その頃千百合は、D組のゾーンで幸村の隣に座っていた。
元々幸村の隣は柳だったのだが、クラスメイトからレポートのことで意見を聞きたいと呼び出されてしまい、空席になったのだ。
LINEで、暇だから来ないかと言われた時は、暇ってどういう意味なのかよくわからなかったが。
「ごめんね、呼び出して。」
「いや、良いよ。どうせ暇してたし。」
「そうだったの?」
「紫希が今、真田と勉強してるから。中間近いとかで。」
これは本当だった。
千百合は紫希を大事な親友と思っているが、それはそれとして勉強に付き合う趣味は無いので、紫希が勉強モードに入ると、やることがなくなるのだ。
元々千百合の勉強スタンスは、定期考査なんて1週間前になってからやるもの、である。
「あそこまで勉強しなくたって、余裕でいつも平均越えしてるのに。」
「あはは!まあ、春日はそういうタイプだから。心配性だからね。未来で困ったことにならないように、って思ってるんじゃないかな。」
未来。
という言葉に、千百合はふと心が揺れるのを感じた。
「・・・精市はさあ。」
「うん?」
「将来プロになるんだよね。」
案の定、幸村はきょとんとした顔の後、保証はないけどね、と肯定した。
保証はない。
確かにないけど、でも幸村はきっと本当に、プロになるだろう。
紀伊梨もそう。
保証はないけど、紀伊梨ならきっとアイドルにいつかなる。
恋愛の壁はあるけれど、逆に言うと紀伊梨の壁って、それくらいだろうとも千百合は感じていた。
「どうしたんだい、急に?」
「私、何になろうかなと思って。別に何でも良いんだけどさ。」
何でも良い。
というのは、この場合実は結構困ったことで、何でも良いなりにある程度は決めておかないと、いつか本当に立ち止まる日がやってくる。
「何か、やりたいこととかは?」
「別に。」
「あはは!だよね、言うと思った。でもそれなら、やりたくないことから消していくのが近道じゃないかな。」
「やりたくないこと・・・」
やりたくないこと。
激務。肉体労働系。
嫌だ。
例え報酬がバカ高くても嫌だ。
すごく勉強しなきゃいけない系。
嫌だ。
そんな熱意無い。
クリエイティブ系。
発想とかひらめきがモノを言う世界。
嫌だ。
できる気しない。
「適当に事務員とか・・・いや、無理か。」
「え?どうして?」
「私愛想良くないし。」
千百合は、おかしくも何ともないのに笑えない。
愛想笑いができない。
でも事務員とかって、にこやかなことが要求されるんじゃないだろうか。
単純に同じスペックの人と並んだ時、にこにこしてる方が取られるのは、そりゃ取る側として当然だろうと千百合でも思う。
「何か、裏側で淡々とできる仕事とかないかな。毎日ずーっと同じ仕事でも良いからさ。」
「飽きない?」
「だって、飽きるってそもそも最初は面白いとか思ってるってことでしょ。私最初から何とも思わないだろうから、飽きるも何もって感じ。」
今はまだ良いとしても、いずれ自分達は高校に行って、大学に行って就職する。
それまでには何か考えてないとなあ、とは思うものの、残念ながらいっかな何も思いつかない。
「ふふっ。まあ、焦らなくても。まだ進路を決めるまで、時間はあるから。」
「時間かけて解決するかな。」
「まだ、見つけてないだけっていうこともあるんじゃないかな?自分のやりたいことに。」
「やりたいことねえ。」
「なんていうか・・・千百合は、常識があるから。」
「え、何急に。」
「やりたいこと、って言われて、無意識に「何か仕事に繋がることを」とか思ってないかい?」
「・・・あー。」
「何でも良いんだよ。それで生活できないとか、そういうことは一旦おいておいて、シンプルにやりたいことを考えてみたらどうかな。」
「うーん・・・」
やりたいこと。
ぼーっとすること。
毎日呑気に暮らすこと。
(・・・他に?)
どう頑張っても仕事には結びつきそうになくて、デイトレーダーにでもなるか、と呟いたら、隣の幸村が声をあげて笑った。
日本までは、あと10時間以上あった。