Queen’s country: The Natural History Museum - 7/7


「・・・・・・・・・」
「(・・・・あの。)」
「(な、なんだ?)」
「(こっちはこっちで、邪魔しないように見てるんで・・・リラさんの方に戻ってもらっても。)」

マックスは、リラに言いつけられている。自分は良いから、自分の友達を丁重にもてなすようにと。
だから、この場に何人も居る中でも、特にリラと縁が深い紀伊梨についている。

いや、つきたいのだ。
それはわかる。見ていれば。
ただ。

(そんな遠くから見てるだけじゃ、本当に文字どおり「見てる」だけなんだけどな・・・)

「ねー桑ちゃん!見てみて、すごーい!おっきーい!強かったのかなー、この恐竜さん!」
「いや、草食って書いてあるから・・・強かったかどうかは。」
「へー。そなの?」
「書いてあるだろ、そこに・・・」
「だって、日本語じゃないんだもーん!」

そう。
紀伊梨は、英語がろくすっぽ読めない。
し、話せない。

マックスはおそらく、日本語への理解力の低さから、紀伊梨に近づけないのだ。
マックスは英語しか話せない。
紀伊梨は日本語しか話せない。

それでも。

「あ、あっちにも何かある!ねーねー、あっちは行って良いの?」
「(・・・・!な、な、な、なんだ!?)」
「あっち見て良い?」
「あ、アッチ・・・?」
「(あっちも見て良いのか、だそうです。)」
「(あ、ああ・・・あっちは今カメラマンが居るから、もう少し後にしろ。)」
「スタッフさんが行った後にしてくれって。」
「おっけー!」

紀伊梨は、話せないとか関係なくマックスに平気で話しかけに行く。
だが、マックスはだめだ。てんでだめ。
意思疎通しようという意思がいまいち感じられない。

これは、桑原から言わせれば、言語云々以前の問題であった。
最初からもうやり取りを諦めきっているのだ。

(これっていわゆる、0・100思考ってやつか・・・?)

完璧じゃないなら何もしない方が良い。
みたいな思想の人間はたまに居るが、マックスもそうなのだろうか。

でも、ブラジルから日本に来た桑原としては、その思考では自分達と関われまいと思う。

「ほえー・・・・」
「・・・?何見てるんだ?」
「あのカメラおっきいなー、と思って!」
「ああ、まあ・・・そりゃあ、映画撮ろうっていうんだしな。」
「ねー!すごいよねー、リラちん!歌手なのに映画も出るんだよ!・・・あり?」
「ん?」
「そーいえばリラちんって、なんで映画出るんだろ?歌手なのに。ねーねー!」
「What?」
「リラちんって、なんで映画出るの?えーと、だから、ホワイ・・・ホワイ・・・ムービー?」
「???」
「(彼女は、どうして歌手なのに映画のオファーを受けたのかって。)」
「(ああ、そのことか・・・まあ、単純に、彼女のやる役ーーーシャルロットは、歌唱力が要求されるキャラクターだから、最初からシンガーを使うのは想定されてたんだ。)」
「役柄的に、最初から歌手の中で選ぶつもりだったんだとさ。」
「へー!」
「(オーディションを受けたのは、まあ・・・向上心の表われかな。)」
「(向上心・・・?)」
「(彼女は何というか、夏にスランプを脱却してから、見違えるように溌溂としてね。今までチャレンジしてこなかったことにも、積極的にトライしてるんだ。もちろん、上手くいくことばっかりじゃないけど、それでもなんだか元気を失ってないし。だから、今回のシャルロット役も、変化した彼女が射止めた役というかーーー)」

そこまで語って、マックスはハッとした顔になり、口を噤んだ。
ちょっとテンション上がり過ぎた、と思ったのだろう。

「(ごほん!まあとにかく、そういうわけだ。)」
「へえ・・・ああ、えっとな、五十嵐。彼女は、最近いろんな仕事にチャレンジしてるんだってさ。」
「・・・・・・」
「なんだか、前向きに元気に取り組めてるらしくて、だから歌手の仕事にこだわるんじゃなく、自分の可能性を試してみようって、思ってる、の、かも・・・」
「・・・・・・」
「・・・五十嵐?」
「・・・ねー、桑ちゃん。」
「ん?」
「マッくんってさー。」
「待ってくれ、その前にマッくんって、マックスさんのことか・・・?」
「え?何か変?」
「いや、まあ・・・向こうは日本語よくわかってないみたいだし、良いか・・・うん。それで?マックスさんがなんだ?」

「リラちんのこと好きなのかな?」

「・・・・!」

桑原は急いで紀伊梨の口に手を当てた。

本当かどうかはさておいて、疑惑でも「マネージャーが担当タレントを好き」というのは、とてもリスキーな響きである。

紀伊梨の言葉は日本語なので、今なんて言ったか正確に分かった人はほぼ居ないと思うけど、それでも。

(馬鹿!言うな!そういうことを!)
「え、なんでー?」
(あのなあ・・・マネージャーって言うのは、タレントのサポートが仕事なんだぞ?それなのにタレントを好きになっちゃったら、仕事する気ないだろって思われて、立場がまずくなるんだよ!)
「でもそーだと思うのにー。」
(本当かどうかじゃなくて、本当だとしても口に出しちゃいけないんだよ!)
「えー?」

なんだか納得いってない風だが、とにかく止めろと言われたことはわかったので、紀伊梨はしぶしぶ言うのを止めにした。

紀伊梨は、なぜマネージャーが担当タレントを好きで悪いのか、それがまったくわからない。
こう言う所が、紀伊梨の世間知らずな所であり。紀伊梨らしい所でもあり。

「はあ・・・それで?なんでそう思うんだ?」
「えー、だってー。マッくん、話してる時すごい楽しそうだったからさー。」
「ああ・・・・でも、それだけでそうかどうかは、」
「それだけじゃなくてー!いや、それなんだけどー!こう・・・何か顔がヒトくんと同じだった感じがしてさー。」

紀伊梨は恋をしたことがない。
でも、恋している人は結構周りに居るのである。

特に、この夏フェスで会った一氏の存在は、紀伊梨にとって大きかった。人が恋に目覚める瞬間を、目の前で見ることになったのだから。

今のマックスは、あの時の一氏によく似ている。
そして、あの時の一氏に似ているというのは、つまりそういうことではと思うのだ。

「ヒト君って誰か知らないけど・・・まあ、五十嵐がそう思うんなら、そうなのかもしれないけど・・・ただなあ・・・」
「えー、駄目?」
「駄目・・・まあ、そうだな、あらゆる方向で駄目かも・・・」

立場もそうではと思うのだが。
そもそも、今のマックスはリラからの印象として、多分それほどよろしくない。
それは見ていればわかる。

「そんな駄目ー!?そこまで!?」
「いやまあ、何ていうかその・・・ええと、説明が難しいな、」

なんで博物館で人に恋愛の解説なんてしないといけないのだろう。
苦悩する桑原のリュックの上で、カーラがカア、と一声鳴いた。