(ああ・・・駄目だよ皆。今日は暑いんだから、そんな日の当たる所にずっと居たら具合を悪くするよ。頼むから見るのならもう少し影ってる所で、)
たまたまラケットを離している時に、一同を見つけてしまった幸村は気が気ではなかった。
可憐の事は聞いているし、成り行きとはいえ見に来てくれるのは嬉しいが、それはそれとしてハラハラするから、自己管理はちゃんとして欲しい。今居るあそこは、レギュラー決めの時に居た、植木の傍の日影ではないのだからして。
「・・・幸村。」
「はい、なんでしょうか野入先輩。」
「え?あ、ああ、少し教えて欲しいんだが・・・」
話しかけた上級生は素で驚いた。
絶対ボーっとしてると思ったのに、まるで平常時のレスポンスの速さだったからだ。
どんなに気になる事があっても、テニスの事と千百合の事には即意識が戻せる男。
それが幸村精市である。
「・・・成程、という事はこの場合必要なのは、握力よりも寧ろ、脚力の方か。」
「そうですね。そのような場合は、どんなに腕の振りだけで返そうとしても限界があります。それよりはもう一歩先へ回り込んでおいて、こうして、こういったフォームから返した方が、後に繋がりますから。」
「有難う。流石だな。」
「いえ、大した事は。」
この部で幸村に向かって、「大した事ない」などと言うような奴等居るまい。
テニスの腕は超一流、その上人当たりも良く穏やかで、彼女まで居ると言う非の打ちどころの無さ。
「・・・良いよなあ、お前は。」
「はい?」
「あ、悪いテニスの話じゃなくてさ。こんな暑い日しかも休日に、見に来てくれる彼女が居て羨ましいなーっていう・・・まあモテない男の嘆きだよ!」
「野入先輩がモテないとは思いませんけれど。でも、見に来てくれるのは有難いと思います。僕には勿体無い彼女で、友人達ですよ。」
(それは言い過ぎじゃね?)
幸村に対して勿体無い人間ってどんな人間だ?と野入はついつい思ってしまうが、テニス部の人間の認識というのは概ねこんなもの。
つまり、千百合やビードロズが大好きで、それ故にボケをかましたりする幸村の一面を知らないのだ。
「ま!そんなに大事なら、隙を見て日影の方に誘導してやれよ?今日は人も少ないから迷惑にはならないだろうし、何時まで居るのかは知らないけど、今日は暑いからな。」
「はい、有難うございます。」
「・・・はあ。」
「どーしたの、倉ちゃん?」
幸村と野入の会話を横耳で聞いていたのは、マネージャーの倉木里香。
それから、仁王に一目ぼれしてから生徒会とテニス部のマネージャーを掛け持ちするようになった、林鈴奈である。
「さっきの会話がさー。ほら、幸村君と野入先輩の。」
「あー。そうだね、倉ちゃん幸村君推しだもんね。」
マネージャーとて女の子である。
一緒に活動してる異性の部員に対して、好意を抱く事なんて普通にある。推し、という言葉からも分かるように倉木は別にそこまで真剣に恋しているわけではないが。
「なんかこうさー。別にお付き合いしたいとかガチで思ってるわけじゃないけど、あそこまで「彼女の事”だけ”が女の子として好きなんです」オーラ出されるとね?ちょっと落ち込んじゃうって言うか。」
「分かってても凹むよね、ちょっと。」
「それねー。鈴もある程度は覚悟しときなよー?」
覚悟、というのはこの場合仁王の事である。
倉木と違い、林は完全に仁王を切っ掛けにしてマネージャーになった。
別にマネージャー業を疎かにしているわけではないから理由は構わないのだが、もし仁王に彼女が出来たとかそんな事になったら、林は結構ガチ凹みするのでは?と倉木は踏んでいる。
「うーん、でも私もどっちかというと、仁王君は推し!って感じだから。」
「そーなの?」
「うん。見て居たくて入っただけだから。そりゃあ欲を言えば憧れはあるけど、もし彼女さんが出来たとしても、しょーがないなって感じかな?」
「そんなもん?」
「うん、そんなもん。それに仁王君に彼女が出来たとして、仁王君が選んだ人なんだから、きっと私とかとは全然違う、マジシャンな人だよ!」
「マジシャンな人ってwでも、まあ言いたい事は分かるわ。あんまり自分と全然違う人だと、バサっと諦めつくわよね。」
「そうそう!そんな感じ!」
「そーよねー・・・」
林の言う事は分かる。
(・・・でも、じゃあ逆の場合どうなんのかしらね)
逆の場合。
つまり、自分の片思いしている相手の好きな人が、自分と似たような女の子だったら。
いや、似ているとまで言わなくても良い。全然違う、とは言えないような人だったら。
もう少し汚い言い方をすると、もし自分より劣っていると思われるような人だったら?
(・・・いや、最後のは関係ないか。人に向かって「私より劣ってるのに!」とか考えてる時点で、その人が誰より劣ってるって事だもんね)
「倉ちゃん?」
「・・・うん?あ、ごめん何?」
「ううん、何って程の事はないけど。ボーっとしてたみたいだったから。」
「そお?暑いからかな。・・・お、ビードロズ。あそこに居たのね。」
「って、倉ちゃん?どこ行くの?」
「うん?ちょっとお節介に?」
倉木はタオルを持ったまま、サッと林を振り向いて、悪戯っぽく笑って見せた。
(やっぱり、いっぱい居るとはいえ氷帝程部員は多くないから、回転率が良いんだな・・・・メニューもやっぱり、それを見越して組んでるのかな?1回りにかかる時間とメニューの内容をメモしておかないと・・・)
真剣そのものの顔でガリガリとメモを取る可憐。
テニスをあまり深く知らないビードロズ達には、見ても何のことやらよく分からない。
「ほえー・・・凄いなー可憐たん。」
「熱中してるわね。」
「あ、可憐ちゃん消しゴムが落ちそうです。」
「あ!有難うっ!」
「桐生ちゃん此処誤字だわw」
「あああ!有難う、ごめんねっ!」
「・・・およ?」
「どうしました?」
「なんかあの子こっち来るよ!」
部員達の元を離れて、真っ直ぐ5人の居る方に近づいてくるマネージャー。倉木だ。
「えっ!?ど、どうしよう、怒られちゃうかな、」
「大丈夫ですよ、可憐ちゃん。」
「明らかに他校の奴ら、沢山居るから。可憐だけ怒られる謂れとかないし。」
実際、他にも他校の制服丸出しで其処らをうろうろしている人間は大勢いる。
ちょっとは自衛すべきではと思わなくもないが、有名校の宿命なのかもしれない。
単に立海が緩いだけの可能性もあるが。
とか言っている間に、倉木はごくごく近くまで来ていた。
「こんちは、ビードロズの皆さん。そっちの子は、新しい友達?」
「こんちはー!そうだよん、可憐たんって言うの!」
「そ。ねえ、見るのは良いんだけど其処暑いから。帽子を持ってないんだったら、影のある場所に移動した方が良いわよ?」
「おおー!それはご親切にー!」
「いーえ。」
「じゃあ移動しよっかw」
「可憐ちゃん、移動しても大丈夫ですか?」
「あ、うん!大丈夫!」
「・・・何?」
倉木にじっと見つめられる千百合。
何だろうか。何か言いたい事があるのならはっきり言って欲しいのだが。
「・・・ううん!何でもない。あ、お水とか持ってる?水道の場所は分かる?」
「心配してくれるのは有難いけど、大丈夫。自分達でどうにかするから。」
「そーいうわけにも行かないのよ。黒崎さんがもし日射病とかになったりしたら、うちのエースの士気に関わるからね?」
そう言ってちら、と幸村を見やる倉木に、千百合は体温がちょっと上がってしまう。
「・・・・・」
「ま、そんなわけだから♪今年は暑くなりそうだし、くれぐれもお気を付け、ってね。」
そう言うとひらん、と手を振って、倉木は去って行った。
(・・・何なのよ。)
士気になんか関わるわけないだろ。馬鹿じゃないの。
そういう返しがサッと出たのに喉から先へ出てこなかったのは、
やっぱり嬉しいからだ。
「千百合っちー!どったのー?」
「今行く!」
もう一度だけ幸村を視界に入れてから、千百合は木陰に向かって身を翻した。