ロンドン・アイを降りると、一同は来た道を戻ってホテルに帰った。
行きはリラがホテルまで迎えに来てくれたが、帰りは途中で別れて、一同はリラを伴わずホテルまで帰ってきた。
もう夜も遅いし、なんだかんだ、疲れたし、おやすみ。また明日。
そうして別れた所だった。
幸村の部屋の扉を、誰かが叩いたのは。
「・・・・?」
幸村は起きた。
同室のクラスメイトは他に3人居たが、誰も起きていない。
(先生なら名乗るだろうから・・・生徒の誰かかな?)
時間的にも、おそらくそうだろうと思われた。
もう2時である。
まあ、不審者の線はあまり警戒していない。
ここは今関係者しか居ない。他の人間は、入口で跳ね除けられる。
「はい、どちら様・・・あれ?」
扉の向こうには誰も居なかった。
しかし、視線をゆるゆる下へ向けていくと。
「・・・やあ。どうしたんだい、こんな時間に。」
カア。
足下には、カーラが居た。
カーラは廊下の奥へと歩く。
幸村は扉を閉めて、後について行った。
「皆を起こそうか?」
・・・・・
「要らない?」
カア。
「ふふふっ。そう。」
歩いていると、外はまた霧が出ていた。
帰った時は晴れていたのに。
イギリスは霧が酷い。
そう聞いていたけど、こんなに酷いもんだろうか、とも幸村は考えていた。
特に、このホテル周辺だ。
実際、このホテルの霧なしの姿を、幸村はほとんど見られていない。
特に夜はなおさら。
ここにきて3日目になるが、例外なく3日とも霧が出ている。
どんなに日中晴れていても。
どんなに外出先が晴れていてもだ。
リラが尋ねに来た時は晴れていたが、今日も最終的にはやっぱり霧になっている。
イギリスじゃどうか知らないが、少なくとも日本人で霧を吉兆と取る人はほとんど居ないだろう。晴れていれば、その方が良いと皆思うはずだ。
どうも気分的にスッキリしない・・・・と幸村が考え始めたところで、ふと気づいた。
カーラが居ない。
そして、側の窓が開いている。
(ということは・・・・)
窓を覗くと、人間のカーラが立っていた。
「(こんばんは。)」
カーラはにっこり笑っていた。
心なしか疲れてるように見える・・・というか、顔色が悪いと感じたが、多分気のせいだろうと思い直した。
ここは暗い。霧のせいで猶更。
「(こんばんは。チケットの方、ありがとうございました。あんな大人数の分を。)」
「(良いのよ、気にしないで。)」
「(でも安いものではないですから、)」
「(ずっと働いてきたんだもの、このくらい良いわよ。)」
(・・・・・)
ずっと働いてきたんだもの。
このくらい良いわよ。
これはつまり、ずっと働いてきたんだから”奢るだけのたくわえがあるので”このくらい良いわよ。ということである。
普通に考えたらそうだ。
でも、カーラ自身は決して奢るとか支払うとか、そういう言葉を出さない。
まるで、自分は特別だから、支払いなんてしなくて良い身分なのだーーーと言ってるかのよう。
そんなわけないのだが。
(どうもこの人は、引っかかる物言いが多いというか・・・)
「(それで、何かご用でしょうか。)」
幸村の質問に、カーラは、少し悲し気に微笑んだ。
「(お別れを、言いに来たの。)」
「(・・・え?)」
今か。と反射的に思った。
「(ですが、明日はーーー)」
「(明日はもう良いの。元々、明日は連れて行ってもらうつもりもなかったわ。今日で終わりよ、面倒見てくれてありがとう。)」
長々と話されたわけではないが。
その態度に。
その声音に、幸村は悟った。
多分、もう会えないのだ。
事情は知らないけど。
「(本当にありがとう。本当に・・・なんて言って良いか、わからないくらい感謝してるわ。)」
「(・・・皆を起こして来なくて良いんですか。)」
「(良いのよ、良いの。でも、精市。)」
「(はい?)」
「(皆を代表して、ってことで・・・貴方には、私の本当の名前、教えておくわね。)」
幸村が小さく息を飲んだのと同時に、カーラ・・・いや、彼女は言った。
「I’m merlina.」