植物は暑いのが好きである。
水さえくれるのなら、日差しは眩しいほど良い。光合成は捗るし、彩度が上がって虫にアピールも出来るというもの。
やっぱりくそ暑いGW最終日、横浜ガーデンフェスティバルはイッキイキなお花達が其処らじゅうで咲き乱れ、大盛況であった。
ただ、この暑さは花には良くても人間にはちょっと辛い。
(暑い・・・)
「おかーさん!かき氷・・・おかーさん?」
「伊奈?」
「・・・!ご、ごめんなさい!なんでもないわ!ごめんね左助、なあに?」
いかにイヤイヤ期の子供と言えど、母親がおかしいと本気で思うと我儘はトーンダウンする。
「・・・かき氷。」
「ああ、かき氷。そうね、買いに行こうね。」
「うん・・・」
「・・・おい、無理するな。」
真田の兄、信行は顔色の良いとは言えない妻に声をかけた。
分かっている。
原因は、この暑さだけじゃない。
「・・・あんまり、眠れてなかったんだろう?実家で。」
「やだわ、そんな・・・」
「気づいてたさ。形は違うが・・・皆、俺の家族なんだから。」
「・・・・・・」
(おかーさん・・・?)
疲れたように俯く母の姿に、左助は繋いでいる右手の力を思わず強くした。
「・・・皆、良くしてくれたわ。本当にお世話になって、何くれとなく面倒を見てくれて。左助は勿論だけど、私の事も凄く気にかけてくれて。でも・・・だから、その・・・」
でも。
でも、だからこそ気に病んでしまう。
「・・・本当に、悪い事したわ。弦一郎君、GWの間中ずっと我慢してくれてたのに・・・」
「伊奈、弦一郎の事ならそんなに、」
「信行、いい加減にして。」
「伊奈・・・」
「あのね、私や左助の事を思って言ってくれてるのは分かるわよ。でも、悪いのは私達なのに自分の弟だからって弦一郎君にばっかり我慢させるなんて、そんなのないわ。貴方がなんと言おうと、私が嫌よ。」
こうなる事が、まるで予想外だったわけではない。
真田家は厳格で、弟の弦一郎は兄の自分より家風に馴染んでいて、自分は結婚して家を出て。
その状態で、いきなり年相応にやんちゃで騒がしい4歳児と一緒の生活が、果たして如何程真田のストレスになったやら。
家に帰ってきたら、走り回る音にテンション上がって叫び泣き喚く声。朝に夕に点灯しているテレビの音と、何かにぶつかったり壊したりしてる物音。
子供なんだから、偶の事なんだから、その内帰るんだからと信行や両親に言い聞かせられている真田を、伊奈は何度も見かけては謝った。
その度に真田は、義姉さんの所為ではないから、気にしないで下さいと言ってくれた。
そして出来た義弟で本当に有難いと思って、甘えてしまった結果が今朝の有様である。
「今日程私、母親として情けないと思った事は無かったわ。」
「でも、左助はそういう時期で・・・」
「そういう時期なのがいけないんじゃないのよ。そういう時期だから許して貰って当たり前と思うのがいけないの。まして弦一郎君よ。大人に向かって堪えて下さいって言うなら兎も角、大人が子供に向かって我慢してなんて。何から何まで私達の都合なのに。」
「それは・・・」
それを言われると信行も詰まる。
あの聡い弟は分かっていた。
子供のやる事ですから、という台詞は、必ず迷惑を被った方が言わねばならないという事。
自分があまり目くじらを立てていると、左助よりも義姉の伊奈の方が気に病むのも分かっていて、我慢して我慢して、そしてぷっつんしたのだった。
「おかーさん・・・?」
「かき氷ね、分かってるわよ。」
「違う・・・」
かき氷じゃない。
話の意味は正直良く分からないけれど、親が真田の話で何かただならぬ雰囲気なのは感じ取れる。
それこそかき氷どころではないようなレベルで。
「違うの?じゃあ何?」
「・・・かき氷!」
「どっち?」
「・・・・いやだー!」
かき氷の話したいわけじゃなかった。
でもかき氷じゃないの?と問い返してきた母は、尚更困った顔をした。
そんな顔して欲しくなかったから、やっぱりかき氷だという事にしたのに、母は全然元気な顔にならない。
思考回路が馬鹿過ぎると思えるのは大人だからこそである。
子供というのはこういうもの。
感性は大人より鋭いのに理性がてんで追いついていないから、会話が支離滅裂になる。
「左助・・・お願いだから、もう少し静かに、」
「いやだー!」
「まあまあ。約束だったもんな。取り敢えずかき氷を買ってくるから、2人ともあっちで待っていたら良いよ。」
「でも、」
「良いよ。並んでる間にまたぐずりだしたら、それこそ疲れるだろう?今日は暑いしな。」
「・・・そう?ならそうするわ。左助、お父さんがかき氷買ってきてくれるって。あっちで待ってようね。」
「いやだ!」
「ダメよ。」
伊奈はサッと左助の右手を取った。
もう、こういう時は仕方がない。
力も強くなってきてるとはいえ、所詮は4歳児だ。
「ほら、行くわよ。じゃあ、行ってきてね。」
「ああ。なるべく早く戻るよ。」
「いーやーだー!いやー!」
泣いても喚いてもダメなものはダメ。
それが身につくまでは今しばらく時間がかかると分かっていても、やはり疲れる。
ぐったりしながら伊奈は左助と共に木の陰のベンチまで来た。
(暑い・・・頭が揺れる・・・)
「いーやーだー!いーやーだー!」
「左助、良い子にして・・・!」
「おかーさんなんか嫌い!」
ピリ、と伊奈の頭に電気が走った。
いけないこれを言っては、と思ったが時既に遅し。母親とて人間。理性を失う事もある。
「左助!いい加減にしなさい!」
「いや、」
「人に向かって嫌いだのあっちへ行けだの、いうものじゃありません!お父さんやお母さんは良いけれど、弦一郎君は本当に左助の事を嫌いになったのかもしれないのよ!分かっているの!」
「ーーーーーー」
(あ・・・・・!)
まずい、と伊奈は二重に思った。
つい怒鳴ってしまった。
今の左助には逆効果に決まっているのに。
そして大声を出した所為で、さっきからふらふらしていた頭が尚更揺れる。
暑い。
血の気が引く。
意識が遠く。遠く・・・・
「・・・・!」
一瞬か。それとももっとか。
伊奈がはっきりとした、クリアな思考を取り戻した時。
目の前に。
「・・・・左助?」
目の前に、さっきまで居た我が子は居なかった。
「・・・・左助!」