そんなわけで、ロビーに一人残った丸井だったが、別行動になって5分程経った頃だった。
「あれ、丸井君1人?珍しいね。」
「ん?お!よう。」
「・・・・・・・」
紫希より先に、郁と林のコンビが通りがかった。
「どうしたの?皆は?」
「今ちょっと、カーラがあっちに逃げちまって。追ってるとこ。」
「君は何もしないのか。」
「俺は春日待ち。まだ飯食ってるから。」
「春日さん?」
「話があるのなら、LINEでもなんでも良いんじゃないか?」
「そうだけど、俺は顔見て話してえの。」
「ふうん・・・」
「・・・・・・」
まあそういうこともあるか。
と林は思った。
そもそもこの2人は、自販機を使いに来ただけだった。
だから、林が話を切り上げたのは、とても当然だった。
「早く出てくると良いね。でもどっちにしろ、そろそろ食堂閉まるから、皆出てくるかな。行こっか、郁。」
「・・・・・・」
「・・・郁?」
「・・・待ってない方が良いんじゃないか。」
「「え?」」
「ほ、ほら!君はほら、今日春日さんの話に対して、つまんない顔をしただろ、春日さん的には待たれても迷惑なんじゃ・・・」
「いやいやいや!いやいやいやいやいや、郁!」
「な、なんだよ・・・」
それはない。
それは無いぞ友よ、と林は思った。
丸井は紫希が好きなのだ。
お気に入りの友達なのだ。
林はそれをよく知っている。
伊達に郁より長くマネージャーやってない。
つまんなそうな顔を今日したのは事実だが、あんなことでどうこうなるような友情じゃない。
そんなデリケートな段階は、もう過ぎているのだ。
その状況でこの勧めはまずい。
辛うじて相手が丸井だから良いようなものの、もっと鋭い人間だったら、「紫希の相手してないで自分の相手をして欲しい」という郁のわがままであることなんて、秒で見抜くだろう。
「あの!丸井君も、私が言うのもなんだけど、あんまり真に受けないで、」
「いや別に、真に受けてねえけどさ。」
しかし。
つくづく丸井は思うのだが。
「お前ってさあ。」
「何だ・・・」
「マジで俺のこと嫌いだよな。」
今のは、郁の臓腑に深く突き刺さった言葉であった。
さっきここで、丸井は幸村から言葉で刺されたわけだが、今度は丸井が郁を刺している。
郁は放心状態。
林は「あちゃー・・・」という心情だが、丸井はせっかく誰も居ないので、かねてからずーっと思ってたことを今言うことにした。
「今だから言うけどさ、俺ってそもそも、お前にテニス部に入って欲しかったんだよな。うちマネジ足んねえじゃん?」
「・・・・それはまあ。」
「あ。やっぱ知ってた?」
「はっきりとは知らなかったが、薄々は勘付いてたよ・・・流石にな。」
でも。
それでも、それを差し引いたとしても、自分に白羽の矢が立ったなら、何か理由があると思っていた。
郁はその中に、「丸井が少なからず自分を気に入ってるから」というものがある、とも思っていたーーー思っていたいのだ。
「まあ、だから最初は友達になってからって思ってたけど。」
「・・・けど?」
「今はもうお前テニス部だし、俺のことは結局嫌いなままだから、あの件の間だけと言わず、これからも距離置くか?」
がん、と頭を殴られたような衝撃だった。
郁にとって。
林はもう何も言えなかった。
友人に対してややきつい物言いだが、「ツケが回ってきた」としか言いようもない。
そりゃあそうだろう。
丸井は平気そうだが、そもそも平気そうなのが不思議なくらい、丸井は郁にきつく当たられていた。
以前丸井が部活で「毛虫みてえな扱いされてる」と言っていたのを林は聞いたことがあるが、それこそ丸井が郁に対して、毛虫のように嫌いだしてもさしておかしくないのである。
ここがイギリスのホテルじゃなかったら。いや、ホテルだったとしてもここじゃなかったら、丸井は郁の顔色がサッと変わったのがわかっただろう。
でも、このホテルはあまり明るいとは言い難いので、微妙な顔色の変化が丸井にはわからない。
どうする。
と林は、郁に対して思った。
良いよ。
というのは、郁にとって嫌なことだ。
嫌だ。
というのも、郁にとって嫌なことだ。
どっちを選んでも、友人は何かしらを失う。
プライドか、恋のアドバンテージか、どっちかを。
と、林は思ったのだが。
「・・・・結局、そうなんだな。」
「ん?」
「君は、最初から嘘吐きなんだな。僕と友達になる気なんてなくて、テニス部の人数が増えるまで友達ぶって、騙してたってことだろう。」
林は、郁の逃亡スキルーーー物理的な話ではなく、精神的な話のーーーを舐めていた。
郁だって、丸井がそんな人間じゃないのは知っている。
というか、そんな器用な真似はできない。
内心気に入らないのに友達ぶるとか、丸井にそんな振舞は無理。
丸井は郁が自分を嫌いだと思っている。
でもそれはそれとして、丸井は別に郁が嫌いじゃないのだ。
郁もそれはわかっている。
本当に丸井が上っ面で友達のふりをしてた、なんて思ってない。
これは、郁が自分の結論を述べることから、逃げを打った結果だった。
こうすることで、丸井からそんなことないよ、を引き出す。
そうなると、後はもう有耶無耶である。
そんなことないと言った手前、丸井の方から離れていきはすまい。
なあなあにしておける。
郁は殊、こういうことに関しては、丸井風に言うとそれこそ天才的であった。
自分の本心を見せず、人に言わせる能力。
果たして丸井は、あっさりそれに引っかかった。
「だから、そうは言ってねえだろい?」
「友情に目的があったことは認めるんだろう?」
「目的はあったけど、目的があるから嘘吐いて友達になるとかはできねえの。友達とは思ってるって。」
「嘘だ。」
「ねえ、ちょっと郁ーーー」
扉の向こうで気配がする。
2人とも気づいてないが、食堂が閉まるのだ。
中にいる生徒達が出てくる。
もうすぐまあまあの人数がここを通過するのに、こんな話人前でしていいものだろうか。
とか思った丁度その時だった。
本当に扉が開いてしまったのだ。
「ねえ2人とも、場所変えようよーーー」
「君は僕のこと嫌いだろう、はっきり言いたまえよ。」
「だあから、そんなことないって。俺はお前のこと、好きだもん。」
柳は扉を開けたことを、心の底から後悔した。
何故。
何故あと、ほんの数秒でも良いから待たなかったのか。
せめて自分達だけであれば、丸井の真意はわかっているから事なきを得られたものを。
自分達の背後には、自分達と同様部屋に戻ろうと、十数人の生徒が控えて立ち止まっているのだ。
「・・・・えと、え、」
「ふっ・・・ふっ・・・ふふふ・・・」
「・・・柳生。」
「すみません、その・・・ここまで不運が重なると、もはやおかしくなってしまって、」
わからんでもない。
結局感情の表現方法が違うだけで、お互いに「まずい事態」と思ってることには変わりないのだ。
紫希も柳も柳生も、丸井がそんな意味で好きだのなんだの言ったわけじゃないのはわかってる。丸井の友達なら、皆わかるだろう。
でも、丸井を良く知らない人達にとっては、告白現場でしかない。
丸井と郁の仲の噂は、多分もう止められない所まで行くだろう。
加えて、郁のいじめを3人の中ではっきり知っているのは柳だけだが、柳生も紫希も基本察しが良い。郁が丸井周りの女子ファンからやっかまれ気味なのは、勘付いている。
これを機に、それが加速することも明らか。
どうしよう、でも今できることは何も、とおろつく紫希に、丸井は目を向けた。
当事者なのに、誰よりも軽いノリで。
「よ!来た来た。」
「こ、こんばんは・・・あの、ええと・・・」
「こんばんは。丸井君だけですか?他の皆さんは?」
「ああ、ちょっと。カーラが逃げちまって、奥へ行ったから。」
「カーラは、ホテル前で姿を消したと聞いていたが。」
「そ。でも、窓から入ってきてさ。」
それで、柳生と柳は大体のことを察した。
烏がホテルに入ってきたら、まあ普通は追い出される。酷い目にあうかもしれない。
そうなる前に、捕まえて逃がす必要がある。だから散会したのだ。
じゃあ丸井だけ残ってるのは何という話になるが、理由なんてもう大体はわかる。
いや、もはや理由なんて何でも良いのかもしれない。
退散するか、と柳と柳生が顔を見合わせた時だった。
「丸井君は、どうして残ったんですか?」
「俺はーーー」
「ごめんね、ちょっと良いかな。」
その不思議と通る声に待て、と言われて従わない人間は少ない。
「幸村君・・・おや、幸村君と黒崎さんだけですか?」
「どうした?他の奴らは?」
「皆返したんだ。」
「返した?」
「ごめんね。本当にごめん、邪魔して悪いとは思ってるんだけど、必ず埋め合わせするから。皆、すぐ部屋に戻ってくれるかな。」
幸村は苦笑している。
千百合は納得いってない顔をしているが。
「え。でも幸村君、俺まだ、」
「うん、わかってるんだ。わかってるけど、帰って欲しいんだよ。すぐ埋め合わせする。誓ってするから、お願い。丸井。」
「・・・・そう?」
「うん。約束するよ。春日たちも。皆、部屋へ帰って。LINEするから、スマホを見ていてね。」
「は、はい・・・」
「・・・まあ、よくわかりませんが。」
「お前がそこまで言うなら、ひとまず従うとしよう。」
「ありがとう、助かるよ。」
言うと、幸村はごく自然に、紫希のさらに後ろーーーつまり、食堂から出ようとして告白現場(違うけど)に引っかかり、成り行きで足を止めていた野次馬に視線をめぐらした。
ギャラリーたちはハッと我に返り、散会した。
まあ、今更散会されても、まあまあ遅くはあるが。
「・・・さて、俺達は皆行くけど。一条さんと林さんは、まだ残るかい?」
「・・・・」
「あ、えと・・・私達ジュース欲しいから、自販機だけ寄って帰る・・・ます・・・」
「そう。じゃあ、おやすみなさい。」
「紫希、帰ろっか。」
ここのロビーは、宿泊エリアを男女で二分した、丁度真ん中にある。
だから分かれている男子と女子が落ち合うのに丁度良いのだが、逆に言うと、ホテルではここしか一緒に居られるポイントは無い。
「行こ。」
「あ・・・はい!えと、皆さん、おやすみ・・・なさい?」
「ふふふっ。うん、おやすみ2人とも。」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
おやすみと言いつつ、本当の「おやすみ」ではないのは、皆わかっていた。
幸村が起きてろ、と言ったから。
だから。
「なあ。」
「はい?」
「後でな。」
紫希におやすみを言わないのも、指先を握ったのも、丸井にとっては当然のことであった。