その頃千百合はーーー千百合も、やってることは紫希と似たようなものであった。
元々千百合は、見学とかもさほど乗り気じゃない。
どうでも良い。
そこへカーラの話があって、なおさら見学する気が失せたのだった。
幸いなことに、ここ2日間は幸村にくっついてがっちり見学したから、レポートには困らないし。
だから今日、幸村の後ろについてはいても、目の前の資料はほぼ見ていなかった。
気が付けば、目は窓の外に向いていた。
居るはずもないのに。
彼女は飛べないから。
「・・・よし。行こうか、千百合・・・・千百合。」
「・・・ん。ああ、ごめん。終わった?」
「うん。ふふっ、ちょっとひとやすみしようか。」
「・・・・うん。」
幸村は流石に立ち直りが早い。
何も感じてないわけじゃない。
でも、それを考えつつ目の前のことをやる、が幸村にはできるのだ。
千百合も大体のことならそれができるのだが、今回は難しい。
幸村はそれを感じ取って、休みを進言したのだった。
「・・・ねえ千百合。」
「ん?」
「千百合は、悲しいかい?」
悲しい。
悲しいかと言われると。
「・・・正直、よくわかんない。」
「わからない?」
「何か、悲しいとかどうとかっていうより、現実感がないっていうか。なんか、ここ2日であったこと、全部夢だったんじゃないか、って気がして。」
だからさっきから、紀伊梨や紫希がシェアしてくれた皆の写真を見て、そこに写ってるカーラを見て、確かめているのだ。
ああ。やっぱり居たのだと。
でも、他には何もない。
カーラは、何も残していかなかった。
千百合にしては本当に、本当に本当に珍しいことだが、こんなことなら自分でも写真を撮っておけば良かったと思うくらいだった。
その写真もなんだか、見れば見るほど嘘に見えてくる気もしてしまう。
つい昨日まで、幸村のリュックに乗ってこっちを見ていたのに。
ああ。
さようならとはこんなにも、現実感を欠くものだったか。
「・・・ほぼ記憶にしか残ってない。」
「まあ、彼女にとっては、それが一番都合が良いだろうね。」
「記憶からもいつかなくなりそうなのが、怖いっていうか。」
「もしかしたら、そっちのが良いとさえ思ってるかもしれないよ。」
「私、あいつのそういう所大嫌い。」
「あははははは!」
イギリス中探したって、天下の国鳥の女王メリーナに向かって、「あいつ」と言える人間はそう多くあるまい。
「そりゃあ、本人ーーーまあ人間じゃないから、本「人」って言い方アレだけど。本人はイギリスで知らない人なんて居ないんだから、忘れられるなんてほぼないのかもしれないけどさ。」
「まあ、それもそうだね。」
「でしょ。」
「でも、彼女言ってたじゃないか。」
「え?」
「カーラって呼んで、って。」
カーラは呼ぶと、カア、と一声鳴いて返事をした。
あの時、彼女はカーラであることを楽しんでたと思う。
「メリーナのことは、イギリス国民の人は、皆覚えてるだろうね。」
「・・・・・・・」
「でも、カーラのことは、俺達が覚えてないと消えてしまうから。」
幸村は、下ろしていたリュックを開けて、何かを取り出した。
小さなクロッキーだった。
中には、きれいなタッチでカーラがーーー千百合の記憶の中から出てきたようなカーラが居た。
「・・・いつの間に。」
「ふふっ。合間合間に、ちょっとずつ描いていたんだ。描いて良いか、って聞いたら、良いって言ってくれて。まあ、カアとしか言わなかったけど、突かれなかったから良いのかなって。」
あの時のさよならが永遠のそれだったことを知った時、幸村はすぐにこの絵のことを思い出した。
カーラが、描いて良いと許可してくれたことを。
「彼女は、俺達が忘れまいとしてること、嬉しいんじゃないかな。」
「・・・・・・・」
「だから、覚えておこう。一緒に。」
「・・・それ。」
「うん?」
「また時々、見せて。」
「もちろん。お安い御用だよ。」
幸村の長い指が、優しく絵の中のカーラを撫でた。
千百合はこの光景を、一生忘れない気がした。