紫希と紀伊梨が居るグループが今日、ほぼ1日を過ごすのはここ。
レドンホール・マーケットである。
「わー!すごいすごい、かわいーお店いっぱーい!」
ここは、簡単に言うと、イギリス版の商店街である。
ロンドン最古のマーケットとして昔から有名ではあったが、加えてここ20年ほどで急速に日の目を浴びている。その理由は。
「大体、その辺りですね。」
「そうだな。」
「何がじゃ。」
「撮影場所です。」
「撮影場所?」
「ここって、ロケ地なんです。ハリー・ポッターシリーズの、ダイアゴン横丁です。」
作中でもダイアゴン横丁はロンドンにあるとされているが、実はロケ地もちゃんとロンドンなのである。
「まあ、モデルはスコットランドの商店街とされているが。」
「らしいですね。」
「??モデル?撮ったのってここっしょ?」
「ここはロケ地です。」
「????あれ?モデルが・・・ロケ地で・・・ありり?」
「ハリーポッターのショップみたいなのはあんの?」
「ううん、なんていうか・・・多少売ってはいるみたいです。でも、ハリーポッターグッズしかない専用ショップ、っていうのは無いみたいで。」
「へえ。まあでも、歩いてるだけでも良いよな。別世界観あってさ。」
「そうですね、ここはすごくイギリスらしいスポットでも、あっ・・・て・・・・?」
紫希が視線を感じて振り向くと、じいいいっ・・・・と音がしそうな勢いでこっちを見ている男の子が居た。おそらく5歳くらいだろうか。
「(何か、ご用事ですか?)」
「(レイブンクロー生なの?)」
「え?」
彼はビシ!と音がしそうな勢いで、紀伊梨のリュックに乗るカーラを指差した。
「ああ・・・ははあ。なるほど。」
「そう見えるかもしれないな。」
「え?何が?何が?」
「彼は、お前がホグワーツの生徒なんじゃないかと疑っているんだ。」
「????なんで?」
「お前、マジで映画見たのかよ?」
「だってー!もう大分前なんだもーん!」
ハリーポッターシリーズとは、まあ簡単に言うと、主人公のハリーという少年がホグワーツという魔法魔術学校で騒動に巻き込まれる冒険物語である。
ただし、完全にファンタジーの世界しか出てこないわけではない。
舞台はイギリスのロンドンであり、魔法を使えない普通の人間(作中ではマグルと呼ばれる)の近くに学校があったり魔法があったりするのだが、気づいていないという世界観になっている。
ついでに、作中の魔法使いはペットが居るのも普通のことである。
ペットにも蛙だのねずみだのふくろうだのいろいろいるが、多分烏が居てもおかしくはないだろう。
さらにもっというと、舞台となる学校には4つの寮があり、それぞれシンボルになる動物がある。その内のひとつが、レイブンクロー。もろに烏。
だから、烏を手なずけている(ように見える)紀伊梨が、レイブンクローの寮生に見えるのだ。
まあ確かに、ぽいと言えばぽいけど。
「レイブンクローって、すげえ賢いとこじゃなかったっけ?」
「そうですよ。冷静沈着で、勉学が得意な魔法使いの寮です。」
「へー!ぜってえ違うじゃん。」
「ひっどー!」
仮に本当に魔法魔術学校があったとしても、少なくとも紀伊梨はレイブンクローではあるまい。
多分グリフィンドール(勇敢な者が入れると言われる寮)というか、グリフィンドール以外入れないだろうなと思いつつ、柳は女の子に返事をした。
「(残念だが、俺達はホグワーツの生徒じゃないんだ。)」
「(嘘だ、ペットを連れてるじゃんか。それも犬や猫じゃない、烏だよ。パーセルタング(動物と会話する能力を持つ者)なんでしょ?)」
「(まあ、そう見えてもしょうがないかとは思いますが、違うんです。)」
実際はこっちが烏の言葉をわかるというより、カーラが賢過ぎて人間みたいな振舞してくれてるだけなのだ。
それこそ、その烏はホグワーツから逃げたのだと言われたら、納得しかねないレベルで。
「(本当のこと言って!)」
「(言ってるっての。)」
「(お願い、誰にも言わないから!)」
「(申し訳ないんですけど、別に嘘を言ってるわけじゃないんです。私達は日本のーーー)」
「Alex!」
アレックス、と呼ばれた男の子が振り向いた先には、アレックスよりもう2、3くらい上の女の子が居た。
「(居なくなったと思ったら・・・いい加減にしなさいよ!毎回毎回!)」
「(何だよ!エミリーの馬鹿!)」
「(馬鹿はあんたでしょ!道行く人に魔法使いだ魔法使いだって!魔法使いなんか居ないのよ!)」
「(居るもん!)」
「え?え?何々?ちょっとー!なんなのかわかんないけど喧嘩は駄目ですぞっ!」
「ただ、難しくはありますね。あの年頃の子が抱く夢というのは。」
「まあ、そうだな。」
魔法使いは居るのだと信じる弟。
一方で、現実見ろよという姉。
姉も、弟がもう少し大人しければ、ここまで言わないのかもしれないが。
何分、お前魔法使いだろと通行人に聞いて回るようなことをされたら、放ってもおけないのだろう。
「困りましたね、どうしましょう・・・」
「親も居ねえみたいだしな・・・あー、ほら。もうそんな、強く掴んでやるなってばーーーうお!」
見かねた丸井が兄弟を引き剝がすと、アレックスは丸井にしがみついてきた。
「(ねえ!お兄ちゃん魔法使いなんでしょ!?)」
「へ?」
「(ねえってば!ねえ・・・)」
アレックスは、目に涙をいっぱいに浮かべていた。
アレックスも、本当は心のどこかで現実の気配を感じているのだ。
魔法使いなんて、本当はこの世に居ない。
ホグワーツなんて、ロンドンのどこにもない。
でも、それを認めたくないから、余計に躍起になって証拠を探してしまう。
「・・・・・・・」
丸井は逡巡した。
一瞬だけ。
「(・・・しょうがねえな、誰にも言うなよ?)」
柳生と柳が、ぎょっとした顔で自分の方を向いたのを気配で感じ取って、丸井はちょっと笑ってしまった。
そこの二人はリアリストだから、丸井の行動を褒められたもんじゃない、と思うかもしれなかった。
現実を教えた方が、結局は本人のためになる。
その考えもわからんではない。
わからんではないけど、丸井自身は、「夢見てる内は周りが見せてやっても良いじゃないか」派であった。
「(・・・本当?)」
「(嘘よ!)」
エミリーが割って入った。
「(だってさっき、ホグワーツ生じゃないって言ったわ!魔法使いなら、本物のダイアゴンに入れるの?どこにあるの?魔法が使えるの?できないでしょ!)」
そう。
この手の夢を見せづらいのは、こういうことを言われると反論が難しいからである。
エミリーも、それをわかってて言ってるに違いなかった。
さあて、どうしようかな。
と丸井が考えるより、紫希の方が早かった。
「(私達、日本から来たんです。日本のマホウトコロから。ですから、イギリスの魔法使いのことは、よくわからなくて。)」
「え?」
「(マホウ・・・何?)」
「(マホウトコロです。日本の魔法魔術学校です。)」
「(日本に魔法学校があるの!?)」
「(ええ。アジアでは、日本だけですけど。)」
(・・・そうなのですか?)
(確かに、そういうデータはある。)
(なんと。公式の設定でしたか。)
「ねーねー!なんの話してるのー!?」
「俺達は魔法使いだ、ということだ。」
「へ?」
「(日本のどこにあるの?)」
「(うんと南の方ですよ。)」
「(寮はどんなのがあるの?)」
「(うちは、組み分けが無いんです。通学している人も居ますから。)」
「(箒に乗って?)」
「(日本では、大燕に乗りますね。)」
「(じゃあ、クィディッチは上手じゃないの?)」
「(しー・・・うちは、クィディッチが上手ですよ。この間もイギリスを破っちゃいましたから、こっちの魔法使いに聞かれてしまうと、気を悪くされますよ。)」
アレックスの目は、紫希が話すたびにきらきらと輝く。
一方で、紫希は必死に記憶の引き出しを開け閉めして、少ない少ない「マホウトコロに関して覚えていること」を集めているのだ。
内心で焦っていることは、握っているスカートを見ればわかる。笑っているけど、全然リラックスしていない。
「(みんなマホウトコロから来てるの?)」
「(そうだが、あまり大声で学校の名前を言わないでくれないか。他国でごたごたを起こしたくないからな。)」
そろそろ限界だった紫希から、柳が会話を引き取った。
アレックスの意識はだんだんハリー・ポッターの設定から今現在の一同の状況に変わり、柳生辺りはせがまれて軽い魔法(手品)の準備を始めた。
紀伊梨がいつの間にかアレックスと一緒になっているのは、まあいつものこと。
「ふうう・・・・」
「お疲れ!ファインプレイだったぜい?サンキュ!」
「いえ、そんなの・・・私、どっちかというと、丸井君にお礼が言いたくて。」
「俺に?」
「はい。私も、同じようにしたかったんですけど・・・できるかどうか迷ってしまって・・・」
そう、紫希は迷ったのだ。
アレックスに対し、どう対応するのが正解なのか。
本当は夢を見せ続けてあげたいけど、できるかどうか。
失敗したら、むしろ壊すことになる。
そう迷ってる間に、丸井がスッと前に出て、舵を切ってくれた。
紫希は丸井のこういう所を、尊敬して止まない。
「丸井君が言い出してくれて、すごく助かりました。」
「そお?俺はお前が乗っかってくれて助かっ・・・ん?」
柳生の手品に沸くアレックスと紀伊梨に対し、エミリーは丸井と紫希を見上げていた。
人の見上げ方がアレックスにそっくり、とか丸井は思ったが、紫希は「日本語が分かっていてすべてがバレてるのでは」とひやっとした。
丸井はエミリーと目線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「(何だよ?)」
「(・・・貴方達、本当に魔法使いなの?)」
「(だから、そうだって。)」
「(なら、私達の両親を探せる?)」
「(居ないんですか?)」
「(たまにあるのよ。アレックスが今日みたいに、すぐふらふらどこかへ行っちゃうもんだから。)」
その様子から、2人はこの兄弟が迷子慣れしているのを感じた。
良くあることだけど、それはそれとして探すのが面倒なのだろう。
「(ここのマーケットからは出てないんだろい?)」
「(多分ね。今探してると思う。)」
「(なら大丈夫だよ。あっちにいつも大声呪文かかってる奴居るから、後で呼んでもらおうぜい?)」
「ふふふっ!」
違いなかった。
紀伊梨なら、マーケット中に響くような大声を出せるだろう。
「(エミリー!エミリー!)」
「(何よ・・・どうしたの、その袋。)」
「(貰ったの!)」
アレックスの手には、柳辺りがあげたのであろう、交通安全のお守りがあった。
親に黙ってお菓子はまずい、という判断だろう。多分。
アレックスはエミリーが何か言う前に、またさっと戻って行ってしまった。
「(すっかり元気ですね。)」
「(良かったじゃん?)」
「(ええ、本当に)」
「(・・・そうね。アレックスがあんなに元気なのは、久しぶり。)」
「(そうなんですか・・・?)」
「(ええ。家でも、ずーっと魔法使いのことばっかり悩んでたから。)」
「(あ!お父さん!お母さん!)」
柳と柳生の、さらに背後の方から、かけてくるイギリス人の夫婦の姿が見えた。
アレックス!エミリー!と叫んでるのも聞こえる。
呼ぶまでもなく会えて、良かったな。
と全員が思った時だった。
「(魔法使いさん。)」
「(ん?)」
「(ありがとう。とっても助かったわ。)」
chu
可愛いリップノイズが響いて、全員が固まった。
アレックスとエミリーの父らしき人の手から、買い物袋ががさっと落ちた音を聞いて、アレックスだけが「卵が割れちゃったかな?」と思っていた。