「はあーあ・・・」
一方その頃氷帝学園では、冷たいドリンクをボトルに詰め詰めしながら、可憐は溜息を禁じ得ない。
『私が茉奈花ちゃんの代わり・・・?』
『そうだ。』
『それって、具体的に何を・・・』
『そのままだ。今お前がやってるルーチンと網代のそれをそっくり入れ替えろ。ただし権限はそのままだ。何かを決める権利はお前には無いものとして、網代に指示を仰げよ。』
ルーチンを入れ替える。
と、言うだけは簡単だが。
(出来るのかなあ・・・)
だって網代だぞ。
あの超が付くほど有能な、テニス部の誇るマネジリーダーの女の子。
その代わりが自分とか出来ない気しかしない。
「えーと・・・あ、桐生。先月のスコアブックってどこ・・・桐生?」
「・・・・・・・」
「おーい。」
「・・・・・・・」
「おいっ!」
「ふああっ!?な、何っ!?何ですかっ!?誰ですかっ・・・きゃあっ!」
「あ!・・・あー。」
向日は溜息を吐いた。
やっぱり、いくらボーッとしてるからと言って、手を鳴らすのはいけなかったか。
外さない奴だなあ、とか思いながら転んだ可憐に手を貸してやった。
「ご、ごめんね向日君!」
「いや、俺も悪かったから良いけどよ。怪我してねえ?」
「うん!ありがとうっ!あ、ドリンクかなっ?」
「ちーがーうー!先月のスコアブックの場所が知りてーの!お前やっぱり人の話聞いてなかっただろ?」
「あう、ごめんなさい・・・!」
スコアブックを棚から出しながら、可憐は情けない声を上げる。
ああ、やっぱり駄目だ。
普通にしててもこんなんなのに、網代の代わりなんて。
「出来ないよう・・・」
「あ?何が?」
「えっ?」
「今何か出来ないって言ったろ?」
「いや、その・・・・」
「?」
「・・・実は。」
可憐は網代と代われと言われた事、出来る気がしない事を話した。
すると向日は、なんでもない事のように言った。
「そんなの侑士に手伝って貰えばいーじゃん?」
「えええっ!?」
何をさも当たり前のように言ってるのだろうか。
「駄目だよ!忍足君は部員なのに、マネージャーのサポートをしてくれるのを当たり前みたいに!」
「良いって!彼奴普段から網代の手伝いしてんだから、網代と代われっていうんなら、その手伝って貰う立場も代わるべきだろ?」
「ええええ・・・・!」
通るかそんな理屈。そもそもが甘えている立場なのに。
「どっちにしろ手伝いは要るだろ?お前さっき自分でも、出来ないよー、とか言ってたじゃねーか!」
「そ、それはっ、」
「それに、ミーティングって侑士も出てたんだろ?」
「出てたけど・・・」
「それなら彼奴も手伝う気だろ。多分、わざわざ頼んだりしなくてもさ。」
「・・・・・」
そうかもしれない。
そうかもしれないけれどだ。
「な?なんなら、その辺に居るだろうから会ったら聞いといてやるから。」
「・・・・・駄目っ!」
可憐は部室を出て行きかけた向日の腕を掴んだ。
ぐん、と後ろに引っ張られる向日の体。
「うお!?・・・なんだよ!」
「だ、駄目だよっ!やっぱり駄目っ!」
「なんで!」
「だって、」
「何があかんのん?」
わざわざそっち見なくたって分かる。
特徴的な声音と関西弁。
「侑士!丁度良い所に来たぜ!今、」
「あー!駄目駄目、駄目だようっ!」
「何の話なん?」
「なんでも「あーもー!往生際が悪いんだよ!良い加減諦めろ!」
「だって・・・!」
「今言わなくたって、後から俺が言うからな!」
「あう・・・」
「大体、なんでそんなに嫌がるんだよ?」
それを言われると困る。
「・・・何なん?どないしたん?」
「此奴さー、網代の代わりする事になったんだろ?ミーティングで。」
「ああ。」
「侑士はいっつも網代の事手伝ってるだろ?だからお前も手伝って貰えよって話してたら、忍足君は部員だから駄目だー、とか言って聞きゃあしねーんだよ。」
「ああ、そういう話かいな。」
忍足は口元をフッと緩ませた。
一体何を駄目だのなんだの騒いでいるのかと思ったら。
「そんなんわざわざ言われんでもやるつもりやったのに。」
「ほら!な?言った通りだろ?」
(違うよ・・・!)
違う。
違うんだ、そうじゃないんだ。
そりゃあ確かに、それも理由の一つだけど、もう一つ、さっき思い当たった事。
もしかしたら忍足は部員としての親切ではなく、網代個人に対して手伝いを申し出ていたのではないだろうか。
もしそうなら、忍足には良い迷惑であろう。
マネジのリーダーが云々じゃなくて、網代に優しくしたかったから手伝って居たのに、網代を手伝えたんだから可憐も手伝えるだろ、なんて押し通されて。
でも向日が居るから言うに言えない。
もし忍足が網代の事を好きなのであれば、今それを指摘したら向日に話してしまうも同じだ。
・・・などと考える可憐は、向日自身がとっくのとうに、その疑惑を抱いて居る事を知らない。
序でに忍足はというと、今この場に居る2人が2人とも、忍足は網代が好きなのだろうかと思案して居る事を全然知らない。
知らないから平気で思ってる事を言えるのである。
「心配せんでも、別に迷惑やとか思ってへんで?そもそもそんな大した事してないし。」
「いや、あのね、うう・・・!」
「はいはい、決まり決まり!大体、現実問題1人で乗り切れんのかよ?」
(あ、あほ。)
「・・・そうだよね・・・」
あああほら、落ち込んでしまった。
可憐に向かって、1人で出来る1人で出来ないの話はデリケートなのである。
「・・・可憐ちゃん、一個忘れてへん?」
「え?」
「あんな。茉奈花ちゃんは普段可憐ちゃんが居るかもしれへんけど、今回代わっても普段の可憐ちゃんのポジションに居てくれる人は居らへんねんで?」
「あ・・・」
今回、網代と代われと言われた理由は、網代自身に他に仕事が増えたからである。
そっくりポジションを入れ替えるのではなく、網代が情報収集で抜ける穴を可憐が埋めるから、可憐が抜けた穴は穴のまま放っておかれてしまうのだ。
「な?そうやろ?」
「う・・・」
「土台無理やねん。1人でやる言うて、この場合1人でやるって事は1人二役やるっちゅう事やで?そんなん茉奈花ちゃんにも出来へんわ。」
「うん・・・・」
「分かったら、遠慮のう甘えとき。俺が居るさかい。」
ポン、ポン。
と頭を撫でる忍足。
「な?」
「・・・・うん。有難う、忍足君っ!」
「・・・・・・・」
「ん?なんや岳人、変な顔して。」
この顔ですか。
これは変な顔ではなく、言いたいことが湯水のように湧いて出てくるのをクッ!と堪えてる顔と言うのです。
「・・・別に。」
「・・・そうか。そうや、可憐ちゃん。引き止めてごめんやったけど、ドリンクの方持って行ってくれへん?」
「あああー!」
忘れてた。
丸っきり忘れてた。
そうだ、そもそも自分はその為に此処に居たんじゃないか。
「ごめんね!すぐ行くね!わ、た・・・!」
「焦らんでええて。多少遅れても死ぬわけやあらへんよ。」
「駄目だよっ!と、兎に角行かないと、ごめんね2人とも!」
いけないいけない。
転んで零さないように、わたわたドリンクケースを持って出て行く可憐を、忍足と向日は見送った。
パタパタ・・・と軽い足音が聞こえなくなった頃、忍足は言った。
「・・・岳人、アレは言うたらあかんで。」
「は?何が?」
「1人で出来へんとか、そういう響きには可憐ちゃんナイーブなんやから。タダでさえドジなん気にしてるんやしな。」
「えー?そんな気にする事でもなくねー?」
「それを決めるのは可憐ちゃんの方や。兎に角あかんで。」
「へいへい。おとーさんは口喧しーなー。」
「誰がお父さんやねんな。」
「えー、お父さんだろ?」
(だってお前、網代が好きなんだろ)
思ってても言えない。
王の命令だ。