Queen’s country:Tower Bridge - 6/7


「ざまあ。」

ホテルに戻り、ロビーで「紫希の話に丸井がつまんない顔した事件」のあらましを聞いた千百合は、開口一番そう言った。

夕食は、全員揃わない。
ホテルに戻った人間から食べて、部屋に戻る方式だ。(それでも、あんまり遅いと食事は全部片づけられてしまうが)

今ホテルに戻り済みなのは、幸村のグループと丸井のグループ。
紫希のグループは戻っては居るが、結構遅かったので、今まだ食堂で食事の最中であった。

「ざまあってなんだよ?」
「ざまあ見さらせ、のざまあ。」
「そうじゃねえよ!どこにざまあって言ってんのか、って話だよ。」
「だって要はそれさあ、あれでしょ?

紫希が超楽しそうにしてる顔を、今日一日みすみす見逃しっぱなしだった、ってことでしょ?」

そう言われると、そのものずばり過ぎて、丸井は一瞬言葉を失ってしまう。

そう。
結局、そこ。

丸井はあの時、確かにつまらないと思ったのだ。
あんなに楽しそうな紫希は、今のこのちょっとの時間しか見られないと思って。

でもまさか、顔にそこまで出てたなんて思いもよらなかった。

「ふっふーん!まあブンブンは、初心者ですからなー!紀伊梨ちゃん達は、今まで紫希ぴょんの楽しそうな顔は、いーっぱい見てきましたからなー!ふっふーん!」
「初心者ってなんだよ?」
「付き合いが短いのは事実でしょ。まあ、この場合付き合いの短さっていうより、単なる手抜かりだけど。」

千百合は幸村が好きである。
だから、今日幸村と同行した。

それは、単に好きな人と一緒に居たい以上に、幸村のはしゃいだ顔が見たかったからである。
普段だったら別にまあ別グループでも良いかなと思うけど、今日は嫌だった。
楽しそうな幸村を見たかった。

果たして狙い通りの時間を過ごせた千百合にとって、丸井の振舞はまさに手抜かりとしか言いようが無いのだ。
しかも今回なんて、紫希は絶対に楽しいであろうと見通しが立っていたろうに。

「精市も思わない・・・なんで笑ってんの?」
「え?ああごめんね、違うんだよおかしいんじゃないんだ。微笑ましいって言うか。」
「どの辺が?」
「うーん・・・丸井は、ほら。あれだね。」
「ん?」

「心が狭くなったね。」

幸村の言葉は、丸井のみぞおちあたりに深く突き刺さった。

「・・・マジ?」
「ああごめんね、けなしてるわけじゃないんだよ。俺はむしろ、良いことと思ってるんだ。」
「心狭いのが良いことなわけ?」
「そりゃあ人間誰だって、状況によっては心が狭くなるよ。俺は、丸井にとってそういうタイミングが増えたんだなあ、って感慨深くなっただけ。別に、悪いとは思ってないよ。」

もし、数か月前の丸井だったら、そんな顔しなかっただろう。
はしゃぐ紫希を見て、良いな可愛いなと思って自分も笑って、それで終わっていたはずだ。

今は違う。
良いなと思う感情はそのままに、自分がそれを見られないことに対して、嫌とか寂しいとか思うようになっている。

失礼だから言わないが、幸村は丸井のこういう所を可愛いと感じている。
かつて自分が歩んできた道を、そっくり辿り直しているのを見ると、同級生なのにまるで後輩ができたようだった。

「結論から言うと、特段丸井と春日は仲違いした、というわけでもないのか?」
「まあそうでしょうねw」
「ただ・・・誤解は解かないとな。春日は気にしてそうだったし。」
「そこは、柳と柳生が上手くやってくれとるんじゃないんか。得意分野じゃろ。」
「それもそうなんだけど・・・」

丸井達とちょっと離れた所で、他のメンツは談笑していた。
この手のことは、実際付き合っている彼女が居り、かつ紫希とも付き合いが長い幸村に任せとくのが良い。と、皆自然に思っているのだ。(真田は気づいてないが。)

「確かに、柳と柳生が揃っていて妙なことにもなるまい。安心しても良いだろうな。」
「ほう?やけに不安がるの。」
「不安、というのもやや表現が間違っている気がするが、丸井は今日一条郁と仲睦まじく歩いていたのだろう?」

全員が、その真田の発言にちょっと顔色を変えた。

「そのことと、春日との揉め事が同時に起こったというのならば、もしやまたテニス部が絡む話やもしれんと警戒していたんだ。だが、そういう話でもなく単に偶然と言うのであれば、さほど案じる必要も・・・どうした、お前達。揃って妙な顔をしているぞ。」
「・・・つかぬことを聞いて良いかなw」
「なんだ?」
「今日一条郁と仲睦まじくって、どこ情報なの?」
「どこと言うより、漏れ聞こえてくるだろう。噂と言う奴だ。まあ、丸井と一条の噂は今に始まったことではないから、春日の件を聞くまではさほど気にしてもいなかったが。」
「マジかー・・・聞き逃してたわ、アレかなw嫌なことは聞きたくないって言う、無意識の防衛本能かなw」
「かもな・・・」

真田はある意味態度がフラットで、別に丸井が誰と仲良くしてようが構わないと思っている。だから、噂をちゃんと聞く余裕があるのだろう。
棗達と違って。

「ま、5人居て2人残して、他3人が離れて歩いとったからの。そう見えてもおかしくないじゃろ。」
「お前・・・」
「なんじゃ?」
「やっぱり見てたな・・・?逃げたフリして・・・・」
「プリッ。」
「ちょっと待ってw5人は人数合わないなと思ったら、お前やっぱ離脱してたのw」
「おい!またさぼったのか!」
「人聞きが悪いの、ちいと別行動しとっただけじゃ。見学はちゃんとしとったき。」
「居てやれよw可哀想だろ桑原がw」
「お断りじゃ、面倒ダニ。嫌いっちゅうほどでも無いが、正直マネジの中でも、あの2人は傍に居ると居心地が悪い部類に入るナリ。」
「わからんでもないけどw」

そう、わからんでもないのだ。
わからんでもないから、桑原も呼び戻しまではしなかった。
自分も大変だが、呼び戻すのも可哀想と思ったから。

真田辺りはわかってなくて、そりが合わないからと言って避けるな、みたいなことを言ってるが。

カンカンカン!

「ん?」
「お?なーにー?窓ー?」
「待て五十嵐、俺が開けよう。」

真田が紀伊梨を抑えて前に出た。

比較的治安良いとはいえ、日本よりは治安が悪い国。それがイギリスである。(というか、日本と同レベル以上の治安の良さである国の方が少ないのだが)
不審者の可能性もあるので、真田は慎重に近づいて窓をゆっくり開けた。

「・・・お前か。」

カア。

窓に居たのは、カーラだった。

カーラはホテルまでついてきたのだが、入る直前リュックから飛び降りて、すぐ姿を消してしまった。

まあ依頼主の女性も住まいが近いと言ってたから、勝手に帰ったのだろうと皆思っていたのだが。

カア。

「あ、こら!」

カーラは、中に入ると我が物顔で廊下の奥の方に進んで行った。

ついていくべきだろう。
今たまたまロビーには一同しか居ないが、ホテルスタッフとか他の生徒が見たら、追い出されるまではよしんば仕方ないとしても、いじめられる可能性がある。

飛ばれることも考えると、多分全員で行った方が良いと思われるが。

「丸井は、待っていたら?そろそろ春日達も食事が終わると思うから。」
「ん。」
「ねー、皆で行くよね!?皆で行くでしょ!?ねえ!」
「はいはい、置いてかないからくっつかないで。進めないでしょ。」
「どうかの。」
「煽るなよ・・・五十嵐、大丈夫だからな?」
「それより早く行かんとw暗い所で黒いものを見失うのは、まあまあ都合悪いぜw」

小走りで散会する一同に、ずるると引きずられるようにしている紀伊梨にちょっと笑って、丸井は手を振った。