「ところで、今更なんだが。」
「ほえ?」
「会ってどうするつもりなんだ?」
今更できることも、もうあまり無いと思う。
皆そう判断したから、そうまでして会おうとは思わないのだ。
「わかんない!」
「わかんない。」
「だって友達だもん!友達と一緒に居るのに、特別に理由とかって要らないっしょ!」
まあ。
それはそうか、とも思う。
紀伊梨にとって、友達は一緒に居られる時間が長ければ長いほど良いのだ。
まだ一緒に居られるのに、早々に引き上げるという発想からして、おそらく理解できないのだろう。
カーラはそうしたいのだから放っておいてやれよ。
という考えも理解はできるが、一方でカーラが勝手にするのなら、紀伊梨だって勝手して良いじゃん。という考えも理解できる。
だから柳も、こうやって付き合ってるわけだが。
「大体、もう会えないってゆーのも、紀伊梨ちゃん的にはよくわかんないんですよっ!」
「それの説明はもうしただろう。情報が漏れるから、」
「それは聞いたけどー!でも、今までずっと一緒に居たんだから、これからだって同じようにしてたら良いじゃんさー!」
「そういうわけにもいかない、と本人が思ってるんだから仕方がない。」
「むー!」
言いながら、2人はロンドン塔のぐるりを歩いて行く。
一応さっきから目で探してはいるのだが、まあ見つからない。
そもそも、その辺歩いている烏がほとんど居ない。
あ、居た、と思ったら飛んでたりするし。
「居ないなー。あっちかなー?」
「まあ、居たとしても隠れていそうだが。」
「え、どこに!?」
「どこに。」
どこに。
と言われると、咄嗟に出てこない。
まあ柳の場合、思いつかないのではなくて、思いつきすぎて処理に時間がかかるだけなのだが。
「可能性が高いのは、ベンチの下。」
「ほっ!」
咄嗟にしゃがみこむ紀伊梨。
もちろん、何も居ない。
「他には、ゴミや電柱の影。まあ、落ちたらことだから、川の近くには寄らないはずだ。」
「そーお?」
さっきから、後ろに居るのであろう通行人らしき人間の笑い声が聞こえる。
多分、おもむろにしゃがんだりゴミ箱の近くをうろつきだす紀伊梨の挙動がおかしく見えているのだろう。
不審者に思われてなさそうなだけ御の字か。
「おーい、カーラちーん。」
「呼ばない方が良いぞ。」
「え、なんでー?」
「忘れてるかもしれないが、原則向こうは見つかりたくないんだ。だから別れを一方的に言われたんだぞ。」
「それがもー変なんだよー!おかしいよ!友達なのに、バイバイも言えないなんてー!ゆっきだけずるいー!起こしてくれたら良かったのにー!」
こうなるから起こしたくなかった、というカーラの気持ちもわからんでもない。
と柳は思った。
「Wow!」
「え?」
2人が振り向くと、後ろを歩いていたらしき白人の青年が、思い切り道で転んでいた。
思い切り前のめりに倒れたらしく、背のリュックは無事だが、紙袋で持っていたりんごはその辺にごろごろと転がった。
「おにーちゃん大丈夫ー?ほい!」
「Thanks.」
「ほら。」
「Thank you so much・・・ouch!」
「え!?何!?どったの?」
「ふむ。」
青年は、右足を庇うようにして、浮かしかけた腰をまた沈めた。
「だいじょーぶ!?きゅーきゅーしゃ!?」
「What?」
「(救急車が必要ですか?)」
「(ああいや、そこまでは要らないよ。親切にどうも、でも少し休みが必要かな。)」
青年は、側にあったベンチによろよろと腰かけた。
紀伊梨もその隣に座り、さらに柳もその隣に座ったが。
「・・・・・・・・」
「あれ?やなぎーどったの?」
「いや。」
柳は、青年をじっと見ていた。
じっと。
まるで、見続けることでその向こうにある何かが透けて見えるかのように。
「(・・・君達は、日本人?)」
「うん?じゃぱにーず?あ、じゃぱにーずって日本人だよね!」
「・・・・・・」
「ねー、やなぎー!」
「・・・ああ。そうだ。」
「だよねだよね!いぇーす!アイムジャパニーズ!」
「(そう。ここには、どんな用事で?旅行・・・あ、いや。制服かな。見学かい?)」
「(まあ、そんなものです。)」
「なんて?」
「どんな用かと聞かれたから、見学だと言っておいた。」
「へー。」
「(・・・どこを見るの?ロンドン塔?)」
「ロンドン?」
「ロンドン塔を見るのか、だそうだ。」
「あー、うん!皆見てるよ!紀伊梨ちゃん達、出てきちゃったけど!」
「(なんて?)」
「(まあ、他の生徒は皆そうです。ロンドン塔を見ています。俺達は抜けてきました。)」
「(へえ?そりゃまたどうして?あ!わかったぞ、デートだろ?)」
「ふっ。」
人間、あまりにあり得ないことを言われると、笑ってしまう物なんだな。
ということを柳は今、肌で感じた。
「え、何々?何か面白いこと言った?」
「いや、何でもない。どうして抜けてきたのか、と聞かれただけだ。」
「へー!あのねー、紀伊梨ちゃん達、友達に会いにきたんだよ!えーと、フレンド!フレンド!」
「・・・Friend?」
「(友達を探しに来たんです。お別れを言えなかったもので。)」
「・・・I see.」
「なんて?」
「なるほど、だそうだ・・・さて。」
柳は立ち上がった。
「戻るぞ、五十嵐。」
「えっ!?」
「そろそろ時間だ。」
「え、嘘ー!早いよー!」
「そもそも、出るのが遅かったんだ。諦めろ。」
「もー!」
紀伊梨が立ち上がると、青年は柳と紀伊梨の手を片方ずつ掴んだ。
「(お礼が遅れたね。助けてくれてありがとう。お元気で。)」
「なんて?えーと、バイバイ?」
「ありがとう、元気で。だそうだ。」
「おー!ありがとー!お兄ちゃんももう転んじゃだめだよ!」
「(貴方もお気を付けて、だそうです。)」
「(ああ、ありがとう。
本当にありがとう。どうかお元気で。君達皆にいつでも、神の祝福がありますように。)」
そう言ってぎゅっと手を握る青年の顔を、柳は見ていた。
ただ、会った時のじろじろ見るような目つきは、もうなかった。
柳はもう、なんとなくわかっていた。
「行くぞ、五十嵐。」
「はーい・・・」
「・・・・・・・」
2人を見送った後、青年はしばらくそのまま座っていたが、やがて下ろしていたリュックのチャックを開けた。
「Are you OK?」
あやすつもりで手を入れると、嘴で突かれて青年は苦笑した。
中にいる「彼女」は元気そうだったが、突かれた所を見ると、自分はぬかったらしい。
心当たりはある。
転んだところで都合よくベンチがあり過ぎだろうとか。
それから、初手で中国人かと間違えなかった点もマイナスだ。普通は中国人と間違える。黄色人種では中国人が、一番見かける機会が多いからだ。
それから最後。
君達皆、と言ってしまった。
少女の方は気づいてないようだったが、少年の方はバリバリ気づいてる視線を送ってきた。問い詰められなかったのは、彼の優しさだと思う。
「帰ろうか。今日は泊まるかい?」
カア。
「そう。まあ、出て行くときはいつでも言ってくれ。」
この国には。
全てを察して彼女をそのままにしておいてくれる人間も、こうして少しではあるが存在する。
バスを出してくれたり。城を開けてくれたり。観覧車のチケットを取ってくれたり。
ただ、ずっと同じ人の世話にはなれない。
本人はそっとしておいてくれても、本人の周りはいずれメリーナを目ざとく見つける。
人から人へと渡り歩いて、やっていくしかない。
彼女はもう野生では生きていけない。
だからこうやって生きていく。
日本には滅びの美学があるのかもしれないが、あいにくここはイギリスで、死こそ華だみたいな考えはなかった。
できる限りはどんな手段を使っても生きよう。
彼女は元よりそのつもりだった。
それでも、そう長くは生きられないかもしれないが。
もう二度と会えない可能性の方が高いが。
楽しい旅だった。
彼らにずっとずっと、死ぬまで幸のあるようにと。
彼女はリュックから一瞬顔を覗かせ、一生訪れられない青空に祈った。