翌日。
午前10時過ぎ。
一同は、遠い目で晴れ渡った青空を見上げていた。
「・・・・つまり。」
こういう時皮切りをしてくれるのは、大体真田である。
「話をまとめると、信じ難いことだが・・・」
「彼女は、烏だったんだろうね。」
幸村は実にあっさり言った。
ここは、ロンドン塔。
ロンドンのシンボルの一つであり、ここではーーーー国鳥として、烏が何羽か飼われている。
その内の1羽であり、女王と呼ばれていた烏。
メリーナは、近年逃げて姿を消したと言うことで、イギリスでは騒ぎになったらしい。
その後、メリーナは依然捕まっていない。
この一連の話を、一同はロンドン塔に見学に来て、解説を聞いて初めて知ったのだった。
「精市、なんかあんまりびっくりしてなくない。」
「まあ・・・正直、俺は少し当たりがついてたから。」
「え、どの辺にー?」
「いろいろあるけど。」
「え、そんな色々あるー!?」
「あはは。まず、会うタイミング。」
「会うタイミング?」
「俺は、烏のカーラと人間のカーラ・・・メリーナさんを同時に見た記憶が無いんだ。」
いつだって、あの1羽と1人は入れ替わり立ち替わり現れた。
どちらかが居る時、どちらかは姿を見せなかった。
「それに、彼女の名前を言わない理由。」
「確か・・・もう働きたくない、仕事場に戻りたくない、と言っておいででしたね。」
「そう。人間の姿はともかく、烏のメリーナと言われると、この国じゃロンドン塔の国鳥だってすぐにわかってしまうからね。」
「確かに。最悪、その場で捕まえられてしまう危険もあるな。」
「?烏じゃろ、人間を振り切るなんぞ簡単じゃないんか。」
「国鳥は飛べないんだ。飛べないように、風切り羽を切られているからな。」
「あ・・・!」
紫希ははた、と思い出した。
「丸井君、」
「うん?」
「カーラちゃんって・・・確か、高い所が苦手だったと・・・」
「・・・あー!」
「そうか・・・飛べないからか。落ちたらお終いだから、怖かったんだな。」
鳥なのに高い所が苦手だなんて。
と思っていたけど、当然だったのだ。
飛べないから。せいぜいジャンプ程度しかできない。
幸村はそこも気になっていた。
鳥だというのに、一同はカーラが飛んでいる所を一度も見なかった。
リュックを飛び移る時でさえ、まさに「飛び移る」程度の動きしかしていなかった。
城の地下のコントロールルームを知っていたことも、実態が烏なら説明がついた。
あそこは建物自体は古い城を流用しているため、扉は木製で、下に10cm程度の隙間があった。
人間ならその程度ではほぼ何もできないが、烏なら10cmもあればフリーパスである。
「バスの手配や、チケットの手配は無理くね?って思わんでもないけどねw」
「そもそも、人の形を取ることが不可能だよ。」
「まあそうなのよなーw」
「まあ、現実的な線を取るとしたら、人間の方のメリーナさんは烏のメリーナのお付きというかーーー使いみたいなものと自認していて、勝手に世話を焼いていた、というケースもなくはないかもしれないけどね。」
ただ、この説は一同にとって、あまりしっくり来なかった。
非現実的でも、イギリスは魔法の国だから、女性のメリーナは烏のメリーナであった、とした方が心にストンと落ちる感覚がある。
それがすべてだった。
どの道、もう会うことは無い。
「でもさー、それがなんでもう会えないってことになんのー?」
「もう知ってしまったからな。彼女の正体を。」
「ええ。知っている人間が増えると言うことは・・・つまり、秘密が漏れやすくなる、ということです。」
「???」
「だからさw俺らにその気がなかったとしても、俺ら伝いにあっちの正体が誰かにバレたらさ、今度は捕まえに来るじゃんw」
「やっぱり、捕まえにきますよね・・・イギリス国民の皆さんとしては・・・」
「ま、指名手配みたいなもんだよな。」
「何人かは見逃してくれるんじゃないの?」
「いや、でも・・・・やっぱり、見逃さない人の方が多いだろ。さっきからちょっと調べてるけど、結構色々言われてるぜ?」
「どういう事をじゃ?」
「懸賞金などかかっているのか?」
「そうじゃないけど・・・ほら、イギリスの象徴だからな。居なくなるのは凶兆だとか、これからイギリス全体に不幸が巻き起こる前触れだとか・・・」
「そこまで?」
「象徴だったっていうのもあるけれど、中でもリーダー的な存在だったらしいからね。」
彼女は言った。
自分達を旅の連れに選んだのは、縁が遠いからだと。
異国の地から期間限定で来た、子供の集団。
イギリスにほぼ何の縁もゆかりもない。
だから丁度良かったのだ。
何も知らないから。
国の責務から脱走した、飛べない烏の話など。
「・・・でもさー!」
「紀伊梨ちゃん?」
「寂しいよー!もっとちゃんとお別れしたかったよー!」
曇る紀伊梨の目を見て、一同はわかった気がした。
どうしてメリーナが、あんなにもあっさり別れを告げてきたのか。
もちろん見つかる可能性があるというのもその通りだ。
ロンドン塔に見学に来たら、メリーナの話には遅かれ早かれ辿り着く。
だが多分、同時に紀伊梨を悲しませたくない、という心理も働いたのだ。
はっきり言ってーーー元々飼われていた、飛べない烏が脱走した際の寿命など、たかが知れている。
多少不思議な力を持っていても、基本的には自然界の中で虚弱なのだ。
また会いましょう。
ほぼ破るに違いないそんな約束を結ぶよりは、それと悟られないほど素早く立ち去ろう。
きっとそう思ったのだ。
だから誰も紀伊梨に向かって、気を落とすなとは言えなかった。
きっとまた会えるよなんて、もっと言えなかった。
出会えて幸運だったと思っておこう。
そう柳が言って。
おそらくそれ以外に言えることは、何も無かった。
空は青かった。