Queen’s country: The Natural History Museum - 5/7


リラの話はこうだった。

オフレコだが、今内定予定の映画があり、サブキャラとして出演がほぼ決まっているらしい。

そして監督は現在、主人公とリラが扮するシャルロットなる少女の出会いの場を探しており、その内のひとつがロンドン自然史博物館。
完全にロケ地と決まったわけではないけど、実際にリラがそこを見て回っている姿を見て判断したいのだそうだ。

勝手についていって大丈夫かよと一同(一部を除く)は思ったが、リラ自身は全然大丈夫と踏んでいた。

確かに仕事ではあるけど、やることと言ったら博物館を見る姿を見られるだけだし。
自然体の方が参考になると言われてるし。
ついでに本物の出会いのシーンも、友達と一緒にいた時に主人公と巡り合うという流れなので、リラとしては本当の友達がいる分、リアリティがあって良いじゃないくらいに思っていた。

だもんで、一同はロンドン自然史博物館の一角を、イギリスの有名シンガー+映画監督+何人かのスタッフと見て回る権利を得たのだった。








「ふうん。」
「どうかしたのかい?」
「いや。見るだけなら、一部とはいえわざわざ貸し切りにせんでもと思ったんだけどさ。」
「ああ。結構居るね、スタッフの人達が。」

ロンドン自然史博物館は、現在一部が監督によって貸し切られていた。
リラ達は見ているだけで良いが、実際どういう画が撮れるかとか、音響の問題とかを確かめるために、各種スタッフが結構うろついてあれこれしている。

確かにこれは貸し切らないと迷惑になるな、と千百合は納得したのだった。

「映画というのは、いろいろ考えるものなのだな。」
「ですね。まあ、舞台裏を見られる経験など滅多にありません。修学という意味では、とても貴重な体験だと思いますよ?」
「む・・・そうか。そういうものか。」

柳生は上手いなあ、と一同は思った。
こんなの、それこそものの取りようという奴で、見方によっては友達にくっついて遊んでるだけなのだが。

「これなんだろ。」
「あ、千百合それは。」

幸村は千百合の肩を抱くようにして、展示物からちょっと引き離した。

「何?」
「白亜紀のカブトムシの化石だよ。」
「・・・・・・・」
「見たい?化石なら平気かな?」
「平気だけど見たくはない。ありがとう。」
「あははっ!」
「動かんのだから、何も危ないことなどないだろう。」
「危ないとかそういう問題じゃねえんだよ。」
「真田君、脅威性と嫌悪感はまた別のものですよ。」
「そうか?」
「真田君も、流行ものは肌に合わないと言っていたでしょう?あれと同じですよ。」
「むう・・・」

それでも、これは勉強の一環なんだからちゃんと見ろよ。
と、内心で思っていることを幸村も柳生も察して、幸村はすっと千百合の手を引いて、他所へ離れた。

「・・・ありがと。」
「ふふ、別に大したことはしてないよ。ああ、カエルの化石だ。スペインのテルエルだって。」
「テルエルってどの辺?」
「そうだね、中心から結構東かな。南北方向的にはちょうど真ん中だから、ざっくりマドリードから東に直進した辺り・・・何ですか?」
「え?」

千百合が振り向くと、いつの間にか知らない女性がカメラを構えて、幸村と千百合を写していた。
いや、知らないと言っても、ここに居る時点でスタッフではあるんだろうけど。
それでも、自分達は撮影の対象にならないと思うのだが。

「(ごめんね。絵になる風景だったから、つい。)」
「(絵に・・・)」
「(リラの友達の坊や、あなたお名前は?)」
「(・・・幸村精市と言います。)」
「(精市?精市ね。精市、あなたすっごく良いわね。)」
「(良いとは?)」
「(なんていうのかしら、そう・・・エレガントだわ。オーラがあるというか。)」

わかる。
千百合は内心で言った。

「(リラのお友達でしょ?貴方達も、芸能関係の子なの?)」
「(いいえ、まったく。)」
「(あら、そうなの。ねえ精市、どう?モデルとして、売り出してみない?貴方なら、きっと売れると思うのよ。)」

知ってる。
というか、そんなこと幸村の友達なら、皆知ってる。

本屋なんかで売ってる雑誌に乗ってる、ファッションモデルの子役。
あれに幸村が混じっていたって、多分幸村は少しも浮かない。
というか、その辺のちょっとしたモデルだったら、多分食ってしまう。

幸村は、あくまで穏やかな微笑を浮かべて言った。

「(残念ですが、遠慮しておきます。僕は僕で、これでも普段はやることがあるので。)」
「(あらそうなの?まあ、良いわ。気が向いたら、ここに連絡を頂戴。)」

彼女はさっとメモを渡して、去って行った。
メモには連絡先と、彼女の名前っぽいものが書いてある。

「名刺じゃないんだ。」
「ああ、イギリスの名刺文化は、日本と違うんだよ。」
「無いの?」
「ううん。あるけど・・・なんだったかな、パーティーとかだけで使うもの、だったかな?」
「へえ。」

言いながら、千百合はじっとそのメモを見つめた。

どれだけ見たって、電話番号と名前しか書いてない。
書いてないけど。

「気になるかい?」
「・・・うーん。」
「?」
「今は気にならないけど。」

幸村精市は、中学1年生である。

一般的に、欧米人から見て、日本人は若く見えるらしい。
さっきの彼女から見て、幸村は正に「オーラのある子供」であろう。

でも、今だけだ。
もう何年かしたら、これが子供でなくて、青年になる。
声をかけられる理由も、モデルにならない、じゃなくてデートしない、になる。
その時は多分、余計な一言が書き足された状態のメモが量産されるのだ。

連絡欲しいとか。
会いたいとか。
楽しみにしてるとか。

女房思うほど亭主モテもせず、なんて言葉があるが、幸村に対してそれは通らないことは、千百合だけじゃなく友達なら皆知っている。

「気にならないのに見てるの?」
「今の内見ておこうと思って。」
「うん・・・?」

多分、いずれ全部見るのは不可能になる。
そういうレベルになる未来は、今既に見えているので。

「・・・良くわからないけど、まだしまわない方が良いかい?」
「いや。しまうのはいつでも良いよ。」
「そう?」

幸村は、育ちが良い。
だから、例えどんなに要らないものでも、本人の前で本人から貰ったものを捨てるとかそういうことはしない。
この丁寧に畳まれたメモがポケットを経由してゴミ箱に行くのは、ホテルに帰ってからである。

「行こうか。」
「・・・・ん。」

そうやって当たり前みたいに出された手を取ると、少なくともあのメモよりは幸村の手の中に居られる時間は長いから、と小さい優越感を覚えて、ちょっと溜飲が下がった。