一同は、タワー・ブリッジ北塔から登った。
ここから東通路を通り、南塔の博物館ゾーンを見る。
そして、西側通路を渡る必要がある。タワーブリッジは北塔と南塔があるが、出入り可なのは北塔だけ。戻らないと下りられないのだ。
「まあ、こっちはこっちで眺めが変わるから良いよな。」
「ね!良いよね、郁。」
「ああ。」
とは言いつつ、郁はさして景色は見ていない。
隣にいる丸井の方が気になって仕方ないからだ。
都合が良いのか悪いのか、カーラは薄気味悪い存在だが、同時に丸井の気をよく引いてくれる存在でもあった。
丸井がカーラを見ている間、郁は少々無遠慮にでも丸井を見ていられる。
と、思っていたのだが、1/3ほど進んだところで、カーラと紀伊梨が同時に前方を見た。
カア!
「紫希ぴょんだ!」
「「「「え?」」」」
「紫希ぴょんの声がしたー!」
全員が前方を見ると、柳と柳生。それから、柳生のリュックに捕まらせてもらっている青い顔の紫希が、振り返った所だった。
「公共の場所と言うものは、いろいろな人間がいるんだ。ましてああいった屋内の狭い所は、声が反響しやすく人の耳に届きやすい。お前ほどの声量の人間が叫ぶと、あの通路の端に居た人間の耳が拾う音量としてーーー」
「はい・・・ごめんなちゃい・・・」
タワーをすっかり下りた後、一同は人気の少ない所に移動した。
紀伊梨は、柳からみっちりお説教を食らった。
さっきから側を通る人は、たまに立ち止まって見ている。中には、「Japanase seiza・・・」とか呟いて写真を撮っている人までいる。
丸井は、「イギリスって正座ねえんだなー。」みたいな気楽なことを考えたりしていた。
「春日さん、落ち着きましたか?」
「はい、もう大丈夫です!すみません、ご迷惑をおかけしまして・・・」
「いえいえ、大したことではないので。」
「春日さん、具合悪いの?」
「ああ・・・春日は、高い所が苦手なんだ。」
「・・・なんで登るんだ?」
「登りたいからだろい?」
「怖いんだろ?」
「怖くても。」
郁としては解せなさしかない振舞だが、丸井や桑原にはもう知れたことである。
「ところで、皆さんタワー・ブリッジに来ていらしたんですね。」
「ああ。一条達とは、たまたまブリッジで会ったんだ。」
「カーラちゃん、どうですか?楽しんでますか?」
カア。
「ふふっ、そうですか。良かったです、楽しそうで。」
(春日さんも烏と会話する趣味があるのか・・・)
「知ってた?」
「え?」
「こいつも、高い所怖いんだぜい?」
「えっ!?」
「ま、展望台とかは平気そうだけどな。橋とか、落ちそうな所は近寄らねえの。」
「それはそれは、覚えておかなければなりませんね。」
「そうだ、次は私達の番でーーー「どーん!」
紀伊梨に腰に抱き着かれて、紫希はつんのめった。
どうやらお説教は終わったらしい。
「紫希ぴょーん!もー慰めてー!疲れたよー!」
「あはは・・・よしよし、お疲れ様です。」
「終わりましたか?」
「ああ、ひとまずは。」
「ひとまず!?」
「もちろんです、ホテルに帰ったら今度は私の番ですよ。生徒会としては、旅先で立海の生徒が恥を晒したのを黙って見ているわけにいきませんからね。」
「えー!」
「柳生君も柳君も、きびしー・・・」
「ま、しょうがねえだろい・・・おっと!」
カーラは、丸井のリュックから紫希のリュックに飛び移った。
「そうだ、さっき言いかけたんですけど、次は私達の番ですよね。カーラちゃん、連れていきますね。」
「おう、シクヨロ!」
「春日達は、次はどこに行くんだ?」
「あ!次は、ウェストミンスター寺院に行くんです!」
「ウェスト・・・どこだいそれは?」
「ウェストミンスター寺院だ。まあ、寺と言うか教会だが。」
「へえ。面白い?」
「はい!」
何気なく聞いた丸井だが、紫希は珍しく勢い込んで言った。
「『ダ・ヴィンチ・コード』の舞台なんです!映画にも寺院の名前は出てきたんですけど、映画だと宗教上の理由で撮影できなかったんで、映ってるのはリンカーン聖堂の方なんです!ですからウェストミンスター寺院の方は映画を見ても全然内装がわからなくて、そこでは主人公のラングドン教授が、プラクティス、を・・・」
「・・・・?」
すごく良い笑顔で語っていた紫希だったが、急に火が消えたように、しおしおと俯き始めた。
「どうした?」
「あ、あの・・・ごめんなさい・・・」
「え?何がーーー」
「さあ!」
柳生のとても良い声が、その場の空気を裂いた。
「申し訳ありませんが、こちらはスケジュールが詰まっていますので。名残惜しいですが、もう出発させていただきます。」
「えー!?なんでー!?もうちょっとお喋りしようよー!」
「そうも言ってられません。カーラさんも、ここからは我々と同行です。よろしくお願いしますよ。」
カア。
「そうだな。あちら側から写真も撮らなければならないし。」
「え?こっち側から撮ったら良いんじゃないのか?」
「『ロイスと七つの鏡』でランファンがテムズ川に飛び降りたのは、おそらく向こう側である可能性が高いんだ。」
「そうか・・・」
「そうだ。さあ、春日行こう。」
「あ、はい・・・皆さん、また後で・・・」
「バイバーイ!ホテル戻ったらお喋りしよーねー!絶対だよー!」
やや強引にーーー有体に言えば、「この場を早く切り上げるべきだ」と柳生と柳が判断したのを、多くの者が感じ取った。
分かってないのは、紫希と紀伊梨くらいであろう。
そうじゃなければ、柳が紫希の背を押してまで先を促す理由にならない。
ただ。問題は、急に何故、という部分であり。
「・・・まあ、良かったんじゃないか。」
郁がぽつりと言った。
「何がだよ?」
「早く行ってくれてだよ。僕は別に、烏とそこまでずっと一緒に居たいわけじゃないし。それに君だって、つまんない話が早く切り上げられて、良かっただろう?」
「「「え?」」」
「「え?」」
前者の「え?」は紀伊梨と丸井と桑原のもの。
後者の「え?」は、郁と林のものである。
「え、つまんない話って何!?ブンブン何の話してたの!?」
「知らねえよっていうか、別につまんない話なんてしてねえよ!」
「それは嘘だろ、あんな顔しておいて!」
「顔?」
「あ、あのー・・・」
林がおずおずと手を挙げた。
「すっごい言いにくいんだけど・・・丸井君、無意識かもしれないけど、さっきすんごくつまんなそうな顔してたよ?」
「嘘だろい!?いつ!?」
「春日さんが、寺院のこといろいろ喋ってた時・・・」
「その後、春日さんもすぐ話を切っただろう?あれは完全に、君がつまんなそうにしてるのを感じ取って、切り上げてくれたんじゃないか。」
丸井は開いた口が塞がらなかった。
そんな顔してたか。
した覚えが無いのに。
「え、なんでー!酷いよブンブン、紫希ぴょんがかわいそーだよー!あんな楽しそうに話してたのにー!」
「いや、だからーーー」
「まあまあまあまあ、取り敢えず、今その件は置いおこうぜ?な?なんてったって、本人の春日がもう居ないんだしな。」
「まあ、そうだね。僕らに弁解したって、別に意味はないし。」
「夜はまた一緒になれるし、話したいなら話す時間はあるよ。ね、丸井君?」
「ん・・・・」
謝る。
まあ、一言謝らないといけないのは、そうなんだけど。
でも、謝るとか謝らないとか、そういう所に問題があるんじゃないんだ。
というのは、丸井と桑原しかわからない。