「しかし人が多いな・・・平日じゃないのか、まったく・・・」
「観光地なんて、平日でも混んでるもんだろい?おっと。」
「・・・・」
「大丈夫?」
「・・・早く離してくれ。」
「はいはい。」
「へーえ、それで烏ーーーあ、いや!カーラちゃんと一緒に。」
「そー!ね、カーラちん!」
「本当に逃げないね、賢ーい。」
「ねー!それに比べてニオニオったら、すーぐ迷子になっちゃって困ったさんですなあ!」
「ま、迷子なのかな?ああでも、そんな所も・・・」
「え、何?何か言った?」
「あ、ううん!何でも!何でもない!」
「・・・・・・・はあ。」
カーラは結局、紀伊梨のリュック上に落ち着いた。
郁はカーラに対し、「薄気味悪い」「不吉だ」と言った。
まあ実際、烏を不吉の象徴として見る文化は世界にあるので、一概に間違ってるとは言えないのだが。
まあとにかくそんな発言をして、それを踏まえてかどうか、カーラは丸井のリュックから紀伊梨のリュックに飛び乗って移動した。
今、丸井と郁は前方を歩き。
紀伊梨と林はそのちょっと後ろを歩いて、桑原は最後尾である。
(カーラって、本当に賢いんだな・・・)
動物的本能というやつだろうか。
カーラは、郁に寄り付かない。
自分に対し、良くない感情を抱いているのを、見透かしてるかのようだ。
一方で、郁は丸井と居たがった。
またいじめに遭うかもしれないから、同行しろということだった。
現状、余計刺激する可能性も高いので丸井と郁は隔離策が取られている。
だが、今は隔離されても、守ってくれる他の部員とか居ないし。
その間に何かされたらこまるし。
というのが、郁の言い分だった。
ぶっちゃけ、こんな全校生徒が散らばっていて、誰がどこで何を見ているかわからない時に、いじめなんか誰もしないだろうと思うが。
ただ、紀伊梨はそんなこと、全然気づいていないし。
林と丸井は、なんとなーく「それは意味あるか?」みたいな気持ちはあるものの、いじめを受けてる被害者本人の意向を無視するのはまずいか、という気持ちもある。
桑原は。
今この場に居る、誰より深く悩んでいる。
「・・・・・・・・」
彼は優しかった。
とても優しかった。
だから、郁を守ってやらないとという気持ちを強く持っており。
同時に、この状態を放置しておくのは、紫希に対する裏切りではないか、という気持ちも強く持っていた。
すでに紫希は、何度か郁に対し割を食っている。
ビーチの件と言い、文化祭での件と言い。
それに対して恨み言を紫希は一切言わない。
むしろ郁を優先してくれとまで言う。
でも、これに胡坐をかいていて良いのか。
それは友達としてどうなんだ。
いやしかし。
頼まれても無いのに、そこまで自分が首を突っ込むのも。
でもしかし。
いやしかし。
(どうしたら良いんだ・・・!というか、なんで他の奴は悩まないんだ、ブン太・・・とか一条は本人だし、林は春日とそこまで仲が良いわけじゃないから良いとしても、五十嵐・・・)
はた、と桑原は思った。
紀伊梨は、今の状況をどう思ってるのだろうか。
「・・・なあ、五十嵐。ちょっと良いか?」
「ほいほい!なーにー?」
「・・・ええーと。」
「?」
どうしよう。
なんて言おう。
まさか紫希と郁で丸井を取り合うことになったとしたら・・・なんてダイレクトに言うわけにもいかないし。
というかそもそも、今の紀伊梨にとって、恋愛の話はまあまあ鬼門のような面もあるので。
「・・・・その。あの、えー・・・」
「え、なーにー?」
「わ、私外そっか?」
「ああ、そうしてもらえると・・・」
「え?何何何?内緒のお話?」
「内緒って言うか、その・・・」
林が前方に移動したのを見て、桑原は口火を切った。
「・・・簡単に聞くんだけどな。」
「ほいほい!」
「一条のこと、どう思う?」
「どう?どうって?」
「あ、いやそのー・・・ほら、一条はさ。なんだかんだこう・・・ブン太と、仲良くしてくれてるっていうか・・・」
「え、どの辺がー?いっちー、ブンブンのこと、そんな好きくないっしょー?」
「え、ええとおおお・・・・!」
紀伊梨の辞書に、駆け引きなどと言う文字はない。
郁はしきりに丸井に対し文句を言うが、紀伊梨はあれを、本当に言葉通りにしか受け取っていない。
なんなら、他のメンツよりも丸井は郁に嫌われている、と思っているくらいである。
郁が丸井に文句を言ってるのは見た事あるが、反面幸村達に対してはさほどでもないからだ。
しかし、桑原はふっと気づいた。
(・・・そんな好きくない?)
「なあ。」
「ほいほい!」
「五十嵐から見て、一条って、ブン太がそんな好きじゃないように見えるか?」
「うん!」
「それなのに、ブン太のことを友達って思ってる春日が外されるのって、嫌と思わないか?」
「・・・・ん?ん?どゆこと?」
「春日はさ。ほら、テニス部のこととか考えてくれてて、それでよくブン太と一条だけにして、自分は外してたりすると思うんだよ。」
「外す?」
「・・・いなくなるって言うか。」
「・・・ああ!はいはい、そだね!」
「だろ?嫌じゃないのか?」
「嫌?」
「春日は、友達と居たいのを我慢して譲ってるのにさ。譲られた本人の一条は、ブン太のことが嫌いなわけだろ?それなら春日に代わってやれば良いのに、って思わないか?」
桑原は、一条が丸井を好きだと見抜いている。
だからこそ、かち合った時にさっと引っ込んでしまう紫希が歯がゆいのだが、紀伊梨からはそう見えていない。
紫希が我慢して譲ったものーー丸井との時間は、一条にとっては別に不要のものである。と言う風に見えている。
それは紀伊梨的に良いんだろうか。
と、桑原は思うのだが。
紀伊梨はしばらく口を開けて、考えていたが。
「・・・紀伊梨ちゃんは、紫希ぴょんのこと好きだよ!」
「ああ、うん・・・そうだよな。」
「だから、紫希ぴょんが笑ってると嬉しいし、悲しかったら悲しいよ!」
「そう。そうだよな。」
「うん。だからね、
紫希ぴょんが悲しんでないんだったら、紀伊梨ちゃんは別に悲しくないよ!」
「・・・・ん?」
「こないだの海の時は紫希ぴょん悲しそうだったから、えーっ!って思ったけどー。でも、最近は別にそんなことないよ?」
「・・・・・」
「だから紀伊梨ちゃんは良いよ!」
紀伊梨は、一条のことも丸井のことも見てはいるけど。
でもそれ以上に、紫希のことを見ている。
紫希が悲しいのなら味方する。
でも、悲しんでない段階から先回りするような真似はしない。
困ったら、助ける。
それは逆に言うと、困るまでは助けないということ。
千百合とはこの辺が違う。
千百合は、やばそうと思った段階から気を回し始める。
紀伊梨は誰が相手でも、元来「気を回す」というのが苦手なのである。
だから、まずいことになり「そう」みたいな話にはほとんど反応しない。
行動するのは、まずいことに「なった」後である。
今、問題はない。
問題の前兆があるかは置いといて。
だから良いのだ。
紀伊梨的には。
今度は、桑原がちょっと口を開けた。
なるほど。そう来たか。
「そーいう意味だったら、こないだお宝の時に、ブンブンが嘘吐いたことの方が紀伊梨ちゃんはぷんぷんですよっ!紫希ぴょんがかわいそーだったよ、どーしてあんなことしたのさー!もう仲直りしたっぽいから良いけどー!」
「いや、あれはほら・・・うん、責めないでやって欲しいって言うか・・・」
「それー!それさー、テニス部皆言うんだよ!言わないのゆっきーと真田っちくらいだよ!なんで!?皆紫希ぴょん嫌いなの!?」
「違う違う違う!そんなことない、そんなことないからな!ただあれはそのう、えーと・・・」
とんだ藪蛇に狼狽える桑原を他所に、前方の丸井は普段通りのテンションでタワーブリッジを進む。
観光客が多いのが良かったというか悪かったというか、紀伊梨と桑原の会話は雑踏で、丸井達の耳に入らない。