Outing 5 - 3/7


「・・・と!ゆーわけで!皆でべ様のヘリコプターに乗せて貰って、帰ってきたわけであります!」

ビードロズは、ヘリが去った後先ず何よりも「どうしてこうなった」かの経緯を説明せねばならなかった。
事実関係自体はそれ程ややこしくは無いので、説明そのものは楽だったが。

「俄かには信じ難いね・・・」
「分かるけど、本当なの。」
「信じてとしか言えんなあw」
「俄かってなーに?」
「急に、という意味です。」

信じ難くはあるけれど、実際ヘリで帰って来たのが証拠と言えば証拠である。
あれを見せられたら信じないわけにもいかない。

「事実は小説より奇なりっちゅうところぜよ。」
「ま、そうとしか言いようが無いわね。」
「氷帝学園か。柳、データはあるのか?」
「無論だ真田。が・・・あるにはあるが、今回の件で見方を改めねばならないな。」
「と、言いますと?」
「氷帝学園のデータには、信憑性が薄いとして処理しかねていたものが幾つもある。各部活に一棟規模の部室があったり、プロのスポーツ選手が用いるような最新レベルのトレーニング器具を、中学生仕様にオーダーメイドして設置していたり、など。一般的に私立の学園というのはある程度の経済力はあるものだが、此処までとなると流石に鵜呑みには出来ない。そう思っていたのだが・・・」
「べ様だったらそのくらい出来るんじゃないかなー?」
「その通りだ。これらは全て真実であるとして、データの蓄積を進めなければなるまい。」
「どういう財力だよ!」

桑原のツッコミは全員の総意であった。
げに恐ろしきは、その財力を持って居るのが、学園ではなく一個人という点であろう。

「彼奴「コンビニに行きたい?自転車貸そっか?」なノリで「神奈川に行きたい?リムジンを出そうか?」って言うような奴だからねw」
「色々おかしいだろい。」
「常識っていう意味ではかなり頭悪いわよ彼奴。」
「う、ううん・・・知識は深い人でしたけれど。」
「やなぎー!べ様の事も知ってるのー?」
「ふむ。そうだな、跡部景吾の個人データとしては・・・」

ページを繰る柳の手を、皆固唾を飲んで見守る。結局皆、気になるのである。

「名前は跡部景吾。跡部財閥の御曹司で、中学に上がる迄イギリスにいた。テニスの腕前はかなりのもので、1年生にして氷帝学園テニス部の部長に上り詰めている。」
「ほう!敵ながら、極めて優秀なプレイヤーだと見えるな。」
「そうだね。全国区の氷帝学園に於いて、部長が務まる実力の持ち主となると。」
「おんぞーしってなーにー?」
「ええと、この場合はとても良い家柄の家族の中で息子に当たる人、という意味です。」
「因みに。」

柳はノートをパタン、と閉じた。

「跡部財閥の総資産は、某国家の国家予算の数倍だそうだ。」
「こっ・・・は?」
「千百合っち真顔になってるおー!」
「数倍てw」

(東京バナナ代が端金と言われてしまうわけですね・・・)

そりゃあ自家用ヘリも飛ぶし、リムジンだって出るというものである。

「でも楽しかったなー!新しい友達たっくさん出来たし、ヘリにも乗れたし、違う学校に入れちゃったし!」
「まあ盛り沢山ではあったわw」
「他所の学校のテニス部って言うのは、結構マジに羨ましいな。俺も見てみたい。」
「ジャッカルもか!俺も見学してみてえだろい。」
「私達、可憐ちゃんの手助けをしたいと思っただけだったんですけれどね。」
「それが気がついたら、テニス部がどうだのヘリがどうだのとかいう話になるでしょ?吃驚するわよ。」

そんなつもりじゃありませんので!のオンパレードだった。聞き入れちゃ貰えなかったけれど。

「でも、俺達も吃驚したよ。連絡が遅いから何かあったのかと思ったら、ヘリで帰ってくるって言うし。」
「だってほんとだもーん!」
「すみません、そうとしか言えなくて・・・」
「今日1日、ずっと心配しとったからのう。」
「ご心配をおかけしましてw」
「おい、黒崎千百合!聞いとるのか、お前の事だぞ!」
「うっさいわ!」

分かってる。
分かってるから返事しづらいのだ。

そりゃあ心配かけた事は申し訳無いし嬉しいけれど、其処は恥ずかしさも伴っていることに真田は気づかないのだろう。真田のこういう所が は千百合はやっぱり癪に障る。

(・・・精市の心配の仕方って、擽ったいんだもん。)

幸村の心配の仕方というのは、こういうと変な響きだが、有り体にいうと「パーフェクト」なのである。

友達として、無事に帰って来てねと心配してくれるし。
男子として、女の子なんだから危ない事には気をつけてねと心配してくれるし。
恋人として、守ってあげられないけど大丈夫かと心配してくれるし。

自分に対して其処まで心を砕いてくれる異性が居て、それが幸村であるという事実が千百合にはこそばゆくて、嬉し恥ずかしくて、リアクションに困る。

「良いんだよ弦一郎。」
「だが、」
「俺が勝手に心配してるんだから。恩に着せたいわけでもなんでもないし。」
「むう・・・」
「いや真田、俺が許すからもっと言ってやってくれw」
「ちょっと・・・!」
「ま、まあまあまあ、千百合ちゃん!」

先日も話を聞いたが、棗は何も、意地悪やからかいで言っているわけではない。兄として、幸村の気持にもっと感謝すべきと思うが故の行動なのだ。

「ところで、五十嵐?」
「うん?ブンブンなーに?」
「お前らさっきから、テニスショップで桐生に会ってからの話ばっかりしてっけど、会場の下見は出来たわけ?」

(((あ)))

嫌な事を思い出した。
いや、嫌なばかりではなかったのだけれど。

「・・・・・」

無言になる紫希。

(まだちょっと落ち込んでるわね・・・まあ今日の今日で立ち直れってのも無理な話か。紫希の性格的に。)
(まあ、作詞してますって言っただけで腰抜けだの大嫌いだのってキッツいわなー。)

八つ当たりだという事は分かっても、「なあんだ、じゃあ私悪くないね!」なんて開き直れるような性格の紫希ではない。
気にしなくて良いと思っていても、言われた時の相手の声とか、顔とかがリフレインしてしまって。

「・・・んーとね、会場は行ったよ!ちょー大きかったよ!写真がねー、えっとねー、」
「これは・・・ドーナツ状になっているのか?」
「やなぎー、あったりー!」
「へえ、神話モチーフか。凝ってるね。」
「良く分かるわね、精市。」
「神話モチーフ?このリボンがやたらついてるのも神話なのか?」
「なんじゃ桑原知らんのか。ミューズっちゅう女神の話ぜよ。」

紀伊梨のスマホを囲んで話す一同の後方で、棗は丸井をそっと近くに呼んだ。

「ちょっと、其処のウィザードリィな彼w」
「ん?なんだよ・・・っていうか、ウィザードリィっていうのがそもそもなんだよ?」
「まあまあそれはちょっと置いといてよw実は折り入って頼みたい事があってさー。」

棗の目元が俄かに引き締まった。
声も小声になり、ちょっと真面目よりな雰囲気を感じとった丸井も、自然声の音量が落ちる。

「何?」
「実はさー、今日会場で他のバンドグループに会ってね?」
「おう。」
「それでちょっと、紫希の奴キツい事言われちゃったのよ。」
「キツい・・・?」
「そう。俺達もフォローしてるし、本人も頭では分かってると思うんだけどさ。ちょっとブンブン君からも何か、言えそうな事あったら言ってやってくんない?」

これは棗の希望が半分入った頼みであった。
仲の良さの度合いとは別の所で、丸井なら。この魔法使い様なら紫希に対して何かこう、自分達では思いつかないタイプのフォローをして、パッと元気にしてくれるんじゃないか?という希望が。

「具体的に何して何言われたんだよ?」
「何もしてはいないw単に其奴の嫌いな奴と紫希がダブって八つ当たられたってだけw言われた事はそーねー・・・まあ例えば、詩なんてただの文字の羅列だから、誰でも出来るとか?」

「その通りじゃね?」

心底その通りと思っているが故に、急に声のトーンがひそひそ声から元に戻る丸井。

え、という呻きが棗の喉の奥から出た。

「何の話してるのー?その通りって何がー?」
「いや、黒崎がよ。詩なんてただの文字の羅列とか、誰でも出来るとか言うからその通りだなって話。」

(ちょ・・・!)

これは流石の棗も焦る。
慌てて紫希を伺うと、俯いて泣きそうな顔をしている。

「ちょいブンブン君、」
「だってそうだろい?小学校の時とかも授業でやらされたりすんじゃん。幼稚園児でも書こうと思えば書けるし。詩ってそういうもんだろい。」

懐かしい記憶。
国語が得意教科である丸井は、小学校の頃、国語の時間に詩を書かされた事を今でも覚えている。

国語の好きな奴も、嫌いな奴も、得意な奴も不得意な奴も、皆思い思いに書いていて、その光景を見て思ったのだ。
ああ。詩って誰にでも出来るんだな、と。

だから。


「だから!詩人とか作詞家っていうのは、勇気のある奴しかなれねえんだぜ?」


(・・・え?)

丸井は紫希が顔を上げたのに気づかない。

「そーなの!?勇気のある人がなれるの!?なんで!?」
「だって誰でも出来るから、並べられたら上手いとか下手とか、どっちが好きとか嫌いとかすぐ分かっちまうだろい?」

字を書くのと一緒である。
誰だって字は書けるが、書く字には上手い下手があって、どちらが優れているかは並べられると誰の目にも一目瞭然だ。

「皆がやろうと思ったら出来る事で評価を貰うのは大変なんだ、って小学校の頃先生が言ってたんだよ。詩もその内の1つだから、詩人は心の強い勇気のある人がなるもんなんだって教えられて、あーそうだな、って思って・・・春日!?」

「っく・・・ふう・・・」

ああいけない。
そう思うのに、紫希の目は本人の意向をガン無視して、ポロポロと思いのままに涙を流す。

「おい!ちょ、何、どう、」
「泣ーかした泣ーかしたー。」
「おい、黒崎!」
「せーんせーに言ってやろー。ふふっ。」
「幸村君!?」
「丸井!貴様何をやっとるか何を!」
「女泣かせな奴じゃの。」
「いやいやいや!」
「ちが・・・ぅくっ・・・違います、大丈夫ですから・・・」

キツい事言われるのは耐えられても、優しい言葉をかけられるのには耐えられない。
幼馴染達は慣れたものだから泣き止むまでにこにこ待ってくれてるけど、丸井は分かっていないだろうから説明しないと。

「お、おいあれは良いのか?ブン太の言った事が何か、気に障ったんじゃ・・・」
「大丈夫だよー!紫希ぴょんが泣くのは、大体嬉しい時とかホッとした時だからね!」
「喜びもストレスの内・・・というやつだな。」
「御明察だやなぎー君w」


「ふっ、ごめ、ごめんなさ・・・・違いますから、大丈夫ですから・・・」
「いや、何がだよ・・・」

どこがどう大丈夫なのか丸井にはさっぱり分からない。
後ろで見てる奴らは微笑むばかりで、全然手を貸してくれないし。
なんと言ったものか。

「え、えと、あの・・・」
「ふっ、ふうっ・・・」
「あー・・・」
「だ、ご、ごめ・・・・ごめ、なさ・・・うく、ご迷惑、おかけ、して・・・」
「あ、又。」
「ふ・・・?」
「お前、俺が今朝言った事もう忘れてんのかよ?」

今朝。
今朝。

リフレインする朝散歩の記憶。

「・・・・うううううう・・・・!」
「ええええ!?」

痛い痛い。沁みる沁みる。
大嫌いと言われて傷ついた心に、一緒に居て楽しいと言われた思いだし喜びの消毒液は、ちょっと効き過ぎた。

「おい、悪化しているではないか!何をやっとる!」
「駄目だw紫希が干からびて死んでしまうw」
「五十嵐紀伊梨、行ってくるであります!」
「ふふふっ。凄いね、丸井は。」

幸村は純粋に感心する。
あの人見知りな紫希を、僅かに1月で泣かせるとは。

「さ。紀伊梨が居れば大丈夫だろうし、ぼちぼち立ち止ってないで歩くわよ。」
「ほ、本当に良いのか?」
「結構派手に泣いとるぜよ。」
「悪い事で泣いてるわけじゃないから、大丈夫。泣き止むまで、ゆっくり待っててあげれば良いのさ。」
「あのように追い打ちをかけなければ、だな?」

柳がちらっと振り向くと、少し後方では紀伊梨と丸井の1Bコンビが、紫希を間に挟んでやりあっている。

「ブンブン、ちょーっとあっち行ってて!」
「なんでだよ・・・」
「なんでもー!後で泣き止んだら、喋らせてあげるからー!」
「泣き止むまで一緒に居るなって?やなこった。」
「・・・うえええん・・・」
「ほらー!こうなるからー!」

追撃に余念のない丸井を見て、やっぱりウィザードじゃないかと棗は思うのだった。