「だってー!」
「まあまあ・・・」
「よくできていたな、と言いたいんだ。俺もそう思うぞ。」
「やったー!みっきーにも言っとこ!やっぱテニス部が喜んでくんなくっちゃ、意味ないかんねっ!」
ここまで言われると、テニス部としてもやはり悪い気がするものではなく。
真田はただ照れくさそうな顔をしたが、後の3人はちょっと顔を見合わせた。
「五十嵐、提案なんだが。」
「え?何?」
「これから、今この場に居るこのメンバーで、少し買い食いでもしないか。今日の礼として、費用は出そう。」
「え、嘘!?良いの!?」
柳生と桑原は「まあそうだろうな」という顔しかしないが、真田は怪訝そうに眉を潜めた。
「わーい!・・・ってあれ?ここに居る人だけ?紫希ぴょんとか千百合っちとかは?」
「そうだ。礼と言うのなら、あいつらにもするべきだろう。」
「黒崎・・・千百合の方は、幸村と2人の方が良いんじゃないか?ほら、片倉の件もあるしな。」
そう、千百合と幸村はこれですぐ話が決まる。
問題はここから。
「紫希ぴょんはー?」
「丸井に任せる。」
「何でよー!」
「まあまあ五十嵐さん、結果的にそうなってしまいますよ。」
「どういう意味だ?」
「春日は、今回のことで片倉に何か借りていたらしいんだ。その手続きをしなければいけないから、時間を取られるだろう。」
「待ったら良いじゃん!」
「でもほら・・・ええと、春日は性格的に、人を待たせるとすごい申し訳なさそうにするだろ?だから、先に行った方が、かえって良いんじゃないか・・・?」
「しかし、」
「別に、ひとりにしようというわけではありませんから。丸井君が居ますから、寂しい思いもしませんよ。二手に分かれよう、というだけです。」
「そうか・・・?」
「えー!」
はっきり言って、この辺は詭弁である。
紫希が片倉にファイルを返したがっているのは本当だ。
でも物の貸し借りに、そこまでぐずぐずすることなんて普通は無い。
だから多分、十数分くらいしか時間は稼げないだろう。でも、十数分だけで良いからご褒美はあげたい、というテニス部(真田を除く)の配慮である。
「そういえば、棗の方の黒崎はどこへ行ったんだ?」
「黒崎棗なら、電話が来たと言ってどこかへ行ったが。」
「それなら、棗君にも後から来てもらいましょう。彼は少々、長電話の傾向がありますからね。」
「あ、そーそー!なっちんって、たまに誰かとずーーーっと電話してるんだよねー!」
「はははっ!クラスでもやってるぜ、何かの段取りなんだろうけどな。」
「まあ、そういった次第だ。行くか。」
「心配せずとも、すぐ追いつきますよ。黒崎さんと、幸村君以外は。」
「はーい。」
紀伊梨は「千百合と幸村だけ居ない」状態にはもう慣れてるが、他のメンバーはそうじゃない。
でも一方で、今のうち慣れといて貰った方が良さそう、というのをテニス部はぼんやり感じている。
「話を戻しますが、何が欲しいですか?」
「ちょーっと待ってね!今!考えてます!スタバの新作にしよっかなー・・・ダッツも良いなー・・・」
「氷菓は溶けるのではないか?」
「まあ、カップなら零さないんじゃないか?」
「すでに5月辺りで、スカートの上に落とした前科がある。その方が良いだろうな。」
「おや、そんなことが?」
「そっか、柳生は居なかったんだな。実は・・・」
紀伊梨の寂しさと言う奴は、ぶっちゃけテニス部勢にはよくわからない。
男子はそもそも、友達に対していつも一緒に居たいとか、そういうことはあまり思わないから。
でも紀伊梨が思ってるのなら、その寂しさはできれば埋めてやりたいと一同は思っていた。
千百合や紫希が悪いことをしてるわけではないし、あっちはあっちでの楽しみを味わって欲しいから。
いつか紀伊梨にも、2人になる誰かが現れる日までは。