せーの。
「「海だーーー!」」
ダッと駆け出す紀伊梨と可憐。
サンダル越しに感じる砂浜の感触。
海風に攫われて、首元のゴムに止められる麦藁帽子。
テンションに任せて足首まで一気に駆け込むと、波が冷たく踝を襲う。
「冷たーい!」
「ううん!これぞ、5月の海って奴ですなあ!」
バッシャバッシャと跳ねる2人を、他の3人は笑ったり呆れたりしながら後に続く。
「残念ながら、綺麗とはとても言い難いけどねw」
「でも、今の時期はまだマシですよね。」
「夏に比べればね。」
湘南の海は、大凡美しいとは言えない。
集まる人口に対して海のキャパシティが足りておらず、砂浜の色がデフォルトでそれ程白くないのが又拍車をかける。
ただ今の時期はシーズンを外しているので比較的綺麗と言えるし、湘南と言っても範囲は広いので、綺麗な部分もないではない。今回ビードロズは、折角なのだしという事でちょっと足を伸ばして、そこそこ綺麗な所まで出ているが。
「そうなのっ?こんなに綺麗なのに?」
「綺麗な内には入らないんじゃないの、これは。」
「千百合っち達、夏になったら家族皆で水晶浜に行くもんねー!」
「水晶浜・・・?」
「福井県です。日本では珍しく砂浜が白いので、海の透明さも相まってとっても綺麗なんですよ。」
「へええ!」
福井という事は日本海側。
日本海と言われると、東宝映画のようなザッパーン!と岩にぶつかる大波のようなイメージが、可憐にはどうも拭えないのだが。
「お前の家は毎年セーシェルへ行くじゃんw」
「ええっ!?そうなのっ!?」
「うん!夏になったら行くよ!」
「ま、毎年!?」
「うん、毎年。夏休みになったらね!何か変?」
「変じゃないけど・・・」
変じゃないけど、ディズニーランドに一泊2日で連れてって貰うだけで「旅行だー!」と騒ぐ自分の庶民度がちょっと悲しい。
ハワイも行った事無いのにセーシェルとか、夢の中の話である。
「紫希ちゃんは・・・」
「うちはあんまり、海とかは行きませんね。小さい頃一回だけ、沖縄に行った事があるくらいで。昔過ぎて、もう良く覚えていませんけれど。」
「紫希ん家は、お父さん以外皆インドア派だもんね。」
「そうですね。毎年行くのは、京都のおじいちゃんの家くらいでしょうか。」
「へええ・・・」
皆色々である。
家庭毎のカラーというやつだ。
「べ様とか、リゾートに別荘持ってそうだよねー!」
「ああ、ありそうw」
「あ、プライベートビーチに行くって言ってたよっ!」
「「「「プライベートビーチ!?」」」」
「うんっ!人がいっぱいいるの、煩わしいってっ!凄いよね!」
「わずらわしーってなーに?」
「ええとですね・・・」
「確かに煩わしいかもしれないけどさ。」
「絵に描いたような金持ちだなw」
煩わしいからといって、じゃあビーチ貸切にすっか!という思考には普通はならないだろう。跡部という男はやはり色々規格外である。
「凄いですね、跡部君って。」
「あ!そうだ思い出した、紫希ちゃ・・・!」
紫希の元へ行こうとして、可憐は波に足を取られた。
水面下で縺れる足。
「おっと危ないw」
「ああああ!ごめんね棗君!」
「いいえw」
「なっちんナイスー!」
可憐の両肩を掴んで引き止める棗。
先回りが得意なので、こういう事はお手の物だ。
「大丈夫ですか、可憐ちゃん!」
「うんっ!又棗君に助けて貰っちゃった!」
「なっちん凄いー!」
「いやいやそれ程でもあるよw」
「・・・ふうん。」
千百合は呟いた。
いや、呟くという程はっきりしたものでもなかったが、棗は妹が何かを思った事をなんとなく感じた。
「なあにw」
「いや、別に。ただ。」
「ただ?」
「ムカつかれるのも、なんか分かる気すんなって。」
棗は、ヘリで可憐を助けたのが忍足の気に触ったらしい、というような事を皆にチラと言ったが、千百合は今成る程と思った。
先回りして人を助けるから、見てる方からしたら、事後に手を差し伸べるよりも絵になるように見えてしまうのだ。
兄だからなんとも思わないが、今試しに幸村と全然知らない女の子に置き換えて想像してみたら、割りかし嫌な物を感じた。
「何話してんの千百合っちー?」
「なんでも・・・ないっ!」
寄ってきた紀伊梨に、バシャ!と海面を蹴って飛沫を上げる千百合。
「わっ!やったな、千百合っちー!お返しだ、くらえっ!」
「くらえ。」
「ぎゃあああ!クラゲはやめてーーー!」
「ミズクラゲだからw刺されても大丈夫よw」
「そうね。」
「ちょっと待て、俺を狙うのは止め、ぎゃあ!?」
わあわあ騒ぐ3人を見ながら、紫希はクスクス笑う。
「楽しそうだねっ!」
「ええ。あ、すみません可憐ちゃん。お話があるんですよね?」
「あっ!そうなんだ、あのね、跡部君の話。」
「跡部君?」
「うん。紫希ちゃんヘリで、義務だから跡部君は優しいんだ、っていう話してくれたよね?私ね、あの後気になって聞いちゃったんだ。」
「聞いた?」
「うん。跡部君、私達皆に対して義務だって思ってるから、良くしてくれるのかなって。紫希ちゃんに言われてから、どうしても引っかかっちゃって。」
跡部に先日義務とか友達だとか聞き込んでしまった可憐だが、紫希としては、彼処まではっきり「義務」と言いきられると寂しい、と言った迄である。
あくまで自分達は、の話をしただけだったが、可憐にとっては我が身にも言える話であった。
「そしたらね、氷帝の私達の事は仲間だって。紫希ちゃん達の事は、今はもう友達と思ってるって言ってたよっ!」
「わあ・・・それは、嬉しいです!光栄です。」
「ねっ!私も、そんな風に思ってくれてるんだって、びっくりしちゃった!でも、仲間って言って貰えて私も嬉しかったなあ・・・マネージャー冥利に尽きる、って感じだよ。」
そう言って優しく微笑む可憐は本当に嬉しそうで、見ている紫希も思わず顔が綻んでしまう。
(可憐ちゃん、本当に氷帝テニス部の事が大好きなんですね)
紫希にはテニスの事は良く分からないが、可憐と話すようになってつくづく感じるのが、可憐の部活に対する熱心さである。
こんなに思ってくれるマネージャーが居て、氷帝テニス部は幸せであろう。
「・・・仲間って仰るんでしたら、跡部君は何か悩み事があったら、それを聞いてくれる人が居るという事ですね。」
「そうだねっ!でも、跡部君って悩みとかあるのかなあ?無さそうな気がするけど。」
「あ、あるって決まったわけではありませんよ!ただ、私の余計な想像力と言いますか・・・」
紫希はパシャ、と足元で波を弄んだ。
「跡部君って、本物のお金持ちで、エリートだと思うんです。」
「そうだね。」
「だから、それはそれで特有の悩みとかあるんじゃないかなあ、と。私達が一切しなくて良いような心配事とか、跡部君はしなくてはいけなくなる日が来るんじゃないか・・・とか、思ってしまうんです。私、心配性で。」
可憐は苦笑する紫希の顔を見つめる。
(特有の悩み・・・)
「・・・まあ、跡部君は性格的に、なんでも好きなようにやるタイプにも見えますから。あんまり、悩みとか抱える方では無さそうとも思いますけれど。」
「うん、それもそうだね。でも・・・今の話は覚えておくねっ!」
跡部だって、いつか何かに悩む日が来るかもしれない。そんな時は、仲間として、見逃さない自分でありたい。
「可憐危ない!」
「え・・・きゃう!何!?何!?クラゲ!?」
「可憐ちゃん!」
「ごめん可憐たーん!」
「ほらもうお前が避けるから桐生ちゃんに当たるじゃんw」
「避けるから!?私避ける権利無いの!?」
生まれて初めて触るミズクラゲ。紫希は平気な顔をしてそれを拾い上げた。
「毒性はほぼありませんけれど、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だけど触れるの!?気持ち悪くない・・・?」
「ミズクラゲ辺りは慣れたものです。投げ返しても良いですよ?」
「ええええ・・・・」
紀伊梨に誘われてこの辺の海に何度も遊びに来ている身としては、ミズクラゲやワカメや小型のカニ辺りは慣れざるを得ない。
流石にヒトデやフナムシは辛いものがあるが。
「紫希ー!」
「はい!そぉ・・・れっ!」
「ちょい、挟み撃ちは止め・・・つべた!」
「あはははは!なっちん間抜け・・・つべた!つべたい!」
「背中を向ける方が悪い。」
「・・・あははっ!」
可憐は足元に漂うクラゲを拾い上げた。
「えいっ!」
「おっと。・・・やるじゃない、可憐。」
「お!もう触れるようになるとは、可憐隊員はなかなか筋が良いですな!隊長として、誇らしいですぞ!」
「えへへっ!お褒めに預かり、光栄です隊長!」
「うむ!時に紫希隊員、お褒めに預かりとはどーいう意味かね?」
「え、ええと・・・」
「馬鹿。」
「締まらない隊長だw」
5月の海。
水温は冷たく、快晴で気温は高く。
キラキラ輝く海に足をつけて、5人は水飛沫の中、笑顔を零したのだった。